それは急を要するもの

6.耳目を集める作業服(Flashy Jumpsuit)

待てども待てども、『次』が来ることはない。ミネオラは再会を望み、暇を縫っては休憩スペースに来ていたが、アズールはなかなか現われなかった。長く無為な時間を過ごしたり開かない扉に阻まれたりしながら自分は何をしているんだろうなと思い始めた頃、ようやくアズールが顔を見せたので、ミネオラはああ、ようやく約束が果たせる、と思って安堵の息を吐いた。



アズールは手渡したボトルを興味深そうにじっと眺め回している。あまりべたべた触られたら嫌だな、と思ったが、自分から教えると言って渡した手前、あんまり強く出るのも憚られたので、ミネオラは黙って成り行きを見守っていた。

「触って良いかな? 蓋を開けても?」

興味深く観察するアズールはその性急な印象とは反対に、自身の行動に対して一つずつ許可を求めるので、段階を踏まず事が進むことを恐れていたミネオラはほっとした。これをしないやつは床にベンゼンをぶちまける。ミネオラはアズールへボトルをいったん返すよう言った。

「私が開ける。意外とコツがいるんだ……ウン開いた。一個あげるよ、材料は沢山あるから好きなだけ作れるし……あー、や、たんま。ちょっとだけ待って。素手で触んない方が良い」

ミネオラはハンカチを出し、布で指先をくるむようにしてラムネの一つを差し出す。アズールが『ありがとう』と言いながらもそれ単体を迷わず指でつまみ取ったので、ミネオラの気遣いは無に帰した。ミネオラはちょっと眉を寄せ、黙ったままハンカチをしまった。そんなことはつゆ知らず、アズールはコーヒーじみた芳香を放つ成形砂糖菓子のようなそれを検分するように眺め回す。

「わあ、炭酸カルシウムだ。横の刻印の跡を見るにこれはチョークだね? こんなにきれいに輪切りにしてあるのは初めて見たよ。なめてみていい? 身体に害は………なさそうだね。よし」

ふむ、といって粒が消える。口に入れた瞬間からガリガリとかみ砕く音がした。ミネオラはうわ、と言うのを我慢して、事態の行く末を見守っていた。思えば口に入れる前、この男は『舐めてみる』と言ったのではなかっただろうか? 無表情でガリゴリと粉砕されていく『ラムネ』を思い、ミネオラは少し気分が悪くなった。

「これ苦いね、何に使うの?」

食べ終わったらしいアズールが何でもなさそうに言う。何に使うの? 苦いね? あの溶けない粉をかみ砕いて、飲み下して、それに一切言及しない? 信じられないことをする男だ、と思う。どういう神経をしているんだ? 程度の差こそあれ、研究者は皆こんな感じなのだろうか? こんなところさっさと出て、故郷の家に帰りたいな、とミネオラは思った。

「えー、何って、食べる……けど」

「だよね、それ以外ないだろうし……いや、鼻なら……まあいいか。しかし変な趣味だね。なるほど知られたくないわけだ」

でもそんな食べ方は、と続けようとしたミネオラの言葉は、喰い気味に発せられたアズールの言葉に吸い込まれて消えた。ミネオラは少し顔をしかめ、アズールの言った『趣味』へ異を唱えた。

「趣味でやってるわけじゃない……長年の習慣ってやつ。あーしには他に……することもないし」

することもない。出来ることもない。ここは、自分がいるべき場所ではない。青い人間の支配する国。ミネオラは口を閉じた。今言うべきことは何一つ無かった。

「大変だね。ところでこれって苦いだけ? なにか添付してあったりする?」

「なにかって……」

「アンフェタミンとか、デソモルヒネとか? 合成麻薬なら作れる設備があるんだろ? 横流しとかも……」

「いやいやいやいや、なんです? あーしがそんなことするって? っていうかそうだったら何であーた平気なんすか? おかしいっておもうでしょう、だったら! 失礼にもほどがあるでしょうに、それともなんすか、そんな噂が化学班全体に広がってるとでも……」

語気を荒げたミネオラに、アズールは両手をあげて降参、および謝意を示した。

「ごめんごめん、わかった。落ち着いて。してるなんて思ってない。聞いてみただけだよ。当然してる、ってスタンスで聞かないとやってる人は答えてくれないからさ。気を悪くしたのならすまなかった。ああでもデソモルヒネは絶対に無いと思ってたよ。きみは肌が綺麗だからね」

ミネオラは言葉を失い、反射的に頬を擦った。薄く静脈の透けた青っぽい皮膚が引っ張られて、でも、それだけだった。

「……その言い方だと、やってる人がいたんすか? 過去に?」

「うん、たまにね。野心の強い人がS型にもいるんだけど、金策として合成麻薬を作って……いや、作らせて、だね。少しお金を積んで、こっそり作らせたそれを、より高値で売るために外に持ち出す場合があるんだ。末端の、末端のって言うのも変な話かな? 薬物汚染は酷いもんだよ。使ってる人もいる。タブーがあるからデソモルヒネは出回らないけど」

ミネオラは固まる。誰かが薬物を作っている。もしくは過去に作っていた。化学班の誰かが。それは悪い冗談のように聞こえた。

「その様子を見る限り、みんなおとなしくしてるのかな。ああ、きみが外の人だからか。それとも『仕事』の関係かな。どうだろう……」

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