面影

真彩と素っ気なく挨拶をして、別れた後、ガチャという音と共に、俺は家の扉を開ける。 

「おかえりー」

 同時に、姉貴の気の抜けた声が聞こえる。

「ただいま」

 それに俺は、気の抜けた声で返す。

 靴を脱いで、それっぽく並べて俺は自分の部屋へと歩き出す。

 リビングのソファーに、寝そべっている姉貴を横目に見ながら、俺は階段を上っていく。

 自分の部屋のドアを開け、俺は中に入る。

 カバンを机の上に置き、ゆっくりと制服のボタンを外す。

 制服から部屋着に着替え、まるで死んだかのようにベッドに倒れ込む。

 特に何もしてないはずなのに、何故か疲れが溜まってる。

 今なら、中年サラリーマンが出すような、あの変な鳴き声も出てきそう。

 そんな時、ふと脳裏に蘇る。

 今朝、屋上で風に吹かれながら見た、香月の涙。

 何故思い出したのだろうか。

 正直、今日は一日中、頭のどこかに香月がいた。

 あの、悲しそうに、妬ましそうに、そして、寂しそうに泣く、香月の姿が。

 それを見た俺は、まるで昔の自分を見ているような感覚に陥った。

 昔の、家族と呼べる人物がいなかった、あの時の俺のように。

 でも、それも今となっては過去形になっている。

 過ぎ去ったもの。もう既に、終わっているもの。

 ただし、香月は現在進行形だ。

 今も、この時間も、あいつには自信を持って、この人が私の家族です!って言える人がいないのだろう。香月の一人称は僕だったか。

 その事が、直感的に、本能的に、俺はわかった。

 いや、まだ香月自身に、なんで泣いてたのか聞いたわけでもないし、今の事は、ただ単純に俺が、勝手にそう思っているだけに過ぎないのだけど。

 でも、あの涙は、俺も流した事がある。

 だからこそ、分かる。

 まあ、分かったところで、俺に何ができるのかと言われると……そこまでは思いつかないんだけど。

 っていうか、なんで俺は何が出来るのかとか考えてるんだ。

 そんな人だったっけ?俺。

 分かるかそんなもん。自分の性格なんて、自分が一番理解してないんだから。

 そんなことを考えている時だった、部屋の外から、階段を上る足音が聞こえる。

 段々と近づく足音と共に、俺の部屋のドアノブが動く。

「おい、翔。飯食いに行くぞー」

 そんな声と共に、俺の部屋へ入ってきたのは姉貴だった。っていうか、姉貴以外ありえないか。

「おい。勝手に部屋入ってくるな」


「別に、あんたの部屋見られたらダメなものとかないでしょ」

 そう言いながら、俺の部屋をぐるりと見渡す姉貴。


「いや、そりゃないけど」


「ならいいじゃん」


「良くない」


「だってさあ。こんな風に、ベッドの下を漁っても、エロ本の一つもないし。あんた本当に男なの?」

 そう言いながら、ベッドの下に手をやる姉貴。

 なんなんだこいつ。腹立つ。

「だぁかぁらぁ。さっさと出て行けって言ってるだろ?」

 俺は、怒りや憎しみ、憎悪の感情全てを乗っけて、一言一言を強調して言う。


「お、おう。すまん。悪かった。じゃあ、さっさと着替えて準備してねー」

 そう言って、ようやく部屋から出ていく姉貴。

 ってか、なんで食べにいくんだよ。面倒くさい。

 俺は、ゆっくりと外出用の服に着替える。

 

 


 

 

 

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