ブーゲンビリアの花冠

16.パイライトの髪飾り(imitation gold)

初めて足を踏み入れたホールの中は食べ物と光で溢れていた。声のさざめき。冬至の日のお祝い。盛大な式典が開かれて、仕事の全てが止まるこの日は皆が休暇を楽しむのだと聞いていた。贈り物とおいしい料理。音楽。クリスマスと似ているのだなと思ったのは何時だったか。自分の知るそれとは随分違うとここに来てようやく気付く。ドレスを用意しろと言われた時点で察するべきだったのだ。ミネオラは居心地の悪い思いをしながらグラスを持って立っている。きらびやかな照明が自分の足下に幾重にも重なった影を落とす。ミネオラはグラスにそっと口を付けた。器を満たすのは粘度の高いライチのジュースだ。ふわりと広がる芳香がミネオラをこの場に留める。帰りたい、と思った。


右を見れば仕立ての良いベロアのジャケットを着た男性がグラスを空けている。左を見れば、白いドレスを着たベルベナが知らない人と話している。明るい笑い声がホールのあちこちでぱっと上がる。ミネオラは空いた方の手で黒いスカートの裾を掴む。髪を括って薄く化粧をしてきたが、許されるならトーク帽を脱ぎ捨てて今すぐ部屋に帰りたい。ドレスアップしてくるように、と言われて着てきた揃いの服は白いドレスの中で異様な雰囲気を放っているような気がする。これしかなかった。これしかなかったのだ、とミネオラは心の中で繰り返す。今にもダンスを始めそうな雰囲気の中で、喪服を着て立ち尽くすミネオラは惨めだった。ここにアズールがいれば、なにか、気の紛れるような面白い話の一つでもしてくれただろうか。惨めさに涙が出そうになる。自分が場違いなのを肌で感じる。作法も何も分からない状態で微笑み続けるのはいつも以上に苦しかった。目に入る上気した頬は高揚によるものだ。ふくふくと笑う誰もが血色の良い顔をしている。ミネオラの青ざめた頬をごまかしてくれる酒類が供されることはない。助けが、救いが欲しかった。顔を上げれば目に入るのは青、青、青。青い集団の中をミネオラはふらふらと歩いて行く。青い髪。目に入る白い服はドレスであって白衣ではない。青い髪。沢山の。でも、どれだけ注意して見ていても、その中にミネオラが探している顔は見つけられなかった。

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