第38話 混乱
宿に戻るには夕方前で、あと少し時間がある。
少しピピ・コリンの店を見回ってもいいかもしれない。観光地なので武器・防具、アイテム関連で期待はできないが、金持ちや貴族が保養地に集まるからこそ、掘り出し物が隠れていることはありえる。
今も魅力デバフ効果のブレスレットを身につけているが、地となっているのは低ランクの武器だ。それに後付けでデバフ効果を自分が追加しただけで。
最初から完成品を求めなくても、加工すれば十分使えるアイテムになる。
(さぁ~って、これでツヴァングはどう出るかなぁ?ちょっと餌ばら撒き過ぎた気がしなくもないけどね)
釣られてくれるだろうかと思う反面、釣られてほしくないとも同時に思う。
元は同じギルドの知り合いなのに、何を腹の探り合いをしているのだろうと、だんだんと少し悲しい気持ちになってくる。
(黒の断片の鑑定はできたもの。あとはツヴァング次第だけれど、もし何もコンタクトがないようであれば、もうそっとしておこう)
先ほど、ツヴァングの店でやりとりした会話の中に、リアルを匂わせる言葉をわざとつかった。もしリアルの記憶が戻っていて、現実に戻りたいのであれば、何かしらコンタクトを取ってくるだろう。
鑑定報酬というコンタクトを取る理由は渡してある。しかし、そうでなければこれ以上の接触は、ツヴァングに余計な不安を煽ってしまうかもしれない。
寂しい気持ちはあっても、ツヴァングにリアルに戻れない何かしらの事情があるのだろうと諦める他ない。
不意にPTメンバー欄に表示されたヴィルフリートの名前が、白から赤に変色し、視線がそちらに向く。名前の右に剣が交差したマークが現れた。それは戦闘中を意味した。
(何をそんなに次から次に戦っているんだか)
つい数時間前も赤になっていたというのに、また何かと戦っているらしい。
ダメージを回復してくれる治癒士もいないのに、ソロのヴィルフリートのHPバーが低くなっても7割を切らないのはさすがだろう。
(依頼はラドゴビス討伐って言ってたっけ。あれって群れで襲われると面倒だったんだよね~。ま、自分とPT組んでる時点でステータスにPTボーナス付与されてるし、前にヴィルの槍預かった時に、ついでに加護いっぱいつけておいたし、細工もしておいたから大丈夫でしょ)
自分もラドゴビス討伐は報酬がそこそこよかったので、簡易な金策方法として何度もやったことがあった。しかしPTを組めば簡単に倒せる敵だったが、ソロだと油断すれば反対にやられてしまう。
よくよく思い出せば、このラドゴビス討伐は確かにランク制限があった。
自分でやったことのある討伐だからこそ、その難しさが理解できるし、ヴィルフリートの強さも測れる。
強さは勿論だけれど、なんだかんだとヴィルフリートがお人よしなのは、ルノールの遺跡傍の森で初めて会ってから十分すぎるほど知っている。UMA酔いした自分をハムストレムに到着するまでの間、ずっと面倒を見てくれたことはとても感謝している。
元々、UMAはヴィルフリートかヴェニカの街で借りたものだったが、本当にあんなに悪酔いするとは想像もできなかった。
(最初会った時に自分が弱っているところ、散々見せちゃった所為だろうな~、もう何を取り繕っても無駄って感じになって、猫被らないで素で会話しちゃってし、何かあるととりあえずヴィルの後ろに隠れちゃってるけど。)
戦闘がひと段落したころに、一応ツヴァングに鑑定してもらったことを連絡いれておこう。懐かしく思い出しながら、石畳の通りを歩いていると、
――ピッ――
「ん?」
開けてもいないイベントウィンドウが立ち上がる。
そこに表示されたアイテムは【黒の断片】
―――――――――――――――――――――――
PTイベントが発生しました
イベントアイテム【黒の断片】が実行されます
―――――――――――――――――――――――
「はい?どういうこと?」
自分の意思選択に関係なく、アイテムボックスの中から【黒の断片】が勝手に目の前に現れる。
それは正に強制イベント発生の合図だった。
特定エリアにいるプレイヤー限定の、もしくは特定アイテムを持つプレイヤー限定の、いつ発生するか時間も条件も分からない。
【開錠】を唱えたわけでもないのに、黒の断片が反応し歯車が浮かび上がり、上空へ向けてライトを当てるように光が照らされたそこに巨大な魔法陣が現れた。
(こういう時の強制イベントのパターンってだいたいが!)
想像したとおりに魔法陣から現れるロウガ、ベストロの2体のモンスター。
いきなり上空に現れた魔法陣に、何が起こっているのか分からず、右往左往する通りの人々も、現れたモンスターに対する反応はひとつだった。
「きゃあああ!!!魔物よ!!!」
「逃げろ!!モンスターが現れたぞ!!」
「逃げろー!」
悲鳴を上げて逃げ出す人々に通りは完全に混乱と化す。
ズウゥゥンと音を立て、馬頭に巨大な斧を持ったロウガが降り立てば、魔術を使うベストロは地面に触れるか触れないかの高さでふわりと浮き立つ。
そして一瞥してその2体が通常のモンスターと違っていることに気付けたのは、ハムストレムの鉱山の件があったお陰だろう。
(紫のマーカー!こいつら2体とも汚染モンスターだ!!)
回りの人々が右往左往している中、突然現れた汚染魔物にどう対処すべきか思考を巡らせつつ、黒の断片が反応したときに流れたテロップを思い返す。
(PTイベントの発生ッ……PT、ぱーてぃ……さっきヴィルフリートが何かと戦ってた!!)
直前にヴィルフリートのPTネームが赤く変色していた。ラドゴビスと戦っていただけではないのか?反射的にPTチャット欄を出す。
『ヴィルッ!!』
『お、どうした?ちょうど俺もお前に聞きたいことがあって』
『どうしたじゃないよ!何したの!?』
『何したのって言われても』
『【黒の断片】がいきなり反応して空の上に魔法陣が出たと思ったら魔物が降ってきたよ!?直前ヴィルの名前赤くなってたし魔物と戦ってたんだよね!?』
『魔法陣って、まさか大小3つくらいの魔法陣か!?歯車みたいに重なったヤツ』
『そうだよ!やっぱりヴィルが絡んでたんだね!もうっ!!』
案の定な反応に、原因はそれかと得心し、視界の邪魔になるPTチャット欄を閉じる。しかし得心したからと言って、目の前の汚染モンスターが消えてくれるわけではない。イベントの発生元が分かったなら、当人が戻ってきてからじっくり説明を聞けばいい。
(2体バラバラに街に散られたら面倒だ。ここで2体とも倒す!!)
右手に現れたのは、普段愛用している黒呪士用の【インペリアル・エクス】ではない。
【エド・ドルグフ】S10武器
刀身から柄先まで全てが透明クリスタルで出来ており、一見すると美術品にしか見えない細身のレイピア。レイピアはその細身ゆえに武器同士で打ち合うには強度が足らず、刺突用の武器としてのイメージがある中、【エド・ドルグフ】は大剣とも打ち合える強度を持っている。
武器としての威力は申し分なく、使い手の素早さを重視した武器。
(被害を最小限に抑えるには黒呪士の魔法は威力が周囲に飛び火しやすいわ。これで急所を突いて早く終わらせる!)
身体を横にして、エド・ドルグフを前に構え、【解読(ディサイファー)】で敵の情報を分析する。
NAME:Rouga(ロウガ)
LV:150
TYPE:獣種
NAME:Bestro(ビストロ)
LV:143
TYPE:悪霊種
通常のLVより遥かに高いLVに、予想通り3体とも間違いなく汚染されていると確信する。固定砲台である黒呪士なら。フードをかぶったままでもいけなくはないが、素早い動きで敵を翻弄する剣闘士には、ローブのフードは視界を遮り邪魔でしかないとサッと下ろす。
(ラドゴビスと戦っていたはずなのに、どこでこんなの釣ったんだか。あとできっちり説明させるんだから!)
その右手には細身のレイピア。
けれども装備したときは透明なクリスタルだった【エド・ドルグフ】が、シエルの込めた魔力に呼応するように夏の夜空のような漆黒に染まり、星に似た小さな光が点々と輝きつつ、その剣全体を金色の闘気が覆いはじめていた。
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