ベランダ

 未だに脳内がピンク色で埋められているなか、俺は自分の部屋へと戻っていく。

 それにしても、香月めっちゃスタイル良かったな。

 あれが俗に言う、ボンキュッボンってやつなんかな。

 なんて、若干変態チックなことを考えてしまう夜。

 俺は、気を紛らわすためにベランダへと出ていく。

 空を見れば、真っ暗な夜空にあたり一面雲が覆いかぶさっていて、星の一つも見えない。

 うーん。今日は、ハズレか。

 俺は一つため息をつき、顔を下へと移す。

 すると見えてくるのが、向かいの家のベランダだ。

 手を伸ばせば届きそうな位置にある、そのベランダがある家は、現在空き家である。

 窓の奥にも、灯り一つ見えず真っ暗。

 姉貴が言うには、近頃誰か引っ越してくるらしいけど、その話を聞いたのも既に、3ヶ月前のこと。そう思うと、その話が事実だったのかどうか、信じ難い。

 いや、姉貴も誰かが絶対引っ越してくるよ!見たいに、明確に言っていたわけではないけれど。

 正直、どこか期待していた自分がいるのも事実。

 まあ、誰も引っ越してこないのであれば、それはしょうがない。

 期待なんてしないほうがいいな。

 なんて思いながら、俺は鉄で出来た柵にもたれかかる。

 空に流れていく雲が、どこか綺麗に感じてしまう。

 雲の奥にある、無数の星の方が何倍にも綺麗なのに。

「そう言えば、最近星を見てなかったなー」

 そんなことを一人で呟いてみる。

 直後、部屋の方から足跡が聞こえてくる。

 姉貴か? あいつ、勝手に部屋入んなって言っただろ。

 と、俺は怒りを覚えながら、恐らく来るであろう姉貴を退治しようとしたその時、部屋の奥から誰かがベランダへと入ってくる。

「へー。これがお前の部屋かー」

 そう言いながら、ベランダへとやってきたのは香月だった。

 風呂上りなのか、香月からはほのかに熱気を感じ、未だ濡れてる髪をタオルで拭きながらやってきた。

「なんでお前がいるんだ」


「え。別に、いいじゃん。あんたの部屋気になってたし」

 そう言いながら、香月は俺の隣で俺と同じように柵にもたれかかる。


「気になったで許されるんなら、この世に立ち入り禁止の場所なんてないんだよなー」


「まあまあ、細かいことは気にせずに。ほら、これ上げるよ」

 そう言って、香月が俺に差し出してきたのは缶のコーヒー。


「なあ、俺苦いの飲めないんだけど」


「そうなの?じゃあ、僕のと交換する?僕のは甘いやつだから」


「お前がいいならありがたく……って、このコーヒー姉貴のだろ?」


「ん?そうだよ、天谷先輩が渡してきてーって」


「ちゃんとした用事があるなら、そう言えよ」


「まあ、そうだけど。気になってたのも事実だし」

 そう言って、俺らはほぼ同じタイミングで、缶の蓋を開ける。


「いや、これも苦くね?」


「それを苦いって……どんだけ苦いの駄目なのよ」


「うるせ」

 そして沈黙。香月がじーっと俺の方を見つめてくる。


「な、なんだよ」


「いや、意外だなーって」


「は?なにが」


「いや、こんなイケメンさんにも、苦手なものがあるんだなーって」


「なんだそれ。俺をなんだと思ってるんだ」


「フフッ。お前は、僕の勇者だよ」

 不敵な笑みを浮かべながら、香月は言う。


「お前の中二病久しぶりに見たな」


「まあ、正直飽きてきたからね」


「中二病って飽きるもんなのか?」


「さあ。ただ、僕は他の中二病の人とは違うと思うからね。大体の人が、自分で気づかずに中二病って病気にかかってると思うんだけど、僕は自ら中二病になったから。自分の意思で」


「なんでまた」


「強いていうなら、現実逃避かな。嫌なことから逃げたかっただけ」


「そっか」


「でもさ、気づいちゃったんだよ。目をそらしてるだけじゃ、逃げたことにならないって」


「そんなもんなのか?」


「そうだよ。目をそらしてるだけじゃ、ただ嫌なことを後に伸ばしているだけ、結局、最終的には、その嫌なことと対面しなきゃならない」


「なら、お前は逃げれたのか?」


「いや、今僕がこの家にいることが逃げ切れてない証拠だよ」

 首を振りながら、真剣な面持ちで香月は言う。

 ただ、その表情には色々な感情が見えてくる。

 怒り、悔しさ、悲しさ、時折見せる嫉妬の顔。

 まるで、子供のように喜怒哀楽がはっきりしている。

「僕は、逃げることさえ出来なかったんだよ」

 俯きながら、諦めたような笑みを浮かべて香月は言う。

 心なしか、香月の瞳が光っている気がする。

 今だ。今しかない。

 

「それなら、俺が手伝ってやるよ」

 やっと見つけた。この台詞が言えるタイミング。

 いや、今じゃないのかもしれない、でも、ここしかない。

 このタイミングしか言えない。

 それに、なぜ俺が香月の力になりたいと思ったかも分からない。

 いや、それはきっと。


「手伝う?」


「お前が逃げれるようにさ。俺が手伝ってやるよ」


「僕の見込みじゃ、お前は人に力を貸すタイプとは思ってなかったんだけど」


「知らねーよそんなこと。俺がお前の助けになりたいと思ったんだ。タイプとか知るか」


「はは。なんか、お前のことはあまり知らないけど、なんだかお前らしいな」


「うるせー。 まあ、俺になにが出来るかは分からないけど、話くらいなら聞くからさ。まあ、お前が話したくないって言うなら無理には聞かないけど」


「良いよ。話すよ。お前になら、なんか話せる気がするよ」


「そうか。なら良かった」


「でも、あんまり良い話じゃないからな?そこら辺は覚悟しといてよ?」


「ああ、そこら辺は大丈夫だ」


「なら、聞かせてあげるよ。僕の全てを」

 そう言った香月は、ゆっくりと空を見上げる。

 流れる雲が、段々と早くなる。

 静寂に包まれた夜。一つの小さな一軒家のそのベランダで、俺は香月の話を聞く。

 その時の俺は、どこか嬉しさを感じていた。





 

 

 

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