司会進行


 舞台の上で、母や観衆に背を向けたまま、スマホを具現化し小声で問い掛ける。


「今、具現化した花のブローチにカメラ……撮影機能を仕込んだんだけど、映るかな?」

「了解。接続中……接続完了。画面に表示します」


 スマホの画面に、観衆の斜め後ろから、舞台に立って湖の方を向いている俺の後ろ姿が映っていた。


「もう一つの“花”の方は?」


 尋ねると、画面が切り替わるが、先程と大して変わらない。お手伝いさんは二人とも並んで立っているから当然だね。


「こっちの画面を、舞台だけが映るように拡大」

「了解」


 花のブローチに仕込んだCCDカメラもそうだが、実はこういう仕組みは分からないが、と、認識している物は具現化しやすい。変身がその代表格になるのかな。


 現代日本でも、デジタルカメラで写真や動画を撮影できるのは、皆知っているが、何故そんな事が可能なのか原理や理屈を説明できる者はごく僅か。使い方さえ分かれば、仕組みなんてどうでもいいのだ。


 けれど、使い方が分かっていても、誰もがプロのカメラマンになれるわけじゃない。それなりの特訓や修行期間がある筈だ。

 そう考えると、この世界の人も理屈は分からないが、そういうものだと認識して魔術を使っているのかもしれない。


「ねーまだー?」

「はいはい、分かってるよ」


 ったく、誰のせいでこんな苦労をしてると思っているんだ。凄い魔術を見せるとか言っていたが、こうなったら観衆を煽りに煽って、赤っ恥を掻かせてやる。そうすれば姉も暫くは大人しくしているだろう。


 舞台のみが映るよう調整された画面を確認すると、俺は両方の映像を録画するように指示してスマホをポケットにしまう。


「お待たせしました! 皆さん、初めまして! これからちょっとした『ショウ』あーいやいや、見世物を行います」


 振り返って、元気よく挨拶をする。観衆は子供達が前になっていて、大人達と老人はその後ろにいる。母と姉、警備隊は俺から見て左手の端の方に、ヴィムとお手伝いさん達は右手後方にいた。


 子供と言っても、俺より全然年上ばかりだなぁ……大人達は、老人の方が多い感じだ。


「見世物の前にあちらに居られます、次期領主、フロレンティア様にこの場を設けて頂いた感謝を。皆さん、拍手をお願いします」


 舞台上で母に向けて拍手すると、観衆もつられて母の方を見て、疎らに拍手しだす。母はにこやかに軽く手を振り返すが、何と無く目が笑っていないような気がした。

 もっと持ち上げた方がいいのかな? 姉にプレッシャーを与えるのに丁度いいやと思い付く。


「皆さん、知っていますかー? 現領主様はあの貴族が通う王都の学園に在籍中、騎士団を叩き伏せたことがあるのを! 実は、王都ではそれが誰も成しえなかった伝説として、語り継がれているのです! そして、こちらのフロレンティア様は王都の学園に伝説を持つ、現領主様の娘さんなのです! 流石は伝説の男の娘! 彼女もまた伝説を持っていたのです! 皆さんも知ってますよね? ついこの間、王太子殿下がこの子爵領に訪れていたことを。学園で、その王太子殿下を一撃の下に打ち倒したのです! なんと二度も!」


 おお、と観衆の一部から声が上がると、俺は調子に乗って続ける。


「正に剛力無双、魔技練達、もはや我が子爵領の生んだ女傑です。あの御伽噺に出てくる、竜を倒した若者の如く、フロレンティア様も英雄の一人と言っていいでしょう。しかも、この子爵領が王宮に支払う税を、安くさせるとの条件をあの王太子殿下より引き出したのです。素晴らしい」


 政治の事は良く分からないので、無責任に無税化とは言わず、安くなると誤魔化しておいた。

 前世の政治家で何々をやると公言しながら結局、有耶無耶にしてしまったり、真逆の言動をしていたりと、世間の人の批判とか失望の声をネットの掲示板などではよく見た。

 この世界の政治形態は分からないが、はっきりとした政策が始まるまでは、断言しない方がいいだろう。


 むむ、大人達は、ほう、と感心しているようだが、子供達はイマイチ分かっていない様でポカンとしている。もう少し噛み砕いた方がいいのか?


「君たちの晩ゴハンのおかずが一品増えるか、好きなおもちゃを何か買って貰えるかもしれないよ?」


 子供達に聞こえるくらいに声量を抑えて、ウインクしてみる。まぁ大人達にも聞こえているけど。


「わたし“お姫様に恋文を”が欲しいわ」


 一人の女の子が呟くと、ぼくは“失くした黄金”がいいな、おれは毎日カラアゲ食いてえ、と騒めきだす。

 うんうん、唐揚げは美味しいよなぁ……でも、毎日食べるときっと飽きるぞ。

 因みに“お姫様に恋文を”も“失くした黄金”もボードゲームの事だ。


「はい、それでは、改めてフロレンティア様に感謝の意を表して、称えるための拍手を行いましょう」


 すると、先程は疎らだった拍手が、盛大になる。


 ふぅ、いい仕事をしたぜ。これで母の人気も急上昇するだろう。そう思って母を見やると、前よりも一層、笑顔を深めてはいるが、眼がこちらを睨んでいるような気がする。あれだけ母を褒め称えたのに、何が気に入らないのだろう? 


 あ、姉が自身を指さし、早くしろと訴えている。よく分からないが、さっさと次に進めよう。


「ありがとうございます。それでは、本日の『メインイベント』じゃないや、ええっと、本来の出し物を行います。現領主様を祖父に持ち、フロレンティア様を母とする彼女は、なんと、皆さんに見たことも無い凄い魔術を見せてくれるそうです。いったい、どんな魔術を我々に見せてくれると言うのか!? 伝説の二人を家族に持つ彼女は、ここで新たな伝説を創り上げることができるのか!? 紹介しましょう、その名は、エリザベート・グローサー!」


 姉に向けて左手を差し出し紹介すると、姉は堂々と自信を持ったように、腰を支点にした独特の体重移動と両方の内ももを交差するように歩いて来る。前世で観たスーパーモデルでも意識しているのだろうか? 壇上に上がると姉は右手を腰にやり、観衆に向き直る。


「私がエリザベート・グローサーよ。幸運に思いなさい、この私に出会えた奇跡を。そして感謝なさい、同じ時代に生まれた喜びを。貴方たちがこれから目にするのは、一生かかっても目にすることの出来ない天恵よ。帰ったら家族に自慢するといいわ」


 この姉は凄いな……俺は祖父や母を引き合いに出して、やり難くしたつもりだが、更に自らのハードルを上げて行くとは……


 ただ、観衆はポカーンとしていて、どうにも反応が鈍い。ここは少し姉と会話をして、観衆に親しみを持ってもらうべきなんだろうが……姉から言われたのは、観衆を煽れだけだったので、別にいいか。


「そ、それではお願いします」

「任せなさい!」


 俺は、舞台をピョンと跳び下りると、身をかがめて母達の所へ向かう。これで、俺の役目も終わりだな……あ、いや、締めの挨拶があるのか? と、考えていると頬を抓られる。


「いでででで……」

「全く、この口はどうなっているのかしら? まさか、演劇の語り部役ができるだなんて……子爵領には演劇なんて無いのに何処で知ったの?」


 うへ、この世界にテレビは無くても演劇はあるのか。ここは全て姉のせいにしてしまおう。


姉さんに聞いたねえひゃんにひいた……それよりほれより母さん痛いかあひゃんいひゃい

「あの子ったら何時の間に……これに懲りたら、二度と私をダシにしないの。いいわね」

「ひゃい」


 やっと手を放してくれた頬をさすりながら、舞台を見る。姉は観衆に背を向け、湖の方を見ていた。

 お客さんにお尻を向けるとはなっとらんなぁ……まぁ、観衆に向けて魔術を放つわけにもいかないけど。


「――其は空に。永遠の淵にて揺蕩うは我が叙情。甚大苛烈な我が激情に呼応せよ。無明の常夜を打ち破りし、旭日の如き焔よ、冷めやらぬ焦熱よ、刻の終告げる劫掠の業火よ――」


 姉がよく分からない言葉を使っている。この世界の言葉を、日常会話に支障がない程度にしか使えない俺には、所々が意味不明だった。

 もしかして、呪文の詠唱をしている? 詠唱している人を見た事がないが、本来はするものなのだろうか?


「ねぇ母さん、あんな風にぶつぶつ言わないと魔術って使えないの?」

「……いいえ、あんなことをしていたら、敵対者や魔獣に襲われるわ、でも……」

「でも?」

「物凄い魔力の収束だわ……あの子、一体どれほどの魔力を……」


 そう言われて姉を見やる。姉が湖に向けて両手を突き出し、その先に何かが集まっていた。

 あれは……俺が変身した時、必殺技を使う為に魔力を送り込む、それと同じような事をしている気がする。

 ただ、体外に魔力を集めているので、幾分か宙に散ってしまっていた。その黄色の、いや黄金こがね色の零れた魔力に見惚れていると、肌がピリピリしだす。


「皆、身体強化を! レオ、難しいかもしれないけど、全身に魔力を込めなさい!」

「へ?」


 どういう事なのか母に尋ねようとした時、


「――終なき万象の彼方より理を示せ! “スコーチング・ヒート”」


 姉の詠唱が終わる。


 ドン! と、解き放たれた魔力の塊は、一瞬で一軒の小屋くらい飲み込めそうな程の巨大な炎の塊となった。


 ドガガガッと大地を削りながらそのまま湖に。そしてズゥウンと腹に響くような重低音と共に大爆発が起こる。


 大地を響かせ、大気を震わし、大量の水を巻き上げた。衝撃波と轟音が響き渡り、あまりの風圧に呼吸が出来ない。以前、灰色ローブの人物が湖に火の塊を投げ込んだ時の比ではない。


「キャーッ」「うおおっ」「ぐああっ」


 人々の悲鳴が聞こえる中、爆風にさらされた姉が宙を舞っていた。俺は母に取られていた手を振りほどき、姉に向かって跳躍する。

 しかし、気流の勢いとでもいうのか、爆風によって、姉に向かって跳んだはずなのに身体が流され、逆に姉との距離が開く。


 姉を目で追うと、王都の神殿から来たらしい男達に向かって、頭から落ちていく。

 身じろぎもせず、受け身も取りそうにない姉は気絶しているのかもしれない。


 男達が姉に向かって駆け出す。マズい、と思っていると凄い速さで駆けてきた人物が、姉を受け止めた。


 誰かは分からないが、俺は両足に魔力を込めて着地すると、姉に向かおうとする。しかし、いきなり誰かに抱え上げられてしまう。見上げるとそれは母だった。


「全く、エリーが心配なのは分かるけれど、もっと大人を信用なさい」

「え?」


 男達が、姉を抱えた人物に剣や棍棒を向けた瞬間、その人物が男達に向かって手を向ける。すると、稲妻が男達に襲い掛かり、彼等はパタパタと倒れてしまった。


 母に抱えられたまま、その人物の元へ向かう。

 肩甲骨あたりまである紫の髪はゆるいウェーブがかかっていて、母より年上の三十代くらいに見える女性だった。


 裾に向かって広がった七分丈のガウチョパンツは縦に青いラインが幾つも入っていて、薄手の腿まである黒い上衣をだらしなく着こなしている。

 姉を脇に抱えた女性は、こちらに気付くと話しかけてきた。


「面白い子供たちじゃないか、フロレンティア?」

「娘を助けて頂き、ありがとうございます、曾祖母様」

「コラ、アタシをババァと呼ぶんじゃないよ」

「あ、申し訳ありません、マグダレーネ様」


 え? 今、母は曾祖母って言った? どう見ても老人には見えないのだが……?


「このお嬢ちゃんも面白いが、特にそっちの坊やに興味が湧くね」

「そうですか? この子はエリー程、変わってはいませんが……?」

「フッ、特にそのポケットに忍ばせている物に好奇心を抱くのさ」


 ギクゥ! とした俺は咄嗟にポケットに忍ばせたままのスマホを消そうとするが、考え直してゆっくりと霧散させる。


「フッ」


 母は首を傾げていたが、何かこちらを見透かすような曾祖母と呼ばれた人物に、俺は心臓をバクバクとさせていた。


「ほう、こいつは吉兆かもしれないね」


 彼女が空を見上げて呟く。つられて空を見上げると、姉の魔術によって巻き上げられた水滴が、陽光を受けてキラキラと輝き、とても大きな虹を創り出している。

 そして、空中を舞っている麦藁帽がクルクルと風に流されていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る