彼女?

 強く光ったファミレスの灯りが、やけに眩しく感じる夜。

 俺と姉貴は、ようやく目的地のファミレスへと辿り着いた。

「着いたー」

 疲れを取るように、ぐわーと体を伸ばしながら、姉貴は言う。

「な、なあ、俺は今、ファミレスの前にワープしたような感覚に陥ってるのだが」


「は?なに言ってるのあんた。痛いのは、あんたの恋愛観だけにしてよね」


「い、いや、本当なんだって」


「はいはい、分かったから。さっさと入るぞー」

 そう言って、姉貴は俺と肩を組みながら、少々強引に歩き出す。

 押しボタン式の、自動ドアが開いた瞬間に元気な店員の声が聞こえてくる。

「いらっしゃいま……!?!?」

 何故か店員の声が止まる。

 ただ、不思議とその声には聞き覚えがあった。

 俺は、ゆっくりと顔を前に向ける。

 するとそこには、ウエイトレス姿で、ただ呆然と立ち尽くす音山美桜がいた。



* * * * * *



 私、音山美桜は最近アルバイトを始めました。

 特に、お金に困っていた訳ではないけど、単純にアルバイトと言うものに憧れを持っていた私は、近所にあったファミレスでバイト人生の狼煙を上げました。

 最初はとても順調でした。仕事は楽しいし、先輩方は優しいし、制服も可愛いで、良いことづくしです。

 でも、今この瞬間、私のアルバイト人生最大の危機がやって来ました。

 いつものように、やってくるお客様達をお出迎えするために、入り口の前で鼻歌を口ずさみながら、待っていました。

 時計を見れば、もう既に7時を回っており、平日であれど、人がたくさん来る時間帯です。

 すると、入り口の向こう側に二人の人影が見えます。

 私は、陽気だった鼻歌を一旦止め、お客様をお出迎えするために、心の準備をします。

 元気よく、気持ちよく、ハキハキとした声でを意識して、店に入ってきたお客様に挨拶をしました。

「いらっしゃいま……!?!?」

 ただ、私はその言葉を、最後まで言うことができませんでした。

 私の目の前に現れたのは、天谷翔くんでした。

 しかも、綺麗な女の人と肩を組みながら。

 あれれ、天谷くんって彼女いなかったよね?じゃあ、家族?でも、顔とか全然似てないし……。あれれ、どういうこと。

 私の頭は真っ白になりました。

 それもそうです、好きな人が綺麗な女の人を連れてるんですもん、頭も真っ白になります。

「音山?」

 自分の仕事も忘れて、呆然としている私に、天谷くんは心配そうに声を掛けてきます。

「なに?この子、翔の友達?」

 し、翔? しかも呼び捨て? な、なにこの人……。あれ、なんかこの人見たことがあるような。

「友達っていうか、なんて言うか」


「なによそれ、まあ、友達なんでしょ?」

 そう言うと、女の人は天谷くんから肩を外し、私の方へ寄ってきます。

「な、なんですか?」

 迫ってくる女の人に、私は後退りをしながら言います。

「いつも、翔がお世話になっています」

 そう言って、女の人はペコリと頭を下げました。

 な、なんなのこの人……。

「は、はい」

 

「そ、それで、あ、あなたは天谷くんとは、どういう関係なんですか?」

 私は、とても気になっていたことを聞きました。

 この答え如何では、後先の行動に関わってくるので。

「関係?ははーん。君、もしかして」

 女の人は、まるで私の気持ちを見透かしたように、分かりきった笑みを浮かべます。

 な、なんなのよこの人。

「はいはい、こいつは俺の姉だ」

 そう言って、天谷くんは私に迫りくる女の人の、首根っこを掴みます。

「ちょっ。なにすんの翔」


「何してんのはお前だ。ごめんな音山。ほら、さっさと席に座るぞ」

 天谷くんは、姉という女の人を引っ張りながら近くにあったテーブル席に座ります。

 まあ、何にせよ、天谷くんの彼女じゃないのなら、何でも良いです。

 私は、ほっと胸を撫で下ろし、天谷くんの座った席に、注文を聞きに行きます。

 

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る