偽の善

「話を聞いてあげる」

 この台詞、この言葉を僕に言ってきた人は、何人もいた。

 担任の先生、心理カウンセラーの先生、そして友達にも。

 何度も言われた。

 ただ、ちゃんと話を聞いてくれた人は、誰一人としていなかった。

 僕が話しているうちに、もう無理ですと言わんばかりに、みんなはシャッターを閉めていく。

 聞いたような振りをして、聞いていない。

 聞いてなんてくれない。

 自分が聞いた気になるために、僕にそれっぽい上辺だけの言葉を投げかけてくる。

 「大丈夫だよ」とか、「辛いのはお前だけじゃない」とか、「なんとかなるさ」なんて、中身のない言葉を言って、自分は困っている人の話を聞いてあげたんだ。ということだけを持って帰る。誇りに、誇らしげに、誇って、あいつらは持って帰る。


 私の気持ちなんて気にもせず、あいつらは善人ぶる。

 善人のフリをする。いわゆる、偽善者。

 自分が偽善者であることにも気づかずに、あいつらは日々生活をしている。

 中には、たとえ偽物でもそこに、善があるだけマシとか言う人もいる。

 ただ、そう言う人は決まって知らない。

 偽善者に偽の善を向けられると言うことが、どれだけ辛いかを。

 本物の善と信じてから、偽物だと分かってしまうあの瞬間を。

 裏切られたような感覚を、あいつらは知らない。

 絶望と、後悔と、失望、負の憎悪を一心に感じるあの瞬間をあいつらは知らない。


 そんな僕の前に、また現れた。

 話を聞くよ。という、言葉を言った人。言ってくれた人。

 綺麗な容姿をして、死んだような目をして、いつも全てを見透かしたような顔で見てくるあいつ。

 何故だろうか、彼は今までの人達とは違う気がした。

 いや、そう信じたいだけかもしれない。

 でも、そう信じるだけの価値はあった。

 あいつは、僕と同じ顔をした。

 僕と同じような顔をしていた。

 初めて会ったその日から。

 それに、あいつと天谷先輩は多分……。

 だから、僕は話した。

 天谷翔という人物だけが、僕の最後の希望だった。

 そして、僕は話し始める。長い長い、僕の人生を。

 

 

 

 

 

 

 

 

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