一計①

 コンコン。


「……失礼する」


 軽いノックと共に、ソルディオが理事長室の扉を開けた。


「入室を許可した覚えはないのだが……?」

「そうだな、すまない」


 そこに不機嫌を隠そうともしないリベルの声が出迎える。

 見れば彼は今、滅多に姿を現さないエルファナ理事長の代わりに仕事をしている最中だった。


「だがリベル先生の許可を待っていたら……日が昇ってしまうだろ?」

「仕事の邪魔をされたくないからな」


 暗に許可を出すつもりはないとリベルは告げるも、ノートパソコンからソルディオへと目線を移す。


「それで何の用だ。ソルディオ・ル―シア」

「食事に行くぞ」

「……は」


 突然言われた内容に理解が追いつかなかったのだろう。リベルは数秒固まっていた。


「私がけいと……? 何の冗談だ」


 ソルディオが食事に誘うという状況はあまりにも唐突で、不自然だった。

 校内でソルディオはリベルの部下でしかない。二人は食事に行くような仲でもなければ、行く理由も特にない。

 それなのに、


「冗談などではない……リベル・ディクター先生。仕事を直ちに中断し、出掛ける準備をしろ。これは命令だ……貴殿に拒否権はない」


 高圧的に告げるソルディオに、リベルは訝しみつつも渋々パソコンの電源を落とした。



 ………………

 …………

 ……



「ルーシアきょう……理事長が次回会食で使われる店の下見だと、何故初めから言ってくださらないのですか……」


 ところ変わって、クレテリア学園から車で三十分。

 街の一角にある店に強制連行されたリベルは、どこか疲れた様子で苦言を呈した。

 しかし、ソルディオは真顔で「ドッキリ大成功、と言うやつだ」などとのたまい、リベルの溜息が深くなる。


「何がドッキリですか……」

「まあ正確には……『わたくしの学校で過労死者が出る前に、下見とか言って息抜きさせて来なさぁい』という依頼なんだがな」


 突然裏声でエルファナの物真似を披露したソルディオに、リベルが思わず笑いかけるも、慌てて咳払いを一つ。


「それは、私に伏せるべき情報では?」

「……聞かなかったことにしてくれ」

「はぁ……」

「因みに、帰りは必ず家まで送り届けるようにと言われている」

「それは勘弁願いたい」


 ジャズのBGMが流れ、どこか大人な雰囲気のある店内は照明が絞られていて、相手の顔がはっきりとは見えない。

 しかしソルディオには、今リベルの表情が一層険しくなった事など想像に難くなかった。


「……リベル殿がいけないのだ。再三の注意を無視して残業するものだから」

「申し訳ありません」

「まあ、気にするな……」


 どうも仕事を中断させられた事が余程気に入らないらしい。

 いつまでも固い態度を取るリベルに、ソルディオは話題を変える事にした。


「ここまで来たんだ。食事を楽しまないか?」

「そうですね……」


 そこに空気を読んだ完璧なタイミングで、ウエイターがやってくる。


「お飲み物の注文を承ります」

「リベル殿はお酒を飲むのか?」


 ドリンクメニューに目を通しながら、ソルディオが尋ねれば

「いえ、私は……」と、リベルは頭を軽く振った。


「ですがル―シア卿は私のことなど気にせずお飲みください」

「……」

「ルーシア卿?」

「……オレは酒癖が悪いらしくてな。飲んでも良いが、リベル殿の身の安全は保障できない」


 ソルディオとリベルの間には約三十センチもの体格差がある。仮にソルディオがどうにかなったとしても、リベルが止める手段など皆無だろう。

 それならば、

 

「前言を撤回します。アルコールは控えてください」

「ああ……」


 店側への迷惑と自身の安全を考えたリベルの判断に、ソルディオも頷いた。


「では、オレはアイスコーヒーを」

「ホットコーヒーを頼む」

「かしこまりました。ご注文がお決まりのころ、また伺います」


 二人の注文を復唱し、ウエイターは立ち去る。

 それを見送ったソルディオは、店のメニューをリベルに手渡した。

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