第10話 お金の使い道


 朝の光が俺を覚醒しろと告げていた。


 昨夜はラビィさんに言われるがまま、高級な酒を開け浴びるように飲んだ。


 俺の生きてきた人生の中で、初めて豪遊というものを経験した夜だった。


 そして、久しぶりにフカフカのベッドで身体の方は心地よい眠りを体感していたが、頭の方はガンガンと痛む。


「ううぅ、飲み過ぎた……」


 二日酔いで痛む頭に、ふにょんと柔らかい物が触れた。


「……フィナンシェ君……そんなとこ触っちゃダメよ……まだ、心の準備が……」


 感触を発生させている主は、ラディナさんのようだ。


「ラディナさんさ……ん!?」


 覚醒した俺は自分の状態を見て焦る。


 ラディナさんの手足と思わしき物が、俺の身体に絡みついていたからだ。


 いやいや、マズいでしょ! 酔った勢いでとか! というか、頭の感触ってーーーー!?


 俺よりも身長が高いラディナさんが抱き着いてきているため、ちょうど胸の辺りに頭が収まっていたのだ。


 こ、こんな姿を誰かに見られたら、ラディナさんに申し訳が立たない! 早く抜け出さないと!


 俺がごそごそと動き、絡んでいるラディナさんの手足をどかそうとすると――


「よぅ、起きたようなやな。昨晩はお楽しみだったようやなっ! ええのぅ、若い奴は元気があり余ってて」


 声の方を見ると、ラビィさんがニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。


「ち、違いますって! 誤解です! 誤解ですから! 俺とラディナさんには何もないですからっ! これは、起きたらこんな格好になってただけです」


 ラビィさんの隣にいた村の女の子たちも、俺たちを見てニヤニヤしている。


 中には恥ずかしいのか、手で目を覆っている子もいた。


「ふぁぁああ、おはようフィナンシェ君。昨日はよかったわ……ますます、離れられない存在に……」


 後ろで寝ぼけていたラディナさんも、みんなの声に反応して覚醒していた。


「ちょ! ラディナさん! 何てこと言うんですか!」


「フィナンシェ君へ目覚めの挨拶~」


 ラディナさんの唇が俺の頬に触れる。


「なななな、なにを!?」


「何って、あたしの大事な人に目覚めのご挨拶しただけよ。さぁ、今日も頑張ろう!」


 ラディナさんはそう言うと、ベッドから這い出していた。


 そんな様子を見ていたラクサ村の女性たちから黄色い声が上がる。


 彼女たちも一緒に酒宴を楽しんでいたはずだが、とうに起き出して、色々と身支度を終えていたらしい。


「ちょ、ちょ、ちょっと!? ラディナさん!? なんて姿をしてるんですか!」


 女の子たちの副リーダー格で、ちょっとエッチなことに厳しいことを言うのはティランさん。


 ラディナさんの一つ下で十九歳だと聞いていた。


「きゃあぁ、ラディナってそんなに大胆だったんだぁ」


 目を手で覆っているのは、ラディナさんと同い年で二十歳で幼馴染らしいアステリアさんだった。


 彼女は面倒見のいい性格で、女の子たちのリーダーを務めていた。


「見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうわね」


 割と落ち着いた雰囲気のルーシェさんは一個上の十七歳である。


「……変態」


 口数の少ない子はハナちゃんといい、俺の一つ下で十四歳だ。


「ラ、ラビィさん、わたしもチューしていいです?」


 兎人族のラビィさんに魅了された子は、セーナという子で、俺と同じ年の子であった。


「仕方ないのぅ。ワイは一度寝た女とは二回寝ないからな。チューだけやで」


 ラビィさんと、ラディナさんのせいで、色々と混沌とした状況が俺の前に出現していた。


「ちょ! ちょっと皆さん落ち着きましょう! さぁ、深呼吸して」


「チューだけさせろやっ! ちょ、おま。ワイの耳持つんやないっ! 危ないやろが! やめーや!」


「はいはいー。うるさい、口悪……じゃないわね。ラビィはこっちねー」


「あーん、ラディナさん! わたしもチューしたいですー」


 村の女の子にキスをしようとしていたラビィさんを、ラディナさんが強制排除していた。


 その後、しばらくして、みんなが落ち着きを取り戻すと、村の子たちの住居探しを相談することにした。


「さて、村の子たちの住む家だけど予算はどれくらいにしておくんです?」


「五七〇万ガルドあるやろ。みんな若いし、嫁入りすることもあるだろうから、安めの集合住宅で共同生活が一番ええとワイは思うぞ」


「そうねぇ。一人だと色々と寂しいだろうし、知り合い同士で共同生活の方が安全かもね」


 ラディナさんの言葉に当事者の女の子たちも頷きを返していた。


 五人が共同生活か……。


 そういえば、俺の生家は売りに出たままだったな。


 建物は古いけど個室もある作りだし、井戸もあるし、納屋も付いてたし、ちょっとした庭もあるから野菜くらいは作れるはずだし。


 いっそ俺の実家を買い取ってもらうか。


 確か値段が一〇〇万ガルドだったし。


「あ、あの。一つ思い出した物件があるんですけど。五人が共同生活できる物件」


「ほぅ、いくらや?」


「一〇〇万ガルドだったかと。俺の実家ですけどね。借金のかたとして取り上げられたのが売りに出てます」


「フィナンシェ君の実家!? そ、そう言えばご両親は健在なの?」


 ラディナさんが、急にモジモジしてこっちを見て照れている。


 これって、つまり俺の両親がいたら結婚前提のお付き合いを了承してもらうってやつかな。


 でも、それって普通男の方がするものじゃ……。


 俺は戸惑いつつも、自分の身の上話をまだ彼女にしていないことを思いだしていた。


「あっ! ラディナさんには言い忘れてましたけど、俺の両親は行方不明だし、唯一の肉親だった祖母も他界してます」


 ラディナさんの目にブワッと涙が溜まると、俺を抱き寄せていた。


「そう、辛かったね。大丈夫よ。フィナンシェ君の傍にはあたしがずっといるからね」


「いちゃつくのは後や! 一〇〇万ガルドならお手頃かもしれん。じゃあ物件を見に行ってから決めるとしよかー。さぁ、目的地が決まれば即行動やー!」


 ラビィさんがいちゃつく俺たちの肩を叩くと、物件を見に行く準備を始めていた。


「あ、待ってくださいよ。ラディナさん、早く準備しましょう」


「あ、うん。すぐに準備するわ」


 俺たちもすぐに出かける支度を整えて、ラビィさんたちの後を追うことにした。

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