おまけSS②

チェス

 コツ、トン……

 昼休みの応接室に、小気味良い音が響き渡る。

 豪奢な来賓用テーブルを挟んで、藤杜氷雨とリベル・ディクターがチェスを指していた。


「ちぇすってさァ、将棋と違って取った駒を使えないからァ、盤面が寂しくなるよネェ」

「そもそも将棋のシステムがおかしいのだ。兵は消耗品であり、負ければ失う。それだけの話だろう?」

「えェ〜敵兵を生捕りにしてサ、寝返らせるのも策の一つじゃなァい?」

「ふん、そんなもの……信頼のおけぬ兵など足枷に過ぎない」

「あははははッ、りべるクンは硬すぎるよネェ。使えるモノは使わないと損しちゃうヨォ?」


 口は回るが手も止まることはない。


 コッ。

 リベルが一手指せば、トンと氷雨が盤を進めた。

 間も置かず、ぞんざいに駒を動かす氷雨の手つきは、何も考えていないように見えて隙は一切見当たらない。


「次はさァ、将棋をやろうヨォ」

「断る」

「うわァ、ケチだネェ」


 コツ、トン、コツ、トン。

 会話を交えながら二人はどんどん盤面を進めた。

 お互いに駒を取って取られて、チェックを宣言しては守られる。

 側から見れば二人の実力は互角に見えた戦いだが、


「やァめた」


 氷雨は突然そう宣言すると、一度手に取った駒を元の位置に戻した。


「どういうつもりだ、藤杜氷雨」

「どうってェ、飽きたからやめるだけだヨォ。何が悲しくてェ、りべるクンの辛気臭い顔と向かい合ってなきゃいけないのサ」


 ため息を吐いて、席を立つ。


「俺の負けで良いヨォ。りべるクンの望みは何かなァ。保健便りの作成? 休日出勤? まァ、一回だけなら協力するヨォ」


 そして言いたい事だけ言い捨てると、氷雨はさっさと部屋を後にした。

 残されたリベルは、対戦相手のいなくなった盤に視線を落とす。


「あと十手」


 それが氷雨とリベルの勝負が終わるまでの手数である。

 勝敗は既に決しており、リベルは間違いなく詰んでいた。

 ここから幾ら思考を巡らせようと、最長十手で手も足も出なくなっただろう。


「……忌々しい」


 まさか最も嫌う相手に勝ちを譲られようとは。

 湧き出る怒りの感情に任せ、リベルはガシャガシャとこの盤面を崩した。

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