三代目と編み師

 我々一族は子供時代、冬になって寒くなると冬毛が全身を覆う。

 特に産まれた年の冬は、もう毛玉としか呼ぶべくもない姿に変貌する。

 本来はまだ体の弱い子供時代を、寒さから守る為に生えてくるわけだか、転んでもぶつかっても、まるでダメージを負わないほど、フワフワでモコモコになるのだった。なので、崖から転がり落ちたり、マーレの木に激突したりして遊ぶ子供たちが続出する。


 毛玉アタックと称する遊びだ。


 当然のことながら、大人に見つかってしまうとめちゃくちゃ怒られる。

 みんなも最初はバレないようにと気を付けてするのだが、一度やってしまうとスリルが忘れられなくなって毛玉アタックを連発してしまう。結局は大半の子供が、大目玉を喰らう羽目になるのだった。

 まるでダメージを負わないのなら、許しても良いようなものだか、そこまでの防御力を有する冬毛は産まれた年だけのこと。

 次の年には、見た目はまだそれほど変わらないのだが、冬毛の質が随分と変わってしまい、毛玉アタックをしようものなら、大怪我を負ってしまうのだ。

 毎年のように注意喚起を促すのだか、それでもやってしまう子供は後を立たない。


 ちなみに、私は毛玉アタックの経験は無い。

 それは三代目としての自覚でもある。

 一度だけ少し大きめの岩の上から飛び降りてみたことはあったが、あれは遊びではなく実験だから、断じて毛玉アタックではない。それは胸を張って言える。


 一応、まだ誰にも秘密にしているけど。


 ここのところ曇天が続いていたが、今日は久々にカラッと晴れた朝だ。


「おはようございます。編み師のおばさん」


「あら、三代目じゃないか。何か用かい?」


「冬毛を持って来ました」


 私は大きな袋を編み師のおばさんに手渡す。


 冬毛には寒さから身を守る以外に、もう一つ重要な役割がある。

 きづちと共に、我々にとっては欠かせない頭巾の材料として使われるのだ。

 なので、春になるとあちらこちらで毛刈りが行われ、それぞれの個体別に保存される。


 特に最初の冬毛は柔らかく、頭巾の被り心地に深く関わってくる。最初の冬毛を中心に頭巾は編まれてゆくからだ。

 毛玉アタックをやり過ぎると質が落ちてしまい、ゴワゴワ感が強く出てしまうので注意が必要だ。


「三代目の冬毛は質がよいやね。産まれ持ってのものもあるが、保存もしっかりされておる」


「ありがとうございます。冬毛は今年で最後になりますので、頭巾を頼みに来ました」


 そう言って、私はおしりを編み師のおばさんの方へと突き出す。


「ほうほう、確かに今年で最後じゃな」


 おしりの先っちょだけに冬毛が出たら、それはいよいよ最後の冬毛だ。

 それを長老様に確認してもらい、頭巾を作る許可をもらう。


 頭巾を被るということは、大人になった証しでもあるのだ。


「同世代では一番乗りかのぉ。クソ真面目に鍛練しておるから、量はかなり少ないのぉ」


 冬毛は体が弱い時期だからこそ生えるわけで、鍛練により体質強化が進むと、自然に冬毛の量は減っていき、やがて生えなくなる。

 なので、真面目に鍛練しているかどうかで、かなり個体差が出てくるのだ。


「頭巾、小さくなったりしますか?」


「なに、大丈夫じゃよ。ワシの腕は編み師随一じゃからのぉ」


 そう言って、手にしているきづちを、まるで小枝のようにクルクルと回す。

 そのきづちの柄は特殊で、先に行くほど細くなっており、先端はかぎ状になっている。


「少し作業を見ていっていいですか?」


「もちろんじゃ。しかし、ワシのわざを見て、編み師に憧れなさんなよ」


 私はギクリとした。


 おばさんは、きづちのつちの部分を下にして立てて、柄に冬毛を巻き付ける。

 グルグルときづちを回し、スーッと冬毛を引っ張ると、まるで魔法のように糸が紡がれていく。


 その所作を見ていると、心の奥底にざわめきを感じてしまう。


「三代目、まだ学校には向かわなくて大丈夫なのかい」


 ついつい見惚れて、時間を忘れるところだった。


「はい、もうそろそろ行きますね。頭巾よろしくお願いします!」


 糸になった冬毛を、きづち一本で編み上げていくところも見ていきたい気持ちはあったが、私は深々と頭を下げて作業小屋を飛び出した。


 モヤモヤした時は走るか、きづちの素振りに限る。


 私は学校まで走って行くことにした。

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