帰り道

 特に、何事もなく一日の授業が終わった。

 ガヤガヤと人混みが出来る廊下や教室を、俺は自分の席で頬杖付きながら眺めていた。

 社会人になったら、あんな空間の中、電車に乗らなきゃ行けないと思うと、少し憂鬱になる。はー。社会人になんてなりたくねーなー。

 まあ、高校卒業したら多分大学に行くとは思うんだけど、未来がどうなってるかは分からない。

 二年後の今頃は、工事現場でせっせこ働いてるかもしれないし、もしかしたら、なんかすごい有名人になってるかもしれない。

 そう、未来は誰にも分からない。だから、人生というのは面白いのかもしれない。

 まあ、自分で言うのもなんだが、成績はそれなりに良い方なので、大学には余裕で行けるとは思うが。

 なんて、将来のことについて考えていると、教室からはほとんどの人が出て行き、廊下も静寂に包まれていた。

「さて、俺も帰るとするか」

 誰もいない教室で、俺は一人呟く。

 カバンを右肩にかけ、パーカーのポッケに手を入れる。

 もうすっかり、ポッケに手を入れるのが癖になってしまった。

 まあ、そんなことは気にせずにと、俺はドアをガラガラと開ける。

 すると、目の前にやつがいた。もとい、長谷川真彩がいた。

 壁に寄りかかり、腰まで伸びた黒髪を何やらいじっている。

「遅い」

 いじっている髪の方を見ながら真彩は言った。

 怖いよ。なんか、どす黒いオーラが出てるよ。

「だから、なんでいつも待ってるんだよ」


「別に。なんでも良いでしょ」

 そう言った真彩の声は、どこかか弱く、頬も心なしか赤くなっているような気がする。


「いや、良くないんだけど」

 こちとら、一人で帰る方が好きなんじゃい。

 まあ、別に、真彩と帰るのが嫌だと言うわけではないのだが。

「は?私と帰るのが嫌だって?」

 そう言いながら、俺をギロっと睨む真彩。怖いよ!その目は悪役にしか出来ないよ。

 いや、悪役にも出来ないよ。

「べ、別に、嫌なことなんてありゃしませんよ?」

 恐怖で、なんだが変な言い回しになってしまう。

 どこの方言だよこれ。

「あっそ。じゃあ、帰るわよ」

 あっさりと言った真彩は、長い髪をバサッと靡かせて歩き出す。

 それを見て俺は、深く大きく、ため息を吐き、ゆっくりとついていく。

 歩くたびにあげる足が、とても重い。


* * * * * *

 

 

 空を見ると、綺麗にオレンジ色に染まり上がり、夕焼けが徐々に沈んでいく。

 目線をゆっくりと下に持っていくと、そこには隣を歩く真彩が写る。

 相変わらずの沈黙。なんだろうか、この沈黙にも段々慣れてきたのか、あんまり気まずさを感じなくなってきた。

 これが、俺にとって良いことなのか、それとも悪いことなのかは分からないけど。

「ねえ、暇。なんか話して」

 進行方向を向きながら、無理難題を叩きつけてくる真彩。

 なんなんだ。その適当な話のフリは。 なんか話して。という言葉から、ちゃんと会話が始まったとこを、見たことがないんだけど? その点は考慮して頂いてますかね。

「なんも話がない」

 俺は素直に、そう言った。


「は?」

 そう一言添えて、俺の方をギロっと睨む殺人鬼。じゃなかった、真彩。

 怖い。何回見ても怖い。この怖さには慣れないよ。

 俺は、必死に頭をフル回転させ、なにか話題になりそうなものをさがす。

「お、お前って、中学ではどんなだったんだ」

 ……あ。やばい、墓穴掘った。

 この流れは確実に、俺の中学の時も聞かれる。なんで俺は、中学という単語が頭に出てきてしまったんだ。だからなんか、中学に引っ張られて中学のこと聞いちゃっただろうが。自分でも思い出したくないのに。

 と、俺は自分のしてしまった失態に後悔をしている時だった。

 真彩が、変わらずこちらの方を睨んできている。

 え、なに。怖いんだけど。なんで睨まれてんの?不本意ながら、ちゃんと会話になりそうな話題をふったけど。

 ……あー。これは、地雷も踏んでしまいましたかね。なにこれ、墓穴掘って地雷も踏むって。やっぱり、会話というものはしない方がいいな。

 その後、一言も喋ることなく家に着いた。


 

 

 


 

 

 

 

 



 

 

 

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