第9話 仲間


 殺到した客の相手を終えると、ラビィさんが街一番の宿に案内しろと言った。


 なので、俺は山の手にある超高級な宿である『白金亭』に連れてきていた。


 一泊の平均が五〇〇ガルドであるミノーツの街で、一泊一万ガルドという破格の値段の宿である。


 ちなみに俺がいつも泊るのは一泊一〇〇ガルドの安宿なので、超高級宿の個室での宿泊が場違い過ぎて落ち着かなかった。


「そ、それにしてもすごいとは聞いてたけどこれほどまでとは……。個室風呂まで付いてるなんて……」


「あ、お風呂出たんだ。これ、フィナンシェ君の服ね。サイズは合うと思うけど。あの口悪兎……じゃないや。ラビィが頼んでおいてくれたみたい」


 先に風呂で汚れを落として着替えていたラディナさんが、俺の着替えを差し出してくれた。


「ありがとう……って、こんないい服……」


 差し出された服は仕立ての良い服で結構値段が張る物のように感じた。


「ラビィさん、こんな服もらえませんよー」


「あほかー。ワイの奢りやないでー。今日の儲けから出しとるから自分らの金やー。遠慮せず着ろって」


 広々とした個室の奥から、ラビィさんの声が聞こえてきた。


 どうやら奢りではないらしいことが判明したので、とりあえず着ることにした。


「フィナンシェ君、あたしが着せてあげるから、ほら、手上げて」


 ラディナさんがニコニコと笑いながら、甲斐甲斐しく俺の着替えを手伝ってくれる。


 その姿は新婚の奥さんみたいであった。


「それにしてもあっという間に売れたわね。当初の見積もりよりかなり儲けが出た気がするけど、どうなのラビィ?」


 ラディナさんは俺の着替えを手伝いつつ、さっきの売り上げの話をしていた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー。ざっと見積もって六〇〇万ガルドといったところか。まぁボチボチ儲かったな。ワイの取り分は三〇万ガルドっと。フィナンシェたちの取り分や五七〇万ガルド。ちょいと『口舌くぜつ』スキルで本気出し過ぎたな」


「ご、ご、五七〇万ガルド……計算間違いじゃないんですか?」


 着替えを終えた俺は、ラディナさんともにラビィさんのいるソファーの方へ移動する。


 テーブルには金貨が溢れ出した革袋が五個以上転がっていた。


「間違いないでー。五七〇万ガルドがフィナンシェたちの取り分や。大冒険者のワイはそこらのボンクラ冒険者どもとは違ってピンハネなんぞせんからな」


 目標額の倍近い利益に動揺が顔に出てしまう。


 俺が二〇年かけても稼ぎ出せない額の金がたった一日、いや正味半日で稼ぎ出せていたのだ。


 すげえ……俺たちのスキルだけじゃこんなには稼げなかったはずだ。


 ラビィさんの『口舌くぜつ』スキルが、俺たちのスキルの成果物に相乗効果を与えて膨大な利益に変えてくれた。


「ワイとフィナンシェと狂暴女が組めば、すぐにでもデッカイ屋敷が建てられるはずや。いや、国ごと買えるかもしれんなー。あー、ワイの才能の凄さに震えてしまうやんけ」


 確かに三人で手を組めば、とんでもない稼ぎを産み出すことができてしまうなと納得していた。


 ラビィさんと組めば、最底辺の借金生活からすぐにでも抜け出せるかも……。


 けどな……ラビィさん、信用していいのか……。


 目の前ではソファーに横になったSランク冒険者のラビィさんが、綺麗な服に着替えた村の女の子たちに膝枕で耳掃除をされつつ、自分の取り分の金を数えていたのだ。


 こういう姿を見るといまいち信用できないよな……。


 能力はあるんだろうけど、人格的に問題がありそうだし。


「ラビィさん、凄いです。わたし尊敬しちゃいます。あっという間に稼いじゃうなんて……。あ、大きいのがある」


「おぉおおおぉ、ワイの耳は敏感やから優しくな。優しく頼むでー。おふぅうううう。ええのぅ」


「じゃあ、私はふーってしちゃいますねー。ふー」


「おわぁ……。そらあ、アカン。アカンでテクニシャン過ぎる。ああ、アカンてー」


 俺は膝枕で女の子に耳掃除されるラビィさんと組むべきかと悩み、ずっと彼を見ていた。


 そんな俺の服を誰かが引っ張ってくる。


 振り向くと、ソファーに座っていたラディナさんがニッコリと笑い、自分の膝をパンパンと叩いていた。


「フィナンシェ君にはあたしがしてあげるよ。ほら、どうぞ」


 いや、そういう意味でラビィさんを見てたわけじゃないんだけどな……。


 でも、せっかくのラディナさんのお誘いだし、断ったら悪いよな。


「え? い、いいんですか?」


「フィナンシェ君だけだから。特別にだからね」


 俺は誘われるようにラディナさんに膝枕してもらうと、そのままの流れで耳掃除をしてもらうことにした。


 ラディナさんは絶妙な力加減で耳掃除をしてくれていた。


「ラ、ラディナさん……あっ、そこはダメですから。あ、あの、あっ、あっ」


「遠慮したらダメだからね。あたしはフィナンシェ君のしたいこと全部してあげるから。ほら、ふー」


「あ、あぁあぁ……ラディナさん、ダメですって」


 耳に息を吹きかけられたことで、身体が弛緩していくのが分かった。


「はーい、今度は反対ね」


 ラディナさんが、俺の顔を自分の方へ向ける。


 チラリと視線を上げると、ラディナさんの顔が胸越しに見えた。


 自分に好意を向けてくれる年上の美女に思わず頬が綻んでしまう。


 昨日までの自分の底辺生活が嘘のように思えた。


「フィナンシェ、お前マジな話、その狂暴女と組んでワイと世界を股にかけ、冒険する気はあらへんか? ちょうど今、ワイはフリーでな。組めるパートナーを探しとったんや」


 不意にラビィさんが、俺を仲間に誘ってきた。


 まさかSランク冒険者のラビィさんから仲間に誘われるなんて思ってなかった。


「きゅ、急にどうしたんです? 俺たちを仲間に誘うなんて……」


「ワイはなー、色々と世界を巡って来たんだがな。お前らほど変わったやつらは初めて見たわっ! ワイの直感に従えば、お前らと組めばとんでもなく面白い冒険ができるって思っとるんや」


「面白い冒険ですか……」


「世界は広いでー、フィナンシェの知らないもんもいっぱいあるし、見たことない場所もある。どうや、ワイと一緒に来んか?」


 俺は生まれてからこの街を出たことは数えることしかない。


 両親は冒険者をしていたから、世界各地に出かけていた。


 だが、俺は両親と一緒に出かけたこともなく、いつも祖母とボロ家で待っていた。


 それに、冒険者になった後も街の近隣しか出歩いていなかったのだ。


 そして、今の俺は家族も家も無くした一人者でしかない。


「ラビィさん……」


 うさん臭さはあるものの、不思議な魅力を持ったラビィさんという獣人に、俺はこれまでにない興味を抱いていた。


 と同時にラビィさんについていきたいと申し出た時、ラディナさんがどう反応するかが気になった。


 彼女は村の子たちと、この街で生活を再建するつもりなのだろうと思う。


 そう思い、チラリとラディナさんの顔を盗み見ると、こちらを見て微笑んでいた。


「あたしはフィナンシェ君についていくよ。だって運命の人だからね」


 そう言って、俺の頭を優しく撫でてくれた。


 そのラディナさんの笑顔に後押しされ、冒険者として外の世界を駆けまわっていた両親に憧れていた俺は、迷いを捨てSランク冒険者のラビィさんから与えられたチャンスを掴むことにした。


「ラディナさん、ありがとう。ラビィさん、俺でよかったら一緒に旅をさせてもらっていいですか!」


 ラディナさんの膝枕から立ち上がった俺は、女の子に膝枕され耳掃除されていたラビィさんの前に手を差し出す。


「よう言った!! ワイがお前たちの能力を最大限に発揮させたるし、色んな世界を全部見せてやるわ! その代わり、ワイにもおもろい冒険をいっぱいさせてくれや!」


 ラビィさんがモフモフの手で握り返してきた。


「はい! 俺の力でよければ使ってください!」


「あたしは口悪……ラビィに付いていくんじゃなくて、フィナンシェ君に付いていくのは忘れないように!」


「おぅ、わぁっとるわい。ワイもフィナンシェがおるから、狂暴女が付いてくるのを我慢しとんのや! まぁ、ええわ。そうと決まれば今日は祝宴やー。みんな飲むでー。ガハハッ! 酒や、酒!」


 ラビィさんが周りの女の子たちに酒を持ってくるように頼むと、それからは新たな旅立ちを祝う酒宴となった。

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