具現化


『あ~WEB小説とか読まなかったんだっけ? なら、異世界転生の定番とか知らないのも無理ないわねぇ……中世ヨーロッパ風ってのが定番だけど、この辺りの衛生事情を見る感じ、近世か、近代か……ま、その辺りの時代なんじゃないかしら? 良かったわね? 時代を先取りしていて。間違いなく、貴方がこの世界で一番最初にスマホを手にした男よ?』


 生暖かい目をした、姉に慰められてるような、煽りを受ける。


 いや、まぁ薄々と電化製品の無い世界なんじゃないかとは感じてたんだけどね? こうハッキリ言われると、やっぱりなという思いと、仕方が無いかという諦めにも似た感情に陥る。


『それが、日本に繋がっていたら、知識無双できたのかもしれないわねぇ……自動車や、バイク、いえ、もっと前の蒸気機関車くらい造れたのかもね? まぁ料理無双は無理だけど……』

『料理無双?』

『そう、偉い人の胃袋を鷲掴みにして、チヤホヤされるみたいな……おかしいと思わなかった? ここで食べた料理って、日本で食べたことのある物ばかりでしょう? 和食、洋食、中華、イタリアン……きっと私たちより前に、転生者がいて料理無双をやったに違いないわ。ま、カレーだけは再現できなかったみたいだけどね? 私も、ターメリックとかコリアンダーって位しか香辛料の名前を覚えてないけれど、現物はどんなものか分からないし、相当難しい物なのでしょうね。おかげで貴方が不用意にした、カレー発言で、転生者だって気付いたんだけど』

『そういえば、姉さんが持ってきたリンゴとハチミツで、カレーを連想したんだっけ……カレーってカレー風味の何々ってのも含めて食べていない気がする……まぁ、カレーはあんまり好きじゃないからどうでもいいや』

『ハァ? カレーと言えば子供から大人まで、皆大好きなものでしょう? 例えば献立を、ハンバーグとカレーどっちにしようかって迷う位なら、そのままハンバーグカレーにしてしまえばいい程の万能料理じゃないの』

『えー? ハンバーグとカレーなら、そのままハンバーグを食べたいかなぁ。デミグラスソースでもいいし、大根おろしにポン酢で和風にしてもいいし。カレーを否定する気は無いけど、何でもカレー風味にする風潮は間違っていると思う』

『むぅ、確かにデミグラスソースも大根おろしにポン酢も否定できないけど……じゃあ、カツカレーは? これぞ最強って感じの……』


 何故か姉とのカレー談議になっていた。カレー否定派の俺と、カレー肯定派の姉。互いの意見は交わる事無く、平行線のままだった。こうやって人は互いを理解できず、諍いを起こして来たのかもしれない。


 ……等と壮大ぶってみたが、高がカレーだ。ぶっちゃけ、趣味嗜好の違いでしかない。この違いが人の豊かさの象徴なのだろう。


 やがて、マーサが訪ねて来てこの話題は中断され、姉は連れて行かれる。

 何でも、これからお勉強の時間なのだそうだ。俺もついていこうとしたら、祖父より休むよう指示されているので、と断られてしまった。また、そういう勉強は五歳になってかららしい。


『いい? お互い日本語はアンタと私、二人きりの時だけに使いましょう。周囲に多少、変に思われても構わないけれど、何処に転生者が潜んでいるか分からないし、そいつが敵か味方か分からないからね。味方の振りして実は――なんてのは鉄板ネタだしね』


 姉はこっそりとそんな忠告をして去って行った。


 そういう姉は、俺が敵対しないと思っているのだろうか? ふと、そんな疑問が思い浮かんだが、よくよく考えてみると、姉がどんな能力を貰ったのか聞いていない事に気付いた。歯に衣着せぬ性格に見えて、実は用心深いのかもしれない。


 まぁ、姉と敵対するつもりはないけど……同じ、元日本人だというのは心強いしね。


「……という訳で、今の姉さんとの会話、理解できた?」


 手にしているスマホに問い掛けてみる。


「否定。主たちの使っていた言語は情報に在りません。教えてもらえれば理解できると推測します」

「ふぅん……それはまぁ、追々ね。それよりも、具現化についてなんだけど、俺が想像した物を魔力で創造する、で合っているのかな?」

「肯定。補足するなら、想像の足りない部分はこちらから補助を促し具現化させます」

「じゃあ、早速やってみるか。先ずは簡単なものから……」


 昼食に使ったフォークを想像する。形状、質感、大きさ、重さ……スマホを初めて具現化した時の様に出来るだけ詳細に……そして、一気に魔力を流し込むと、一瞬でフォークが形成された。

 コンコンとテーブルを叩いてみる。うん、このまま普通に食事に使えそうな出来栄えだ。


「これを君が覚えていて、次に具現化する時は簡単に出来るんだよね?」

「肯定。試してみますか?」

「うん、お願い」


 すると、あっという間にフォークが再現された。

 両方のフォークを見比べてみる。見た目も、質感も全く同じで、互いに軽く叩いてみると、チンチンと軽く金属音が響く。成る程、これが“具現化”か。


 変身する際、一々、形状は――質感は――と思い浮かべなくても、スマホを頼れば一発で変身できるというのは楽でありがたい。

 俺は、両方のフォークを消し去った。


「さて、いよいよ本番な訳だが……」


 幾多もの変身ヒーローの中からどれを選ぶか。下手の横好き……じゃなくて、好きこそもののあはれなりけり、という言葉もある。よし、ここは自分が一番好きなヒーロー“ファイズ”にすべきだろう。


 集中する。

 かのヒーローのカッコイイ姿、形を出来るだけ繊細に想い描く……

 フォークなんかとは比べ物にならない程の時間を掛け、一気に魔力を流し込む!

 出来た! 見紛う事なき“ファイズ”である!……フィギュアだけど。


 いやぁ、まだ、魔力はあるんだけど、魔力を動かすエネルギーが足りないんだよね。今朝、はしゃぎ過ぎた。


 それに、俺如きが“ファイズ”になるなんて烏滸がましいにも程がある。やっぱり“彼”が“ファイズ”に変身するからこそカッコイイ訳で……大体、幼児体系の俺が八頭身キャラになれるわけがない。


 と、まぁ色々と理屈を捏ねてはみたものの、本音は“自分だけのヒーロー像が欲しい”だったりする。


 俺による、俺の為の、俺だけの変身ヒーロー。


 そんな自分独自の変身ヒーローになりたいのだ。この“ファイズ”のフィギュアを雛型として、そこに様々な改良を加え、自分だけのオリジナルヒーロー像を創り上げるのだ。


「この“ファイズ”の『フィギュア』――あーっと人形は覚えた?」

「登録完了しました」

「じゃあ、今からこれを改造するんだけど……その前にアイコンを創ろうか?」


 そうして、あーでもない、こーでもない、もう少し小さく、角は丸くとかやりながら、スマホの画面に“ファイズ”のフィギュアを具現化するアイコンが出来た。出来上がったアイコンをタップすると、もう一体のフィギュアが具現化される。


 二体のフィギュアを使って、カッコイイポーズをさせたり、ブンドドしたりして暫く遊ぶ。俺の魔力でできているからか、無茶な恰好をさせても、手足がポロリという事も無いし、本物のフィギュアの様に、ここがもう少し曲がればなぁと思い悩む事も無い。

 こうなってくると、敵役のフィギュアが欲しくなってくるなぁ……


「主、改造を施すのでは?」


 スマホの問い掛けにハッとする。いかんいかん、楽しすぎて、趣旨を違えるところだった。でも、男の子ならこういうシチュエーションだと、遊んでしまうのは仕方ないよね?


「う~ん、先ずは角でもつけてみるか?」


 それから俺はウンウンと唸りながら、デザインを考案する。


 プラモデルを改造する動画を見た事があるが、あそこまで大変ではない。

 他のプラモデルのパーツを用いて流用したり、ヤスリやペーパーで削る、或いはパテで盛る等は、全て魔力で行える。また、ここはやっぱり少し違うなと思えば、手軽に元に戻せた。


 非常に便利で簡単なのだが、“ファイズ”の様にシンプルな感じに見えて実は複雑、その上カッコイイとなるとなかなか難しい。でも、こうして色々と試行錯誤するのは実に楽しい。

 プラモデルを改造して動画をアップしていた人達もこんな気持ちだったのだろうか?


 時間を忘れて改造を施していると、お手伝いさんがもう夕食の時間だと迎えに来る。食堂に着くと、祖父と姉がいて既に食事を始めていた。


「レオン、今日は部屋で大人しくしていたそうじゃな? 今朝、動き回って大分疲れたようじゃの? 今日は早く休むようにな」


 気遣う祖父に対し、俺は曖昧に頷いておいた。流石に、変身ヒーローのデザイン案に精を出していたとは言えない。


 前世を思い出すまでは、邸の外に出る時は必ず大人と一緒でなければならず、誰も手が空いていないような時は、邸の外に出して貰えないのだ。

 そんな時は、邸内をウロウロしていたのだが、今考えると大人達の邪魔だったのかもしれない。


 因みに、夕食のメインメニューはハンバーグで、姉と目が合うと複雑そうな顔をして笑っていた。


 夕食をとり終えると、直ぐ風呂に入るよう言われる。本来は領主である祖父かららしいのだが、疲れているだろうからと順番を譲ってくれたのだ。


 数人が同時に入れそうな、大きな風呂場へ同行したお手伝いさんはユッテだった。最早、彼女に抵抗するのは無駄だと知っている俺は、大人しく彼女に身体を洗って貰う。


「レオ様、今日は大人しかったですねぇ。普段は髪を洗う時あんなに嫌がってらしたのに……余程、お疲れなのですか?」

「フッ、俺も日々成長しているんだぜ? その内一人で風呂にも入れるようになるぜ」

「まぁ! それは楽しみですね。少し寂しい気もしますが、そんな日が早く来るといいですね」


 そんな風に前世を思い出したおかげで、髪を洗うのに抵抗がなくなったのを誤魔化す為、ふざけながら自室へ戻る。


 さて、続きを……と思っていたのだが、腹が満たされ、風呂上り。強烈な眠気に襲われた俺は、そのまま寝入ってしまった。


 目が覚めると、既に日は高いようで室内は随分と明るかった。


「坊ちゃま、漸くお目覚めになられたのですね。心配致しましたよ。フュルヒデゴット様から、坊ちゃまは既に魔力の扱いを覚えている稀有な子なのだと伺っております。好きにさせておけ、などと仰っておりましたが、魔力の使用は、極力控えてくださいませ。このような、朝食も食べずに眠り続ける生活が身体によい筈がありません。坊ちゃまはまだまだ幼いのですから、しっかりと食事を……」


 今日という一日はマーサの素敵な“お小言”から始まった。一食くらい抜いても別に死にゃあしないよ、等とは言えず、神妙な面持ちで答える。


「その件に関しては、前向きに検討し、可及的速やかに解決すべく、鋭意努力を以てして……」

「まぁ! 何処でその様な王都の役人の如き言い回しを! いいですか、その言い回しは全く解決する気が無い時に使うボンクラ共の言葉ですよ!?」


 うへ、火に油だった。

 魔力を使うのをやめる気が無い俺は、言い訳の達人である、前世の政治家の様な言い逃れをしてみたのだが、この世界でも今の様な言い回しをしている人がいるらしい。

 日本だろうが、異世界だろうが人間性というものは、それ程変わらないのかもしれない。


 結局、マーサから解放されたのは「お腹減った」の一言だった。いやぁ、子供は素直が一番、だね。


 残っていた朝食を温め直してもらい、早めの昼食代わりにして、再び自室へ戻る。

 お手伝いさん達に、庭で遊ばないのかと尋ねられたが、まだ眠いのでと誤魔化しておいた。


 パルクールをやるのも楽しいのだが、食事中に思い付いた案を試したいのだ。あまり部屋に引き籠ってばかりいると変に思われるだろうが、今日一日位なら大丈夫だろう。


 スマホを具現化し相談を始める。

 食事中に思い付いたのは、八頭身モデルの関節部分を、実際の俺の関節部分に合わせ、サイズが現在の俺に合うように調整するというものだ。


 ユッテに言ったようにこれからも少しずつ成長し、体型が変わっていく筈だ。その度に、一々調整するのは面倒なのでこのような方法にしてみる。


「……とまぁこんな感じにしたいんだけど、出来そうかな?」

「可能。ですが、フォークや人形を具現化した時の様に、即座に具現化せず、多少の時間差が生まれると推測します」

「じゃあ、取り敢えず仮のアイコンを創って、左腕だけで試してみよう」


 そうして、仮アイコンをタップする。すると、二の腕辺りから赤い魔力のラインが幾つか指先まで走り、グルグルと左腕を覆うと、フィギュアの様な左腕になった。

 肘や手首を曲げたり、手を握ったり開いたりする。うん、何の違和感もない。多少時間が掛かると言っていたが、これ位なら誤差の範囲だろう。


 それから、俺は変身の行程を詰めていった。

 先ず、スマホに創った“変身”のアイコンをタップすると、ベルト部分が具現化されて、腰に装着される。ベルトの前部にスマホを嵌め、横に倒すと赤い魔力のラインが身体中に走り、変身が完了する。この赤い魔力のラインが俺の体型を測るのだ。


 遂に変身する事に成功した!

 ……と思うのだが、眼の前が真っ暗で全く見えない。仮面の中から視界を確保できるように改良しなくては……まだまだ、前途多難である。


「取り敢えず、角を付けるか……」


 そんな風にして、その日は過ぎて行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る