初仕事!

「さて、歩。何事もまずは形から。早速店舗での実地研修に来てもらったけど、と同じくきちんとこれ《給料》が出るけん、気を引き締めてかかるように。」


古賀さんはそう言って人差し指と親指で輪っかを作り、お金のマークを指しながら言う。


「歩は頭でっかちになっていくタイプやけん。まずは何事も実践から。はじめのうちは人間、型にはめた動きをして向上していくものやけんね。」


威勢のよい返事で返した俺に、古賀さんは諭すように続けた。

―ここは新仲見世通り沿いにある、はじめの店内。今日、店舗の所属となり俺はここの店員として働き始める。


「おはようございます。本日も一日、よろしくおねがいします!」

一昨日の研修で習った通りの挨拶。


新しいスタートに胸が高鳴る!


まず任された仕事は、店内の掃除だった。

「歩、このダスターを使って店内を掃除してきてくれんか?」

古賀さんの最初の指示はそれだけ。


威勢良い返事とともにピンクのダスターを濡らし仕事にかかる。

また、ラーメン屋のテーブルは毎日拭いていたとしてもベタつきが出てくる。だからこうして毎日拭く必要が出てくるのだ。

頭では理解していても、実際にやってみると案外難しいものだ。水だけでは落ちないので、キッチンから中性洗剤を借りてくる。


―「3Nはよく落ちるけん、持っていきやぃ。」

古賀さんのお墨付き。透明な容器に緑色のキャップのがやけに頼もしい。


中性洗剤で油を落とし、仕上げにもう一度乾拭きをして一席一席綺麗にする。

この店はそこそこ広いほうだと思う。とはいっても40人も入れない程度の席数を確保した上で人が席と席を引いて間を通ってもギリギリ人の方がぶつからないくらい。

―だからテーブル全部を拭くのに10分はかかったし、いくらか尻を隣の椅子にぶつけたけれど。


そうして始まった初日の仕込み。時刻は9時をまわったくらい。

「古賀さん!掃除終わりました!」

「了解。今チャ切り(チャーシューを切ること)やっとうけん、少し待っといて」


そうして来た古賀さんになぜか―

「全然できとらん。」

―叱られた。


「まずお前、俺にさっきなんと言われたか覚えとーと?」


「店内の掃除をするようにと言われました!テーブルを拭くことだけではなかったのですか!?」


「掃除をしてくれとは言った。ただ、俺がそれだけだといったか?」


「言ってないです。では、次からはどうすればいいですか?」


「んじゃ、確認をするといい。仕事を頼まれて、歩がどこで、どの作業を、どのようにやるのか。確認すること。社会人としての基本のだぞ。」


「はい。肝に銘じます!」


「あと、今怒られてます。みたいなオーラが顔に出とる。もし俺や先輩に叱られたとしても同じ顔をお客さんにみせんこと。お客様は俺たちをよーく見とる。お前が思っとる以上にな?わかったら、次の仕事。んじゃ床の掃除をあと7分で終わらせ、3分でトイレ掃除。そしたら9時半までに納品物のしまい込みを一緒にやろう。言うより先に、実行が大切やけんね。」


うなずきとともに返事をし、質問をする。


「トイレ掃除はあの動画(研修時に社内の映像授業をうけている)と同じやり方でいいですか?」

「うん。あっとる。あと、そんな感じの質問でいいよ。」

「わかりました!」


―ちょっと悔しいけれど、これが僕の初めての失敗。もちろん、言われたことをこなした。それでも終わったのは9時20分。また少し叱られながらも納品を古賀さんと一緒に済ませ、しかし終わったのは9時31分。


チラリと時計を見た古賀さんは少し苛立つように

「終わらんかったか…」


次の作業、

「すみません、僕が掃除で遅れをとったばっかりに…」

「んにゃ、いいよ。俺が計画立てミスっただけやけん。

いいか。歩。仕込みの時間は9時から10時半までの1時間半しかないけん、時間は有限。仕込みが終わったときに、俺はこの店にお客さんがなだれ込んできてもいいようにせにゃいけん。と、言うことはたかが一分。されども一分。9といったけれど、過ぎてしまうのはアウトばい。

もしなにか頼まれたときには5分前までに仕事を終わらせて、次の仕事の準備をしておくこと。」


「準備、というのは心の準備、モノの準備、ということですね?」


「そう。そこまでできたら半人前やね。」


メモをきちんと取り終えた俺は、きちんと返事をし、次のことに取り掛かる。

―シャッター開け。レジに入金するお金を取りに行く。テーブルの上のトッピングもの、醤油差しなどの細かい補充は欠かせない。


―古賀さんは遠くから気にかけてくれていたようで、ちょいちょい「大丈夫か?」と声をかけてくれたり見に来てくれたけれど。


「こんなんで僕、大丈夫かな…。」

不安になる気持ちを振り払い、ただキビキビと終わらせることのみ考えながら…

ふと時計を見上げると―10時15分。


「間に合ってる…。」

「おう、終わっとうね。やればできるっしょ?」

「古賀さん、教えてくださって、ありがとうございます!」

「いい笑顔やね。そんなふうにやってくれるなら上出来。明日も期待しとーよ!」


―少しだけ。少しだけだけど、嬉しかった。初めて褒めてもらえた。…嘘です。めっちゃ嬉しかった。…本気で尊敬している人に褒めてもらえることが。


「うし、んじゃお前ら、出てきていいぞ!」


古賀さんの一声に、バックヤードから2人出てくる。人が来てるのに気づかなかったとは恥ずかしい…。


「お―っ?新人クン?あの仕事量、終わらせられたの~?初日に?すごいねぇ~」

…そうやって笑みを浮かべながら出てきたのは赤い髪の色をしたお姉さん。髪型はロングで、ポニーテールの大学生くらい?の人だ。クラスでは陰キャの類だったのであんまり女子と関わらないからよくわからないけど。…ただ、僕よりでかい。背が。(あとは察してください。)



「はい!なんとかなった、って感じですけど…」

―初めて母さん以外の女の人に褒められたので、顔も自然と赤くなる。


「あかね。あまり甘やかすなよ?ただでさえお前に甘やかされると皆腑抜けるからな!」


そうたしなめたのは背が低めの青い髪色をした女の人。背丈は低め…(あとは以下略)

「おい、新人!今なんか失礼なこと考えたよな!?」

「いいえ!そんなことは!」

あたふたする僕に半眼になったあと、その人は自己紹介してくれた。

「まあいいや。ひさしぶり。うちは葵!そこのあかねの友達ね!新人。一緒にがんばろうね!」


元気で、綺麗なひとだ。お客さんとして接客してもらったときからそう思ってた。


「店長も、新人クンも、なぁんか私のこと忘れてない~?」

…ぼうっとしていた俺は肩をポンっと叩かれ我に返る。


「で、歩くんだよね?私よく見てたから、知ってるよぉ?いつも美味しい美味しいって言ってくれてたよねぇ。いつも元気をもらってたわぁ」

「マジっすか!?」


つい返してしまった…。

ちょっと思わせぶりっすよね…そのセリフ…。


「そこ、そろそろ朝礼やるぞ!」


古賀さんの一喝。全員の気が引き締まり、場を呑み込む。本当のが、幕を開ける。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

情熱と感動のラーメン店 大隈 葉月 @Ayumuteitoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ