迷子


「変身!」


 現れたベルトにスマホを差し込むと、赤い魔力に包まれて変身が完了する。

 既に“ファイズ”の面影は大分減っていて、俺だけの変身ヒーローである。特に仮面が大きく変化していた。やっぱり大きな角を付けるとカッコイイと思うんだ。


 この数日間、パルクールだけをやっていた訳じゃなく、“変身”についても色々と試行錯誤していたのだが、人目があったので外で変身するのは初めてになる。

 勿論、仮面の中から外が見えないというのは一番に改善した。


 ただ、う~ん、何か物足りないんだよなぁ……あ、そうか、変身する時のギミックに、ベルトが喋るというのが足りないんだ。最近ではベルトが煩いまである。


 それよりも今は目の前の狼だ。

 体高は俺と同等か少し高く、体長なら俺より遥かに大きい。灰色の毛並みは汚れか傷んでいるのかボロボロに見え、戦闘で失ったのか右の耳がちぎれていて、左目に大きな傷跡がある。


 狼は俺の側面へゆっくりと回り込もうとした。俺はそれに合わせて、身体の向きを変える。

 埒が明かないと思ったのか、狼が突進してきた。

 速い!

 俺は回避すべく地面を蹴る!


「おわっ!」


 思っていた以上の力で身体が動き、体勢を崩し転倒してしまった。

 そこへ狼が跳躍してきて俺に襲い掛かってくる。


「この!」


 俺は倒れたままの姿勢で狼の腹を蹴り上げ吹き飛ばし、即座に立ち上がる。狼も空中で体勢を整え着地した。


 巨大なクリスタルが『様々な能力を付与してみてください』と言っていたので、変身中に十倍の身体能力を得る、というものを設定してみたのだが、やりすぎたかもしれない。


 いや、慣れていないだけで、これからの努力次第だろうとは思うのだが、外で一人で自由に動き回るには、俺はまだ幼過ぎた。外へ出るにはどうしても大人が必要なのだ。


 いずれ何とかしないとな、と考えている余裕もなく、再び狼が突進してくる。

 今度は避けるのではなく、その鼻っ面を殴ってやろうと身構えた。


 横殴りに拳を振るう。

 が、タイミングが合わず外してしまった。

 しかし、奇しくも肩にぶつかり、ショルダータックルの形になる。互いに少し距離が出来た。狼の方は多少ダメージがあったのか頭を振っている。


 チャンスだと思った俺は狼の方へ跳び、空中から蹴りを放つ。

 狼は機敏な動作で躱した。

 俺は狼が避けた方へ追い縋り、パンチやキックを繰り出す。


「ハッ! ヤッ!」


 この狼、なかなか素早い……近距離で俺の攻撃は躱されていく。

 俺はムキになって攻撃を繰り返した。

 拳や、蹴りを繰り出す度に身体が泳ぐ。


 扱いきれない力に振り回され、その隙をついて狼が噛みついて来る。

 かすりながらも何とか避ける。致命的な攻撃はまだ喰らってないが、ちょっとマズいかも?


「クソッ」


 苦し紛れに出した、俺の左の廻し蹴りが狼の胴にクリーンヒットする。


「ギャン!」


 と、鳴き声を上げて狼が吹き飛び転がる。

 これで狼が逃げてくれればいいのだが……と言うのも……


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……」


 あれだけの動きで俺は既に滅茶苦茶、疲れていた。お、おかしいな……毎日パルクールで鍛えてた筈なのに……祖父を相手に遊んでいる時でも、もっと長時間動けていたのだが……。

 もしかすると、変身するのってかなり体力がいるのかもしれない。


 俺の期待も虚しく、狼は立ち上がると鼻に皺をよせこちらを睨んできた。

 そして、前足を振るう。

 なんだ?

 空気が、揺らめいてこちらに向かって来る?

 俺は咄嗟に両腕をクロスさせる。

 バキッ!

 左腕の金属の様になっている手甲部分に、空気の揺らめきの様な物が当たり、吹き飛ばされてしまった。


「いたた……っと!」


 転んだ隙をついて、狼が襲い掛かって来る。

 俺は咄嗟に横転しながら躱し、立ち上がった。

 すると再び狼が前足を振るう。

 今度は大きく跳んで躱す。

 ザン!

 俺がいた場所の草が舞い散る。


「んだよ! この世界の動物も魔法……いや、魔術を使うのかよ! ハァ、ハァ」


 狼はこちらに休む暇を与えず、空気の魔術を使って来る。

 俺は避ける為に大きく動く。


 こいつの厄介なところは、空気の揺らめきだけしか分からないので、有効範囲がイマイチ把握できないところだ。そのせいで、必要最小限の動きで躱しつつ、相手に近づくという方法が取りづらい。


 俺が攻めあぐねている間にも、何度も空気の魔術が飛んできた。その度に大きく避ける。狼の狙いは俺を疲弊させて、そのまま仕留めると言ったところだろう。

 成る程、有効な手段だ……


「だが、お前の弱点はその魔術を見せすぎたことだぜ……ハァ、ハァ」


 俺は狼に指を突き付ける。まぁ言葉は解ってないだろうし、息を切らせてる時点でカッコ悪い……


 一か八かで、空気の魔術をギリギリで躱し、狼へ強引に突撃するという方法もある。しかし、ガードした上で吹き飛ばされる程の威力だ。

 下手な避け方をして頭に喰らい、脳震盪でも起こした時点で俺の負けである。かと言って長時間逃げ回れるような余裕も無い。


 恐らく、狼のあの魔術は多少の溜めがいるのだろう。何故なら二連、三連と連続で放ってこないからだ。案外、狼の方にも余裕が無いのかもしれない。


「こうなったら、純粋な力と力の勝負だぜ」


 俺はベルトに差し込んでいるスマホを前に倒し、アイコンをタップする。

 ベルトからギュウウンと魔力の塊が、腿、膝、脛、足首へと伝わり、そして右の足の裏へと、溜まる。


 狼が前足を振るうのが見えた。

 俺は二歩だけの助走で跳躍し、空気の揺らめきに向かって、蹴りを繰り出す。

 足先から赤い魔力の残滓の様な物が後方へ流れていく。

 空気の揺らめきに足先がぶつかる。

 パン! と、乾いた音と共に突き破った。

 狼は魔術を放った後の硬直なのか、反応が鈍い。

 それでも、蹴りを躱そうと動き出す……だが、もう遅い!

 狼の首と肩の辺りに魔力を込めた蹴りがぶち当たる。

 ズガガガ!

 草を撒き散らしながら、草原を随分な距離、転がっていく。

 着地に失敗した俺も、その場で転がる。


「ハァ、ハァ、やっぱ、変身ヒーローの必殺技はだぜ……ハァ、ハァ」


 俺はヨロヨロと立ち上がると、ベルトからスマホを取り外し消し去った。すると即座に変身が解除される。最早、変身を維持できないほど疲れていた。


 さて、狼の方は……かなりのダメージを与えた筈だが……見ると狼はゆっくりと立ち上がる。


「……なんてタフな奴! ハァ、ハァ」


 軽く眩暈を覚えるが、それでも俺は映画で見た、元軍人が使っていたサバイバルナイフを思い浮かべる。最よい武器があるのかもしれないが、もうそれ位しか具現化出来そうにない。


「馬一頭、助けるために高くついちゃったなぁ……ハァ、ハァ」


 これでまだ向かって来るようなら、片腕や片足を犠牲にしてでも刺し違えるしかない……そんな風に覚悟を決めた途端、狼がバタリと倒れた。


 どうなったのか草叢の陰に隠れてよく見えない……こっちが気を抜いて、座り込んだりした瞬間襲って来るかも、と思うと、確認せずにはいられなかった。


 重い足を引きずって狼が倒れた方へ向かう。

 ああ、もう遠いなぁ……誰だよあんな遠くまで蹴飛ばしたのは! 俺だよ! 俺のバカめ! と一人でボケたりツッコんだりしていたが、大分疲れているらしい。


 もういいやと、残しておくべき力を使い、杖を具現化する。いい加減なイメージから出来上がったせいか、少し歪んでいた。それでも杖を突くと随分と楽になった。


 老人になった気分を味わいながら、漸く狼の倒れた辺りに辿り着く。狼が倒れたであろう場所には、灰というか砂というか何かザラザラとした粉っぽい物が塊であった。


 草原の生えている草を薙ぎ倒してきた跡の終着点がここだから、どうやらこれが狼の死体らしい。一応、周囲も観察してみたが、それっぽい物はこれ以外に見当たらなかった。


 俺は杖の先で粉っぽい物をつついてみる。風に晒されて、多少の粉が舞い散る。少し広げるように杖を動かすと、中から何かが転がり出てきた。

 見るとそれは緑色で拳大のひび割れた宝石の様な物だった。杖の先でコンと軽く突いてみるとバラバラに砕けてしまう。


 この世界の動物ってこんな風に死ぬのだろうか?……いや、それは無いな。何故なら肉を食べた事があるし、革製の衣服や道具もあるからだ。

 骨も皮も肉も残さない状態から、この様な灰になってしまうのは魔獣だからではないだろうか? 魔術を使うから魔獣と言うのかも知れない。


「だぁああ! つっかれたぁああー」


 俺はその場でしゃがみ込むと、大の字に寝転がる。

 青い空、白い雲、少し暖かい日差し……いや、分かってるよ? こんなところで寝てしまったら、第二、第三の狼に襲われるって。でも、何だかもう眠いんだ、と大きな犬に語り掛けたい気分なのだ。


 するとヌッと大きな影に覆われる。

 ハッとして飛び起きると、それは俺が逃がした馬だった。


「なんだ、お前か……驚かせるなよ。逃げなかったんだな……」


 馬は俺に頭を摺り寄せてきた。馬の鼻の上あたりを軽く撫でてやる。

 寝てる場合じゃ無いよな……多分、皆心配しているだろう、戻らなきゃと思い立ち上がる。

 そこで気付く。


 馬に乗り風景もよく見ずにここまで来た。そして、狼との戦いで何処から来たのか方向が分からなくなってしまったのだ。

 つまり、迷子である。


 そう思うと、何だか少し心細くなってきた……よくアニメやドラマなんかで、遊園地やデパートで迷子の子が出てきて、主人公と一緒に親を探すシーンがあるが、泣いていたのはこういう訳か……


「お前、帰る方向分かる?……って草喰ってるし!」


 あかん、所詮ケモノのだわ。暢気な奴だ。ここはメルヘンの世界じゃないから馬と会話できる訳もなく。


 さて、どうしたものか……迷子センターがある訳じゃなし、遭難した時は大人しくして救助を待つ……なんてのは、またあの狼の様なのに出くわすかもしれない……

 あ、そうか。

 途方に暮れそうになった俺はふと思い付く。そして、スマホを具現化した。


「牧場の方向ってどっちか分かる?」

「肯定。そのまま左を向いてください。……もう少し……そこです。そのまま正面に向かっていけば牧場です」

「おお! 頼りになるぜ!」


 俺はスマホを消すとゆっくりと歩きだす。前世では入院生活が長かったので、地図アプリなんて使う必要は無かったのだが、普通の人は良く使っていたのだろうなぁ……後で邸に戻ったら創ろう。


 そうして、俺はのそりのそりと歩いていくのだが、馬が俺の後をついて来て、俺に頭を寄せてくる。


「何だよ、お前の相手をしてる余裕が無いんだって。何なら先に戻ってもいいぞ」


 動物には帰巣本能ってのがあるんじゃなかったっけ? いや、あれは飼っている犬とか猫のペットだけの話か? 馬も牧場で飼っているペットみたいなものだろう。何が違うのか分からん。


 邪険に扱っているのに、馬は時折、俺に頭を寄せてくる。もしかして、自分に乗れとでも言っているのだろうか?


「ヤだよ、何処へ行くのか分からんお前に乗るのは。もう面倒事はゴメンだぜ」


 暫く亀の歩みで進んでいると、前方から馬に乗った誰かが走ってくるのが見えた。


「レオン様ー!」


 あぁ、警備の若手の人が追いかけてきたようだ。そりゃそうか、心配して探しに来るよね。

 彼は、立ち止まった俺の近くで馬を止めると、馬から降りる。


「申し訳ありません、馬具の準備に手間取り、遅くなりました。ご無事で何よりです」

「う、うん……」


 狼の事は黙っておこう。余計な心配を掛ける事も無いだろう。


「さ、戻りましょう。オレと一緒に乗れば大丈夫ですよ」

「この黒い馬はどうするの?」

「心配いりません、一緒に連れて帰ります」


 そういって、彼は黒い馬の綱を乗ってきた馬の鞍に結ぶ。次に俺を馬へ乗せると俺の後ろに跨った。

 後ろになる馬が動きにくいのでは? と疑問を口にするとゆっくり戻るから大丈夫なのだと言われた。


 そうして、牧場が見えてきた頃、俺は彼にある提案をするのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る