迷子

「で、で、で、でたああああああああ」

 真彩は一ノ瀬の後ろに隠れて、うずくまりながら、まるで幽霊でも見つけたかのような、囁き声でそう叫ぶ。

 その声は、少女までは聞こえてないらしく、少女も少女でまた、怯えるように熊のぬいぐるみを抱きしめている。

「別に、幽霊ってわけじゃないんだからそんな怖がんなくても」

 そう言い、一ノ瀬は腰くらいまでの身長しかない少女と、目を合わせるように腰を落とす。

「お母さんとはぐれたのか……。よし、お姉さんたちが探してやるから、もう大丈夫だから、安心しろ」

 そう言って、一ノ瀬は優しい笑みを浮かべながら、少女の頭を撫でる。

 何故だろうか。その姿に、どこか見覚えがあった。

 そんな考えも束の間、少女は優しく撫でられると、熊のぬいぐるみで隠れてた口元をばっと曝け出し、満面の笑みを見せて言った。

「ほんと!?おねえさんありがとう!」

 とても暗い状況の中、はっきりと写った瞳には、少し光が見えるが、少女の見せた笑顔は、とても良い笑顔だった。

「それで、君の名前は?」


「さくら!」


「そうか、さくらちゃんって言うのか」

それを聞いたさくらちゃんは、違うよと一つ首を振って言う。

「桜は名字だよ。名前ははるって言うの」

 首を横に振りながら、得意げに自分の名前を教えてあげる。


「へー。春ちゃんって言うのか。じゃあ、よろしくね春ちゃん」

 桜春ってことか。確か、俺のクラスにも桜って名字の人がいた気がするな。

 まあ、全然面識ないが。

「うん!よろしくね、お姉ちゃん!」

 すごいな。もう、お姉ちゃんって呼ばれてるよ。まあ、女の子の方も何だが愛想が良くて、多分誰とでも仲良くなるタイプの子なんだろうな。

 将来、思春期の男子を勘違いさせそうだな。

 そんなことを思っていると、一ノ瀬は俺たちの方に振りかえる。

「なあ、この子のお母さん探すってことで良いだろ?」

 

「まあ、このまま何の目的も無しに進むのもあれだしね」

 電柱に寄りかかり、腕を組みながら香月は言う。

 

「と、と、取り敢えず、わ、私は、早くここを抜け出したい」

 いつの間にか、俺の後ろでうずくまっていた真彩が、震えた声で言う。

 流石に、こんな暗い場所で迷子の子供を放っておくなんて出来るわけがない。

 俺は目があった一ノ瀬に、一つうなずく。それは紛れもなく、オーケーサインの証だ。

「じゃあ、決まりだな。春ちゃん、お姉ちゃんたちがママを見つけてあげるから、安心しろ」

 そう言って、再度春ちゃんの頭を撫でる一ノ瀬。

 春ちゃんの視線は一ノ瀬の後ろにいる俺たちの方へ注がれる。

 すると、みるみるうちに、さっきまでの笑顔が恐怖の顔に変わっていく。

 春ちゃんの視線は、ちょうど香月の方を向いていた。

 ドクロの柄が入ったパーカーに、腕にぐるぐる巻かれた包帯。それに、この暗さだ。

 怖いに決まってる。何せ真彩でさえ怖がっていたし。

「え、僕?僕が怖いの?あわわ、ごめんね。大丈夫だよー、怖くないよー」

 今にも泣き出しそうな春ちゃんに、香月は必死に自分が怖くないとアピールする。

 いないないバーしたり、必死に笑顔を作ったりする香月は、どこか子供と接するのに慣れてるような気がした。

 現に、春ちゃんの顔も徐々に笑顔を取り戻していく。

 まるで、一つの花が咲くまでを見たかのような、そんな感覚に覆われた。

「ほら、怖くないでしょ?」

 そう言って、えへへーと笑う香月。

 それに合わせて、春ちゃんもえへへーと笑う。

 すごいな。もう仲良くなってるよ。

 ビジュアルだけなら、子供が絶対怖がる格好してるのに。

「ドクロのお姉ちゃん!」

 そう言って、香月をビシッと指差す春ちゃん。

「お、おう、ドクロのお姉ちゃんね……。うん、良いよ。僕はドクロのお姉ちゃんだ」

 そう言って、得意げに胸をポンと叩く香月。

「じゃあ、あの人は?」

 そう言って、一ノ瀬は俺の方を指差す。

 なに?急に、春ちゃんによる、あだ名付け大会が始まったの?優勝できるかしら。

 と、俺は審査結果を心待ちにしていた時だった、春ちゃんが俺の方を見ながら、ゆっくりとその思い口を開く。

「イケメンのお兄さん!」

 Simple is Best。うん!シンプルが一番良いな!優勝は俺かな?

「それで、後ろにいるのが怖がりなお姉ちゃん!」

 うわー、言われちゃったよ。少なくとも二桁は歳が離れてる人に言われたよこいつ。

「あはは、春ちゃんはあだ名をつけるのが上手だな」

 そう言いながら、一ノ瀬は春ちゃんの頭を撫でる。

「えへへー。ありがとうお姉ちゃん!」

 もっと、シンプルなのいたじゃん。何の肩書もない、お姉ちゃんがいたじゃん。

 と、俺は真の優勝者に心の中で拍手を送っていると、香月が話を先に進めようと春ちゃんに話しかける。

「それで、お母さんとはどこではぐれたの?」

 香月は、とても優しい声で言う。


「わかんない」

 

「わかんない?」


「ママと一緒に公園で遊んでたら、ママとはぐれちゃった」

 そう言い、徐々に顔が歪んでいく。

 泣くのを必死にこらえるように、春ちゃんはくまのぬいぐるみをギュッと強く抱きしめる。

「うーん。お母さんと遊んでたら、いつの間にかここに来てたってことか?」

 香月は、話をまとめるようにうーんとうねりながら、独り言のように呟く。

「なあ、この辺りに公園ってあったか?」

 一ノ瀬の方を向きながら、香月は言う。

 

「うーん、あったっけか?」

 そう言いながら、一ノ瀬は俺の方を見る。

 やめろ、俺に答えを求めるな。

「いや、俺は見てないと思う」

 無意識で、俺は語尾に保険をかけてしまう。

「わ、私も知らない」

 相変わらずの震え声で、真彩は言う。

 どうすんの?手がかりがほぼないけど。

「ま。取り敢えず進むか」

 そう言い、一ノ瀬は春ちゃんと手を繋ぐ。

「絶対お母さんを見つけてやるからな!安心してお姉ちゃんたちについてこい」

 そう続けた一ノ瀬は、カッコ良すぎますぜ一ノ瀬さん!と言いたくなるほど。

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」

 少し、溢れ出た涙を拭いながら、春ちゃんは笑顔で言う。

「じゃあ、いくぜお前ら」

 そう言って、一ノ瀬は歩き出す。

 それに、ついて行くように俺らも歩き出す。


 

 

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