17.窓から漏れる光(winter solstice’s anniversary)

ミネオラは自販機の明かりを眺めながらぼうっとしていた。ここには祭りの喧噪は届かない。どんちゃん騒ぎとは縁遠い空気感の詰まった研究所の廊下にまで、浮ついた空気が充満しているのは居心地が悪かった。真っ黒な服を着てひとりきりでいるのは、まるで今が凶事のあとであるような、どこか変な気持ちにさせた。

「あれ、ミネオラだ。パーティー出なかったの?」

掛かった声にミネオラはばっと振り向いた。扉を開けて入ってきたのはアズールで、探していた姿を見つけたミネオラは少しほっとする。いくらホールの居心地が悪いと言っても、特別な日にひとりきり、ここで何もせず時間を潰すだけというのは、それはそれで別種のつらさがあった。アズールはぐるぐると肩を回し、いやあ、疲れたな、と言ってベンチの少し離れたところに腰を下ろす。その様子があまりにもいつも通りで、ミネオラは少し笑った。

「あーただってサボってんじゃない、人のこといえんすか」

「サボってるとは心外だな。そもそも僕はパーティーには呼ばれてないんだよ。幹事に嫌われてるからね」

からかうつもりで話しかけたミネオラが次第に変な顔になる。『呼ばれていない』。研究所の仕事が全て止まるような冬至の祭りに。外から呼ばれただけの自分でさえ参加資格のある祝祭に。

「……さもありなん? やー、でもそこまで? 幹事に嫌われるって、なんか……なにしたんすか?」

「別に何もしてないよ。どうしても止められない必要最低限の必須業務ってのがどうしてもあるからさ。それを代わりに片付けているんだよ。僕が表にいたら気が休まらない人もいるんだ、そういう意味では逆に出るわけにはいかないな」

まあ、だから、嫌われてるのが理由の全てって訳じゃないよ、その任を僕に委ねようって打診したのは間違いなく彼が祝いの席で僕を見たくないからだろうけどね、とどこかおかしそうにアズールは続ける。

「乾杯の時にいなくても良いって思われてるのは確定だね。僕としては仕事がしやすくて助かるけど」

「人がいなくてしやすくなる仕事ってなんです? 手間が増えたとか思わないんすか」

ミネオラが口にした疑問に、アズールは数度目を瞬かせた。

「……ああ、一人の方がやりやすい事って意外とあるからね。人が休んでるときに自分の仕事をしていれば急な呼び出しってかからないだろ? そういうことだよ」

本当のところアズールは、各部署の起こした不祥事を秘密裏に隠蔽するがために、人が出払うこの時期に帳簿や資材の調整をしていたのだが、アズールがそれを口にすることはない。研究所の中でアズールに強く出るのはヒエラルキーの中で階級の低いものだけだ。聡いもの、知っているもの、管理者たちは『恩義』があるので表面上のあたりが強くても、裏ではそれなりに便宜を図ってくれる。だからアズールは誰に嫌われようとも追い出されない。減衰なしの複製ができるのも、誰に感づかれないままあらゆる場所に出入りできるのも、矢面に立たされて降りかかる非難を躱し続けられるのもアズールを置いて他にいない。探究心の塊であると知られたアズールが『玩具にする』といえば、ある程度の蔑みと引き換えに詮索されないままのあらゆる物品が手に入った。そう、あらゆる物品が。そうしてアズールは管理された施設の中に隙間と穴を開け続け、短絡や横流しによって恩恵をもたらした。

「ミネオラは? 格好を見る限り休憩中かな? その帽子可愛いね、初めて見たよ」

「こ、これ? 弔事用なの、あの、綺麗な服ってこれしかなくて、は、恥ずかしいな、ドレスあれば良かったんだけど、まさか必要になるなんて思わなかったから持ってこなくて……」

「そう? 恥ずかしがる必要は無いよ、式に出るのに不足はない。十分綺麗だ」

そうかな、とミネオラは手袋に包まれた手で頬を抑えるようにして言った。

「あ、ねえ、その、なんか、この間は助けて貰ったみたいで……」

お礼言ってなかったよね、ほんとにありがと、とミネオラはぽつぽつ言った。アズールはにこやかに微笑んだ。

「いいんだよ。ミネオラはそのときの事って覚えてる?」

「え、あ、よく覚えてないけど、泥酔して倒れたって聞いたから…… なんか、変なこととかしてなかったらいいんすけど……やー、は、恥ずかしいな……」

恥ずかしがってばっかだ。顔がかあっと熱くなるのを感じてミネオラは顔を伏せる。じっと自分の膝を眺めて、口を開閉する。アズールは隣に座っていて、話は今、途切れている。今が、今こそがチャンスだ、と思った。ミネオラは顔を上げないまま口を開く。

「あのね。今日、ここに来て良かった……ううん、ここで、アズールと会えて良かった。きっと一人じゃつまらなっただろうから。このお祭りの日に、こうやっておしゃべりできたの、嬉しいことだって、思うから」

アズールは、あはは、と軽く笑いかけた。その声はどこまでもいつも通りで、変に思われなかったことが、どきどきしていたミネオラの胸に安堵と奇妙な失望を呼ぶ。

「お祭りって得意じゃないの? パーティーとかあんまり縁が無かった感じかな?」

「と、友達同士集まって酒飲んで馬鹿騒ぎみたいなのはやったことありますけれども。なんか、こういうの、慣れないって言うか…… プレゼントって何を用意したら良いかとかもわかんないし……」

「確かにそれはそうだよね、みんな前の年に上の人から貰った贈り物を下に流してるだけだから、ここで新しく用意するとなると大変だ。そういう意味じゃ逃げてきて正解かもね」

ミネオラは顔を上げた。ん? とアズールが首を傾げる。

「……誰かに貰ったものを別の、他の人にあげるのって、それ、いいんです?」

「持っていてって個人宛に預けられたんならともかく、冬のお祝いなら別に咎められるようなことじゃないはずだよ。毎回新しく用意するんじゃ作る方も貰う方も大変だ。そうだろ? 宝石箱だってそういくつも入るわけじゃない。中身を交換するくらいでちょうど良いんだよ、きっと」

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