7.流通する不和の種(The Five Pips)

「……関税」

あちらこちらに思考を巡らせるアズールに、ミネオラが口を挟んだ。

「ん? 関税が何?」

「もしそれやってる人がいたとして……や、わかんないけど……作って持ち出しても関税で止められない? ここに来るのにあーし飛行機でマジ最悪なレベルの持ち物検査されたけど、出てく人にはしないの?」

「ん、いや、もちろんするよ。あとそれは関税じゃなくて検疫の仕事じゃないかな。あいや、違う。合成品だから通関か。うん、仮に出航側がザルでも向こうのゲートでかなり厳重な検査をするよ。あれ大変だよね。前に飛行機乗ったときに、靴に入れてたコイン取られちゃった。たいした額じゃなかったからそこは良かったけど」

気に入ってたのにな、とアズールはちょっとすねたように言った。ふと思いついてミネオラは尋ねた。

「コインって銅のやつ? 両方に、一枚ずつ入れるみたいな?」

「……うん? うん、そうだよ。よくわかったね……?」

「ん、大学時代の知り合いがやってたから……」

「そっか、世界って広いんだね。そんな人が僕の他にもいるなんて、なんていうか……なんだろうな……そう、驚いたよ」

そういって口ごもるアズールが、本当にびっくりしたような顔をしていたので、ああ、この人もこんな風になるんだな、とミネオラはどこかぼんやり思った。いつもへらへらしているから、怒りや悲しみを感じないんじゃないかと思っていたけれど、ああでもこれは、うん、人間らしい感じがする。

「ああそうだ、えっと、輸出の話じゃなかったっけ? 話が大分ずれたけど、検査で見つからないかって話だったんだよね、たぶん。これはそこそこ立場が上の人ならばれないよ」

「それって、なんか裏口ゲートがあるってこと? VIP待遇的な? なんかもうすんごい腐敗って感じ」

ぶすくれたようなミネオラの言葉に、アズールは顔の前で手を振った。

「違う違う。そういったものはないよ。隠蔽の手段が下っ端研究員より多いってだけだ。書面のごまかしだって立場上偉い人間の方がやりやすいしさ。普段仕事してないと怪しまれてばれるけど、後ろ盾があるともみ消してもらえたりするし。あ、それで、密輸って身体の中に隠したりするじゃん? 聞いたことあるかな、パッキングしたやつをそうやって持ってくんだ。致死量の値が外の人とはまるで違うから体内で袋が破裂しても死ぬことはないしさ。あっでももちろん致死量の許容値は人によって違うから、死んで露見する人もいるよ。だからそこまでポピュラーなやりかたって訳でもない。密輸にポピュラーも何もないとは思うけど」

言葉の綾って事で一つ、と続く言葉に相槌を打ち、とんでもない話だなと思う。それでもミネオラは黙って聞いていた。アズールはミネオラが嫌がるそぶりを見せないのを確認してから、話を続けた。

「ああそうだ。僕もね、たまに研究所内から複製の依頼が入るんだけど『薬物の感受性を切除してくれ』ってオーダーがあったりするんだ。直接そうは書かないけどね。臨床実験の対比がやりたいから神経伝達物質まわりを弄ってくれって理由をつける事が多いかな。これが剖検とか投与とかの実験を普段やらないとこ、例えば……事務とか? あとは、マネージメントとか営業を担ってるところが依頼出してると完全な黒だね。やばいよ。ちょっと調べて類似の実験記録が引っかかりもしないなんてときは間違いなくそれだ」

アズールは言葉を切って乾いた唇を舐めた。ミネオラは絶句した。

「で、そういうときは密輸用のクローンを作る必要ができたってことだ。無論表立っては言わないよ。クローンなんていくら作ってもお咎めなしだけど密輸は普通に捕まるからね。髪は黒かったり、そうでもなかったり。女性型が多いかな、でも男性型もいる。目的に合わせてオーダーするんだ。『手の込んだ』やりかただから、その辺のすりあわせもきちんとするみたいだ。まあ、このへん僕らには関係ないレイヤーの話だね。複製する方は言われた通りにやるだけだ」

「え、いや、それ、手引きしてる本人もついてくんでしょう? 本人が持つのとなんか違いあるんすか」

ミネオラはなんでもない風を装うが、内心かなり驚いていた。舌に乗せた言葉は僅かに震える。それを聞いたアズールは、おや、という顔をした。

「うーんとね、まず、いくら効かないっていっても、僕らが身体を薬物に暴露するのは民族的なタブーなんだよ。結婚できなくなっちゃうし、知られた暁にはさっきも言ったとおり逮捕とか、うーん、極刑までは行かないと思うけど、余罪があれば……終身刑とか? 向こうで捕まったら向こうで裁かれるから、その辺はきみの方が詳しいんじゃないかな」

普通は即死だからそれと比べれば大分ましだろうけど、とアズールが言うのを、ミネオラはげえと思いながら聞く。

「それは……国内の罰則的にも結構不味いってこと?」

「うん。今までと同じ場所にはいれなくなるかも。経歴をごまかして、ひっそり暮らすしかなくなる。まあ、そういうときのごまかし方もあるから」

ペンで何かを書くようなジェスチャーをしながら『大丈夫だよ』と言うので、ミネオラは内心何が大丈夫なんだろう、と思う。『大丈夫』にしなければならない案件がそんなに起こるものなのだろうか。それとも、本当に、何か特別な事情があるとかして……禁忌ではないというのか? 姿を隠して、書面上でごまかすだけで帳消しになるような? 僅かな沈黙のあと、話戻すね、とアズールは言った。

「薬物暴露以外の違いって言うと、量かな。例えば直腸に入れるとすると、サイズはこれくらいかな、で、奥行きはこんなもん。胃に入れるのは時間制限があるから、このくらいが限度だ。容積的には握りこぶしくらい? しかもCTを取られると普通にばれる。まあこれはクローンの方も一緒だね。口でも開腹でもカプセル飲み下しでも直腸でも等しくばれる」

「えっまって、それだと条件一緒くない? 自分がやるか連れがやるかの違いじゃん? ……だよね?」

「うん、その通りだ。だからね、連れのほうの薬物の感受性を切って『身体』に入れるんだよ。胃液に溶ければ見つからないし、血液注射も良いかもね。それから皮下に注射して馴染ませたりとか、あとは、後は何だろな。身体切って入れたりはあんまりしないかな。一回あったけど、それは確かオーダーの時点でばれた。生きてる人間の手術ってよっぽどのことないとしないからさ。まあとにかく、表に出てこなければ麻薬犬とかも追ってこないし、まず見つからない」

いろんなやり方がある、とアズールは言った。ミネオラはドン引きだった。

「えっ………いや、送った後どうするんすかそれ」

「薬物は取り出して、身体は水に返してやるんだ。安心していいよ、ちゃんと分離の方法が確立されてるから。…………あー、うん。まあでもそれは秘密だ。あんまり言うと良くないからさ。怒られちゃう」

ミネオラは水に返すという言葉が、クローン培養槽と絡めた何らかの行動、もしくは比喩であることに思い至った。ミネオラはライトアップされた水槽と、シュワシュワと溶けるラムネ、あるいは入浴剤を想像する。内緒ね、とアズールは口に指を当てた。

「や、今、え? もうこの時点で結構聞いたような気がするんすけど……」

「うん、だからここまで。まあ知らなくったって生活に関わりないよ。薬はやらないんだろ?」

「やりませんが!? 人聞きの悪いこと言わないでいただけます!?」

ミネオラは鋭く叫んだ。

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