「なんだ、またお前か」

 屋上に突っ立っていた香月が、俺に気づき話しかけてくる。

 未だ、涙は残っており、瞳は綺麗に光っている。

「お前、こんな所で何してるんだよ」

 率直な疑問を俺は香月に投げかけた。

 いや、もっと疑問に思ったことが俺にはあった。

 でも、聞けなかった。聞くことができなかった。

「別に、ただの暇つぶしだよ」

 そう言って、俺に見えないように涙を拭い、俺の方に体を向ける。

 その時見えた目は、左目が青色で右目が赤色だった。

 なんだあれは、オッドアイってやつか?まあ、多分カラコンなんだろうな。

「あっそ」

 そっぽを向きながら、吐き捨てるように、俺はそう返す。

 視界に写ったコンクリートが、意気地なしと呟いたような気がした。

 なんなんだ俺は。なんで聞けないんだ。いや、聞いたら聞いたで、デリカシーのない奴だとは思うけど。

 と、そんな自分のヘタレさに凹んでいる時だった。

 俺が上ってきた階段から、大きく響く足音がしてくる。

 誰かきたのか、俺は階段の方に振り返ると。

「あ、屋上にイケメンと美少女はっけーん」

 そう言って、ニヤニヤしながら階段を上がってきたのは、中原先生だった。

 黒色のシャツの上に、カーディガンを一枚羽織り、そのポッケに手を突っ込んでいる。

「お前ら、もうちょっとでホームルームが始まるぞー。さっさと教室に帰れ」

 

「先生がここにいるってことは、まだ始まりませんよ」

 そう、中原先生は俺のクラスである、二年一組の担任だ。

 担当科目は社会。まあ、この人に社会を学んでいると思うと、なんだか思うところがあるけれど。

 そう思う所以は、中原先生ほ性格にある。

 怒るとすぐ関節を鳴らし、とても威圧的になる。授業で出した宿題やら提出物の存在を忘れたり、授業内容も含め、どこかてきとう。

 この前職員室に行った時も、中原先生の机だけ、書類やら封筒やらでとても汚かったし。

「おい、天谷。あんま生意気言ってると……分かるよな?」

 ギロっと中原先生が睨んでくる。

 怖い!真彩とは違うベクトルで怖い。なんなのあれ?真の霊長類最強はこの人でしょ。

「あははは、素直に戻りまーす」

 俺は、恐怖に身を委ねながら、中原先生を通り過ぎ階段を降りていく。



* * * * * *



 ビューと、心地いい風が屋上の間に吹く。

 中原先生に脅され、シクシクと階段を降りていく村人Fを、僕は遠い目で眺めていた。

 中原先生は、降りていく村人Fを面白そうに、ニヤニヤしながら眺めている。

 性格悪いな、あの先生。別に、嫌いじゃないけど。

 ニヤニヤと、村人Fが見えなくなるまで眺め続けた中原先生の体が、僕の方へ向く。

 途端に、表情が真剣になる。

「なあ、香月。お前、ちゃんと家には帰ってるよな?」

 心配そうな面持ちで、中原先生はそう言った。


「え、あ、はい。帰ってはいますけど」

 正直、めんどくさそうな話だったので、いつもの中二病で逃げ切ろうかとも思ったが、あいにく、先生たちには僕が中二病だと知られたくなかったので、普通に返した。

「ならいいけど。なんか困ったことがあれば聞けよ?出きる限りは力になるから」

 そう言った先生は、こちらを向かずに手を振りながら階段を降りていく。

「あ。お前も、さっさと教室に戻れよー」

 中原先生は、思い出したように、こちらに戻ってきてはそう叫んだ。

 何故だろうか。僕の頬に、涙がこぼれ落ちた気がする。

 ダメだな。ほんと、僕は弱い。

 たった一つ、嘘をつくだけで、こんなに悲しくなってしまうなんて。

 弱すぎる。何も成長できていない。

 いくら叫んでも、何度も訴えても、時というものは待ってくれないのに。

 僕は、昔から何も変われてない。

 いや、変わろうとしてないだけか。

 怖いから。変えた時に、今よりもっと辛いことが待ってる気がして。

 僕は、何も行動が出来ないまま。

 ただ一刻と、進んでいく時計の針を眺めているだけ。

 



 

 

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