三代目の学校生活

 私が少し息を切らしながら学校までたどり着くと、他の個体たちもゾロゾロとやって来ているところだった。


 一応、学校と呼ばれているが、特に明確な仕切りなどが有るわけではない。

 マーレの森で、きづち製作の為の木を切り出した後の広い空間に集まって、そこを学校としているだけである。

 年代別に組分けしているので、この空間にいるのは同年代ばかりだ。

 入学時期はみんな同じだか、卒業は個体ごとに異なる。この春に卒業するのは、私だけだ。

 みんな思い思いの切り株に腰をおろしている。


「やあ、三代目。今朝、頭巾を頼みにいったんだってな」


 彼は何かと私をライバル視してくる個体だ。

 他に空いている切り株もあるのに、私が座っている切り株に強引におしりをねじ込んでくる。


「そうだけど、なんで知ってるの?」


 そう言いながら、私は努めて冷静に立ち上がる。


「やっぱり、そうだったか」


 彼は満足した様子でコクコクとうなずく。


「鎌をかけたのかい? ひどい奴だ」


 特にバレて困ることはないのだけど。


「俺たちは、きづちに生かされてるから、言葉であっても鎌を使うなってか?」


「相変わらず分からないことを言うね、君は。で、なんで今朝だって思ったの?」


 彼はおもむろに立ち上がり、肩にきづちをかけて、私の周りをグルグルと回り出す。


「そんなに知りたいなら、教えてやらんでもない」


 そんなに知りたくもないが、無言で続きを促す。


「数日前だったか、お前が長老様の元へ向かうのをたまたま見かけたんだ。冬毛の感じからいくと、今年で最後であろうことは、容易に想像がつく。だとすれば、長老様に合う理由は頭巾の許可をもらうことしかないだろう」


 そう言って、彼は私のおしりを覗き込む。


「でも、それだけじゃ、今朝だって分からないんじゃない?」


「その次の日から、曇りがちで湿気の多い日が続いた。今朝は晴れていて乾燥気味だ。お前の性格なら冬毛を持っていくのでさえも万全を期すだろうからな」


 彼の観察眼は一目を置くところがある。

 だけど、調子に乗るといけないので褒めないでおく。事実、彼の観察眼もまだまだなところもあるし。


 彼は私が何も言わないのを見て、勝ち誇ったように胸を反らせて、会心のドヤ顔を決めている。

 きづちを肩に、あれだけ胸を反らすことができるのだから、相当に体幹も強いはずだ。彼も日々鍛練を積んでいるのだろう。

 その証拠に彼の冬毛は背中の一部とおしりの先っちょだけになっている。次の年で冬毛は終わりだろう。

 彼は戦闘員の家系だし、このままでは彼が私の参謀になりそうなので、チョット気が滅入る。デリカシーのない個体は苦手だ。


 そんな余計なことを考えている内に、授業の時間になってしまった。




 授業の内容は、大きく分けると二つ。座学と訓練だ。


 座学は、一族の歴史や様々な言語を学んだり、冒険者の現能力の測り方や、限界値を予測する『タイプ別方程式』を覚えるなど多岐に渡る。

 訓練は、基礎体力の強化ときづちの振り方がメインで連携の組み方も学ぶ。それぞれの職業に必要なスキルも実践はするが形だけで、こちらは息抜き的な要素が高い。


「各自、振り幅を意識しながら素振りをするように。私が戻るまで続けろ!」


 それだけを言って、指導員はきびすを返す。


 今日はまず、きづちの振り方の訓練だ。これは本当に繰り返し行われる。

 八割以上の個体が戦闘員候補生であるのも理由だが、それ以外の職業に就くことが決まっている個体も、不意に戦闘に巻き込まれる時があるからだ。


 きづちの持ち方は左手が上になる『左上手』が基本。

 振り方は、真上から叩きつける『スラム』と、ぐように振る『スイング』の二種類だけだ。


 スラムは頭の中心から、きづちの面と地面が平行になる九十度が理想の振り幅とされている。

 スイングは百二十度が理想の振り幅だが、戦闘においては、牽制や相手との間合いを測るのが主な目的なので、少し振り幅を小さくすることが多い。これだけで戦闘の幅が広がるのだから、以外と重要になる。


 タブーとされている斜めに振り下ろす『スラッシュ』は、楽に強く振れるので、近年若者の間では『スマッシュ』だと言って使用する者も出てきている。

 しかし、地面に当たった際に、きづちが欠損する可能性が高まり、結果的にパフォーマンスを下げてしまうので、学校では厳しく指導される対象になっている。


 私は一心不乱にスラムを繰り出す。


「三代目のスラムは、相変わらず力強くて鋭いわね」


 彼女は配給師になることが決まっている個体だ。

 配給師は、我々一族の唯一の食糧であるマーレの実を、個体それぞれに適切な量を配給する職業だ。体重管理の重要な役割を担っている。

 近い将来、私や参謀になりそうな彼の担当をすることになるはずだ。


「まだまだ祖父や父には遠く及ばないし、早くみんなを守れるようになりたいんだ」


 次は振り幅を意識しながら、スイングを繰り返す。


「三代目はほどほどって言葉を知らないんだから。あたしは休息も鍛練のうちだと思うけど」


 彼女の言う通りかもしれないが、私は三代目として相応しい振る舞いをしなければならない。

 それに人一倍鍛練を積まないといけない理由もある。


 もうほとんどの個体が切り株に腰をおろしていた。


 私はもう一度スラムの構えに戻って素振りを始めた。

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