第40話 いらっしゃいませ

 ラドゴビスの縄張りとピピ・コリンの街までは、片道徒歩で約3日の距離である。冒険者であるヴィルフリートの足であれば、2日もあれば着ける距離だ。

 

 街とモンスターの縄張りがそんなに近くて平気か?と危ぶむ者がいないことはないが、縄張り意識が強いラドゴビスが縄張りを出て、過去に街を襲ったことがないので、目くじらを立てて危ぶむ者はいない。むしろ、縄張りを広げんとするほかのモンスターを追い払ってくれる益獣として、街人から見られる傾向もある。


 そのラドゴビス討伐から、ヴィルフリートはイレギュラー発生があって、マルコ達とともにピピ・コリンに急ぎ戻ったのだが、


「ヴィルフリートさん!?どちらへ!?冒険者ギルドはそちらでは!」


 当初、コリンの街に戻ったらまずは冒険者ギルドに報告をする話になっていた。浮かんでいるだけと考えられていた魔法陣が、実はダンジョンと繋がっていたと分かったのであれば、至急報告しなければならない。


 まして、そのダンジョンのモンスターが街へ転移するとなればなおさらだ。どうやってヴィルフリートがモンスターが街へ転移したと知っていたのかは、本人がまだ話せないと断ったため、ランクの低いマルコ達にはそれ以上言及できなかった。


 しかし、街につくやヴィルフリートの表情はとたんに険しくなった。ギルドの建物のある方向とは反対の方向へ走りはじめたヴィルフリートに、マルコがどうしたのかと静止をかける。


「先に寄っておくところがあるから、先にギルドの方へ行っててくれ。俺もすぐにいく」


 マルコたちに先にギルドの方へ行くように言って、返事も聞かずにヴィルフリートの足は、ギルドとは正反対に向く。


 日は沈んだばかりの時間帯で、街の建物には明かりが灯りはじめていた。帰路につく者、酒を飲みに行く者など、大通り沿いの店からは料理のいい匂いが漂いはじめ、昼間とはまた違った雰囲気になる。


 だが、浮かれて立ち寄っている暇は全くない。


 岬の洞窟でおこった出来事や、それに伴うモンスターの街への転移など、冒険者ギルドに急ぎ報告しておかなければならないことは山ほどある。高ランク冒険者として、報告義務があるのも重々承知だ。


 けれども、それよりも気がかりなのは、シエルが街のどこにいるかを示すマーカーの位置だ。


(なんでこんなところにいるんだ!?泊ってる宿でもなく!)


 ピピ・コリンに来た初日のように海にいるわけでも、街を散策しているわけでも、宿にいるわけでもない。


 が、なぜそこにシエルがいるのかが不明だ。マーカーが示す建物は見覚えのあるものだ。

 憤慨し、もう2度と来るものかと思ったこともある。

 だが、マーカー色は嘘をつかない

 乱暴に扉を開けるや、


「入るぞ!!くそツヴァング!てめぇシエルに何かしやがった!!」


「いらっしゃいませ~、あ、お帰りヴィル。戻るの意外と遅かったね。何かあった?」


 軽く背中の槍に手をかけつつ、店内に入ったヴィルフリートの視界には白シャツに黒ベスト、蝶ネクタイを絞め、客席と店員を隔てるテーブル向こうに立って、コップを布巾で磨いているシエルの姿だった。

 いつも結ばず自然に流している髪を、ポニーテールで1つ結びにした普段見慣れていない姿に、一瞬見惚れそうになったものの、すぐに我に戻る。


「それはこっちのセリフだ!ここで何してんだ!?」


「何って、泊らせてもらってるお礼にバーテンダーのお手伝い。」


「泊らせてもらってる!?」


「ちょっと声大きすぎ!お客さんに迷惑だよ!」


 迷惑だと言われても驚くなという方が無理だ。店に数人客がいて、大声を出した自分に怪訝そうな視線を向けてきたが、知ったことではない。


(余計に悪い!汚染モンスターがいるダンジョンが見つかったっていうのに、呑気に手伝いなんてしてる場合か!よりにもよってツヴァングの店で!)


 ピピ・コリンに来たときにとった高級宿はどうしたのか。まさか金が無くなって、放り出されてこんなところ(ツヴァングの店)で稼いでいるのかとまで考えが勝手に暴走してしまう。


 それならそれで構わない。だがピピ・コリンに早く戻ってきてほしいと連絡してきただけで、ツヴァングの店にいることは一言も聞いていない。


(やっぱり依頼は後回しにして、鑑定に俺もついて行っていれば!)


 頑なにシエルが1人で行くというから、不安ながらも行かせたのだが、どんなにシエルが厭がっても一緒についていけばよかったと、今更ながらに後悔に駆られる。


 すると、シエルの隣でカウンターの客に酒を出していた店員が話にはいってきた。


「シエル、知り合いなら今は落ち着いているし、奥で話してきてかまわんぞ」


「ありがとう。ちょっと後ろ行ってくるね」


「こっち!」

 

 手招きされて通されたのは店の奥の部屋だった。こじんまりとした部屋で、しかし質素なベッドが置いてある。店員の休憩室兼、仮眠室なのだろうと一見して分かる。

 そうしてシエルはというと、ベストと同じ黒のズボンに、腰に巻くタイプのエプロン。高級宿の店員が着ているような制服姿だ。

 しかもその恰好が似合っているから、ヴィルフリートは複雑な気持ちになりつつ。


「どういうことだ!?ちゃんと説明しろ!」


「説明も何も、元を正せば全部ヴィルのせいなんだからね。こっちの事情も知らないで、レオさんに気を使わせちゃったじゃない。説明するからちょっとそこ座って」


 頬を膨らませて、シエルはベッドの方に腰をかけると、傍にあった椅子に座るように指をさしてくる。レオというのが、先ほどシエルに裏に行くよう指示した店員の男なのが、察せられる。


「俺が納得できるように説明してくれ」


 それからシエルが汚染モンスターを倒した直後のことから、順を追って説明をはじめた。


 岬の洞窟から街へと転移したモンスターをシエルが倒したことが、<美少年剣士が凶悪なモンスターを倒した>と騒ぎになって、泊っている宿にまで野次馬が押しかけてきたこと。

 

 ピピ・コリンの街を守ってくれたお礼に、是非ともディナーに招きたいという貴族たちまで、宿におしかけてきたこと。


 断っても断ってもしつこく押しかけてくるので、高級宿の部屋はとったままで、宿には変わらずシエルが宿泊しているよう見せかけてもらい、ヴィルフリートが街に戻るまで、一時の避難場所としてツヴァングの店に身を隠したこと。


 シエルの説明を危機ながら、椅子に腰掛けたヴィルフリートの頭がだんだんと垂れていく。


「宿でもないのに匿ってもらってるんだから、店のお手伝いくらいしなきゃバチがあたるでしょ?」


「それで、お前がモンスター倒した美少年剣士じゃないかって、店にきた客に疑われたりなかったのか?」


「高級宿に泊るような剣士は、こんな場末の酒場で働いたりしないよ」


「………」


 要は、ヴィルフリートがモンスターを街に転移させなければ、こんなことにはならなかったのだとシエルは言いたいらしい。自信満々に胸を張る。


 確かに、高級宿に泊っている美少年となれば、どこかの国の貴族の子弟が、ピピ・コリンに観光か保養で立ち寄っていると考えるのが普通だろう。

 ツヴァングの店で手伝いをしているなんて想像もつかないはずだ。


 しかし、事情が事情なので仕方なかったかもしれないが、激しくシュールだ。

 世界中が探し求めている<レヴィ・スーン>がこんな小さな店で、酒を出す手伝いをしているなんてシュール過ぎる。


「じゃあ、次はヴィルの番だから。ラドゴビス討伐に行ったはずなのに、どうして汚染モンスターがこっちに転移してくることになったか説明して」


 と、今度はこちらが事の経緯をシエルに説明する。


 岬の洞窟に調査に向かっていた一団と偶然遭遇し、原因不明のまま浮き出た魔法陣とやらに興味を持って確認しにいったこと。

 事実、洞窟の奥に呪が回転している魔法陣があり、他のメンバーが触ってもなにも起こらなかったから、ヴィルフリートも触れてみたこと。


 そうしたら何故か自分にだけ、何故か魔法陣が反応し、ダンジョンに繋がり、そこに汚染モンスターがいたこと。

 最後に、魔法陣から手が抜けず、ダンジョン入り口に固定されたヴィルフリートにモンスターが襲い掛かってきたが、なぜか魔法陣の中に消え、ピピ・コリンに転送されていたこと。


「ざっくりとだか、こんな感じだ。新しいダンジョンかもしれない。だが、どうして俺にだけ魔法陣が反応したのか、襲い掛かってきたモンスターが街に転移したのかもさっぱりだ」


 ピピ・コリンに戻っている間もずっと考えていた。魔法陣が反応するだけでなく、なぜシエルの方にモンスターが転移されたのか。

 そもそもダンジョンモンスターはダンジョン外に出ないというのが常識だったのだ。なのにダンジョンモンスターが外に出てしまった。こんなことは、過去に一度もなかった。


(モンスターが外に出るダンジョンが新しく出現したってことなのか?)


 岬の洞窟がダンジョン入り口となるのなら、ピピ・コリンの街とは目と鼻の距離だ。ダンジョンから出てきたモンスターに街が襲われる危険性がでてくる。


 しかし、シエルは冷静な表情のままで、


「モンスターが転移した理由なら、だいたい見当はついてる。でも」


「分かってるのか!?なら!」


 早く教えてほしいと言う前に、シエルの視線は仮眠室の扉の方をむき、釣られるようにして自分もそちらを見やった。

 そこには扉を半分開けて、こちらの様子を苦笑いで伺っているマルコたちがいる。半分開いた扉の間に5人の顔が、見事に縦に並んでいた。


「ギルドに先に戻ってなかったのか……?」


「す、すいません。自分たちだけでギルドに戻っても、上手く説明できる自信がなくて……。ついてきてしまいました……」


 済まなそうに頭を下げる面々だが、シエルとの話に意識を取られて、扉が開いてマルコ達に全く気付いていなかった。


「観衆がいる中じゃあ話せないよ……」


 首を横に振り、シエルは溜息をついた。

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