第39話 『エド・ドルグフ』

 馬頭に筋肉が隆々に盛り上がった巨体。武器は巨大な斧を持つロウガに対し、悪霊種のベストロは黒魔法で攻撃してくる。


「おいで。お前たちの相手はこっちだ」


 金色の闘気を帯びたエド・ドルグフを軽く一振りし注意を引けば、すぐに2体は逃げることも臆することもなく自分達に歩み寄ってくる相手に、唸り声を上げて敵意をむき出しにしてくる。


 攻撃は同時に襲ってきた。

 ベストロは悪霊なだけあって攻撃魔法だけではなく常態異常、拘束魔法も併用して使ってくる。


――シュバイン――


 水属性の拘束魔法だ。

 地面に接触している部分が氷りつきその場から動けなくなる。ヴィルフリートがグリーンドラゴンの動きを止めるときに使った【カクティの蒼玉】と効果は同じだ。

 

 これを避けるためには、足が完全に氷で地面に固定されてしまうために、ジャンプで避けるか治癒士による拘束解除魔法しかない。


 だがシエルは避けることなく、拘束魔法を受けて、その場に足を氷漬けされた。そして逃げられなくなった自分をロウガの斧が襲う。


 普通に受ければ骨諸共両断される。

 防御力の高い甲冑で装備を固めた斧戦士であっても、ロウガと斧で正面からかち合えば吹き飛ばされるか、その強大な威力で斧にヒビが入り、地面に足がめり込む。


 それを突き出した細いレイピアの先端で、斧の刃を難無く受け止めた。


「キィィンッ――」


 巨体のロウガが装備するに相応しい巨大な斧が、細いレイピアにピタリと動きを止められ、シエルとロウガを中心にふわっと小さな砂塵が舞う。しかし渾身の力を篭めた一撃にも関わらず、ロウガに反動は返らない。


 受け止められるだけでなく、周囲に被害が及ばないようにと、完全に勢いと力も受け流された結果だった。


 すでに意識はほとんど暴走しているロウガだったが、一瞬何が起こったのか分からず戸惑った。狙った獲物が真っ二つに裂けるわけでも、反撃されて自分に力が返ってくるわけでもない。


 しかし、ピクリも動かなかった斧とレイピアの刃が完全にくっ付いているわけではなく、オーラを纏うレイピアが斧の刃を受けたのだと気付くのだが、ロウガの隙をシエルは逃さない。


 ベストロの魔法で地面に氷ついた足は、チートステータスと耐性によって自動解除される。

 元からシエルに対して、ダンジョンボスなどの固有スキルを別にした通常魔法攻撃は通じないに等しい。


 危惧したのは周囲への被害が広がってしまうことで、だからロウガの斧の一振りも真正面から受け止め、ベストロの魔法攻撃も避けることをせずワザと受けたのだ。


 フッと。


 正面にいたシエルの姿がぶれて消えた次の瞬間、ロウガの右側に回りこんだシエルがスキルを放つ。


【突殺】

 レイピアの本領でもある突きのスキルであり、目にも留まらない速さで繰り出される無数の突きが全てロウガの急所に入り、後方に吹き飛ばされる。

 その方向にはベストロがおり、そのベストロを狙うためにあえてロウガの右側に回りこんだのである。


――ブォッ!!――


 涎を垂らし、目を見開いたロウガの巨体がベストロの方へと吹き飛ばされ、慌ててベストロはロウガを避けた。

 悪霊は魔法耐性はあるが、物理耐性は決して高くない。ロウガの巨体がまともにぶつかれば、簡単に押しつぶされてしまう。


 肉体を持たない怨霊の塊りであるベストロの動きは悪魔種の中でもかなり素早い。故に逃げようとされたり、ふわふわと広範囲に辺りを移動されて遠距離魔法攻撃を使われると面倒になる。


 一撃の威力が強いのはロウガだが、範囲攻撃などの魔法攻撃の方が、街への被害が大きくなりやすい。


(先に片付けるのはベストロね)


 吹き飛ばされたロウガの巨体の影に隠れ、一気にベストロとの距離を詰める。


 そしてベストロが間一髪でロウガの巨体を避けそうな間合いで、空へ飛び跳ねた。すでにベストロの視界は、迫り来るロウガだけに集中しシエルはいない。

 ベストロが左右どちらに避けるか分からないが上空からであれば、どちらに逃げられても対応しやすい。


 ロウガの巨体を避けきったベストロは、吹き飛ばされたロウガのことなど我関せずで、敵の方に振り返った。

 

 自分の拘束魔法を避けることも出来なかった相手が、ベストロを軽々と吹き飛ばしたのを見て、警戒を強め敵から間合いを取ろうとしたのだが、立っていたはずのそこに敵の姿はどこにもなかった。


 慌てて敵の姿を探そうとして、視界に落ちてきた影にバッと見上げた。

 そこには太陽の光を反射した長い銀の髪をたなびかせ、透明だった色が全ての光を吸い込むような漆黒へと完全に変わろうとしているレイピアを手にした敵だった。


【切り替し】


 シエルがスキルを発動した瞬間、レイピアがまとっていた金色のオーラが、燃えるような赤金色へと変化した。

 赤金色の炎をまとったレイピアが、いかづちが落ちた軌跡のようにジグザグにベストロを切り刻む。


――シャァッ―――


 瞬きに近い速さで、一瞬ボロの中の怨霊がその黒い魔力ごと渦を巻き中心へと凝縮してから、バッと空気が膨張するように黒い霧となって霧散した。

 悪霊が消え、着ていたボロが力なく地面に落ちる。


 そしてベストロを一撃の下に倒したシエルも、ふわりと着地の音も立てず地面に立つ。


 美しい美貌はほんの僅かに目を細めただけで、戦闘の険しさは欠片も見あたらない。むしろ、演舞用の剣を手に舞っているような優雅ささえ漂っていた。


 シエルの【突殺】を受けて、満タンだったロウガのHPは1/3にまで減っており、反撃する力はほとんど残っていない。


 しかし、闘争本能は消えることなく、赤く発色していた目がさらに真紅に染め上がったロウガが、よたつきながらも起き上がり、殺気を撒き散らした。

 鼻息は荒く、鼻と口からは血混じりの涎が止まることなく滴っている。


――ブォオオオオオ!!――



 ロウガが上げた咆哮で闘気が空気を伝わり衝撃波として伝わり、持っている斧にロウガの肉体から染み出た黒い霧がまとわりつきはじめた。


(黒い霧?始めて見るけど、嫌な光景ね。何かする気なのかしら)


 ゲーム時代には見たことのない光景だ。


 周囲を漂うだけの霧のようでいて、意思を持った黒いミミズが這うような動きで、斧全体を覆う。

 再び黒い霧が斧から離れた時、斧はアイアン製のものから銀に似たミスリルの輝きを放ち、形も片刃だけのシンプルな斧から、左右に刃のついたスカルデザインのものに変容していた。


(もしかして、あれが汚染された魔物が強化される一端?)


 汚染された魔物が通常の魔物より強化される過程が目の前で起こる。

 魔物自体のステータスやスキルの強化だけでなく持っている武器、そして装備も強化されるのだろう。


 それも戦いが長引くだけ、魔物は強化されていきそうだと内心思う。


(余計な能力がプラスされる前にさっさと倒そう)


 通常よりはレベルは十分高いが、自分の敵にはまだまだ程遠い。

 しかし、油断して想定外の強化により、周囲に不必要な被害は出したくない。


――ゴオアアアアアア!――


 ロウガが一歩足を前に踏み出すたびに、ドスドスと踏み固められているはずの地面が沈む。強化された斧はミスリルの輝きに黒紫の禍々しいオーラをまとい再びシエルに振り下ろされた。


 

 ドサァァァ

 


 ロウガの横を通り過ぎるように、シエルの姿が動き、ゆっくり歩きながら後ろまで来た時、ロウガの巨体がガクリと力なく崩れ落ちる。


 振り返りシエルはロウガを見下ろす。ロウガの額と心臓部を、1mmのズレもなく一突きされて穴が開いていた。

 同じ【突殺】でも全く同じ2箇所にレイピアが突いた結果、額から後頭部へ、胸から背中へ、穴が貫通したのだ。


 けれどもそこから流れ出たのは、赤い血でも蒼い血でもなく、ついさっき斧にまとわりついたミミズのような黒い霧だった。


 逃げ場所を彷徨うかのように漏れ出ては、太陽の光を浴びて、僅かに苦しむようにその霧の身体をうねらせ消えていく。


 その霧もしばらくすると、溢れ出るのが完全に止まってしまい、倒れたロウガの身体も跡形も無く霧散した。


 消えた場所に残されたのは親指と人差し指で摘めるくらいのビー玉に似た黒玉。


「汚染アイテムかな、これも。それともこれが汚染源?」


 さて、とりあえず回収し浄化しておこうかと、思ったとき、


「うぉおおおお!!!」


「やったーー!!!」


「すごい!あのモンスターをたった1人で倒したぞ!!」


 回りには自分以外誰もいないと思っていたのに、いきなり歓声が上がって、浄化を発動しそこねる。


「ふへ?」


 とっくに遠くへ逃げたと思っていたが、実はまだ家の中に隠れて、自分が戦う様子を覗っていた者たちが少なくなかったらしい。

 最後のロウガを倒しきったのを見て、我先にと通りへ現れ、窮地を救った剣士に歓喜と賞賛の声を上げた。



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