9.服を着たウサギ(reproduction)

身を竦ませたミネオラに、湯気の立つコーヒーを出しながら、悪いことをしたな、とベルベナは言った。

「大きな声を出したのはすまなかった。女を土に例えるのは外じゃよくある手法なのか? 私はどうもそれがよくわからなくてな。水……土。対比になってるらしいと言うのはなんとなくわかる。それが技巧的な喩えだというのもな」

「た、対比って何がです? いや、ってかないすよ。あ、や、わかんない。でも少なくともあーしは読んだことないから……」

ミネオラは口ごもった。困惑と羞恥に混乱するミネオラとは反対に、ベルベナはどこまでも冷静だった。

「なるほど、見たことはない、と。対比についてだが、知っての通りS型第二世代というのはその交配特性のために通常のひらけた交配では種を維持できない。だから遺伝子提供者を募ってクローニングを介した強制繁殖をしているわけだが。それだから培養槽のことを水の母体と形容する場合がある。対して、形を持つ身体への形容へと土を当てはめたんじゃないかという話だ。外ではどんな場合でも女が腹を痛めて産むのだろう? ……腹を痛めてと言うのも変な話だな。母体に掛かる負荷を顧みれば、そんな非合理なことはいつまでも続くものではないとわかるだろうに。何故そんな大時代な……」

ベルベナはぽかんとしているミネオラに気がつき、真顔のまま自身の口に手を当てた。

「いや、失礼。これは友人の受け売りだ。私たちが非合理だと騒ぎ立てたところで何も変わるまいな。外には外なりのやりかたとタブーがあるのだろう。それは私がとやかく言うことではない……」

若い研究者の戯言だと思って忘れてくれ、と言って、ベルベナは話を結んだ。急なことについて行けないミネオラは目を瞬き、ともかく話を続けることを優先した。

「えっと…… あっ、そう、そうだ。あーしは別にポルノのプロって訳じゃないんすから、そのへん期待されても応えれは……」

「なに!? 読まないのか? 本を一切!?」

ベルベナが目を剥いて驚きを表わしたので、ミネオラは両手を前に突き出してぶんぶん振った。自分も技術者の端くれだ。それがそんな風に思われてはたまらない。

「違っ……ぎ、技術書は読みますけども! わざわざポルノだけ『よって』読むようなことはしないすから! そういうこと、そう、そうでしょう!?」

「む、そうか? そうかも知れないな。すまない、私の専門は発話の方なんだ。文学研究をやるやつはとにかくなんでも読むらしいが、どうにもそういう知り合いがいない。非礼をはたらいたというのならあやまろう。すまなかった、許してくれ」

ミネオラはふーっと息を吐いてすこし俯き、眼鏡を触って、別に、いいっすけど、ともそもそ言った。

「……さっきは意見が聞きたいって話だったと思うんすけど、多分これあーしのとこと違うと思うんですよ。あーしら別に肌の色って書かれてるような土の色じゃないわけだし」

目を上げたベルベナは目を閉じては開き、唇を薄く開け、また閉じた。

「……先に聞かせてくれ。ミネオラの出身地の土はどんな色をしていた? 鉄の混じった赤色か? それとも砂利混じりの石英色か?」

「土って、なんかこう、あー、この眼鏡のツルよりちょっとだけ明るいみたいな……水かぶってるとほとんど黒っていうか、そんな風な感じ……?」

「なるほど。この封筒の色は? これは土か?」

「土って言うより砂ですわね。砂利ってこんなよ、多分だけど……」

ベルベナは顎に手を添え、少し考え込むような仕草を見せた。ミネオラはそれを俯いたまま見ていた。少しの間を開けて、納得したようにベルベナは顔を上げた。

「わかった。協力に感謝する。なるほど土か。随分参考になった……謝礼と言ってはなんだがこれをやろう。記念硬貨だ、持っていけ」

大きな銀色のコインが二つ、ミネオラの前に差し出される。ミネオラはおずおずとそれを受け取った。

「ど、ども……」

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