家族

「ここから出る?何を言ってるんですか?」


「そういや、あんたはどこから来たんだい?」


「え、あっちからですけど」

 一ノ瀬からの問いかけに、相変わらずの無表情で答えた春華は、自らが来た道を指差して言う。

 

「あっちって行ったっけ?」

 俺たちの方を向きながらそう言った一ノ瀬。

 いや、行ったかどうかなんて知らないが。これまでも、ただ、ある道行く道を辿ってきただけで、正直どこを通ったなど覚えていない。というか、分からない。

「行って……ないんじゃない?」

 手に顎を置き、うーんと考えながら香月は言う。


「それなら行ってみるか」

 その言葉を聞いた後、春華は案内するわと言わんばかりに、指差した方へ春ちゃんと手を繋ぎ、歩き出す。

 春ちゃんもそれについていき、「お姉ちゃんについていくぞー!」と、右手を高らかに上げている。

 それに、一ノ瀬と香月も続き、俺は最後尾で歩き出す。

 ん?誰か忘れてる気がする……。まあ、いいか。

 後に、この場所から聞こえた少女の悲鳴が、有名な心霊スポットになることを、俺たちは知らない。

 まあ、別に知らなくていいんだけど。



* * * * * *


 春華に連れられて行くがままに歩いていると、あっという間に見知った景色が視界に入る。

 遠くに見えた、店や家の灯りがまるで季節外れのイルミネーションのように綺麗だった。

「なあ、香月。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさぁ」

 俺は、今にも溢れ出そうな怒りを抑えながら、香月に言う。

「ぼ、ぼくに何の用かな……。あははは」


「あははじゃねーよ!お前なあ、めっちゃ簡単に帰ってこれたじゃねーか!」


「うう……。ま、まあ、これも勇者の力を試す試練ってことで」


「誤魔化すな」


「……。ごめんなさい」

 そう言った香月の声色が、いつものかっこつけた低い声とは裏腹に、とても可愛らしく、弱々しかった。

 それ故に、どこか動揺してしまい、なんだか怒りもどこかへ吹き飛ぶ。

「単純に、方向音痴なだけでした……。ごめんなさい」

 更にそう続けた香月は、今にも泣き出してしまうかのように、震えていた。

「い、いや、別にそこまで言うつもりは」

 

「あー!イケメンのお兄ちゃんが、ドクロのお姉さんを泣かせた!」

 俺の方を指差しながら、春ちゃんはそう言った。

 やめて!ごめん。俺が悪かったから。そんな目で見ないで!

「そうよー。あのお兄ちゃんはね、女の子を泣かせるのが得意なのよ」

 春ちゃんに耳打ちするように、真彩が言った。

 それも、わざと俺に聞こえるように、声をあからさまに大きくして。

「おい、聞こえてんぞ」


「きゃー。怖ーい」

 すごい棒読みで、真彩はそう言った。

 うぜー。まじうざい。なんなんだよ、あの女。さっきまで、腰抜かして悲鳴ばっかり上げてたくせに。

「ま、まあ、何はともあれ、帰ってこれたなら良かったじゃないか」


「帰るも何も、どこにも行ってなかったんだけどね」

 香月のツッコミに、お前のせいだろと鋭い眼差しを向けた一ノ瀬は、今度は春ちゃん達の方に体を向ける。

「えっと……。桜さん?ありがとうな、助かった」


「え、あ、いや、私は何もしてないけど」

 きっちり九十度頭を下げて言った一ノ瀬に、少し動揺しながらも、その完璧な無表情を崩すことなく春華は言った。

「それでも助かったよ。何より、春ちゃんが無事でよかった」

 そう言った一ノ瀬は、春ちゃんの方を見て優しく微笑む。

「えへへ〜。ありがとう、お姉ちゃん!」

 それに答えるように、春ちゃんは満面の笑みと共に、そう言った。

「よしよし。もう、迷子になるんじゃねーぞー」

 そう言いながら、春ちゃんの髪をわしゃわしゃとする一ノ瀬。

 あうあーと、なんだかよく分からない言葉を発しながら、グワングワン頭を揺らせていた春ちゃんは、ずっと可愛らしい笑顔のままだった。


「よーし春。もう遅いから帰るぞー」

 そう言い、春ちゃんの手を引く春華。

 それに、春ちゃんもはーいと元気な返事を返す。

「それじゃあ、妹を見ててくれてありがとね」


「ありがとうねー」

 春華が言った言葉を、春ちゃんが繰り返す。

 そして、二人手を繋ぎながら、自分の家へと帰っていく。

 その時の春華の表情は、とても穏やかで優しく、本当に母親のような顔をしていた。

 恐らく、春ちゃんが最初に会った時に、ママと逸れたって言ったのは、あの春華の顔を知っていたから、一人になった悲しい時に、思い出した顔があの顔だったのだろう。

 それ故に、春華のことをお母さんと思い違えたのだと思う。

 幼き日に見た、母親と同じ顔をしていたから。

 少し肌寒い風が強く吹いた夜。綺麗な夜景と共に写った、ある姉妹の後ろ姿は、とても優しかった。

「なあ、村人F」

 どんどんと、進んでいく春ちゃん達を見ながら、一ノ瀬達に聞こえないように少し距離をとって、香月が俺に話しかける。

「あれが、家族ってやつなのか」

 ふと、俺は香月の方を向く。

 また、吹いた肌寒い強い風が、香月の綺麗な金髪をなびかせていた。

 そして、同時に瞳から流れた涙も、飛んで、消えていった。

「あんな風に、僕もなれたのかな」

 そんな、独り言とも取れる声も、風に流されて消えていく。

 正直、何を言っているのか分からなかった。

 香月が発した、その言葉にどのような意味を持っているのか、俺には分からなかった。

 でも、ゆっくりと涙を流す香月に、俺は何も声がかけられなかった。

 何も、言葉が出なかった。

 そして、

「あんな家族が、欲しかったな」

 その言葉が、俺の中に残り続ける。

 とても、弱く、悲しく、そして切なく発せられたその言葉が。

 こうして、俺のゴールデンウィークは幕を閉じた。

 ただ、酷く強い物が心に残ったまま。

 

 

 

 

 

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