第8話 いっぱいお金稼ぎますっ!


 街に戻ると日が暮れたことで、日帰りクエストに出ていた冒険者たちが酒場に繰り出していた。


 昼間の閑散とした街の様子から一変し、人が行き交う活気にあふれた様子になっていた。


 街を紹介しながらブラブラと歩き、人通りが多い路地に来ると、ラビィさんが俺の服を引っ張った。


「よっしゃ! この辺でええやろ! フィナンシェ、売りもんを広げたってくれや。ワイがここで全部売り捌いたるでな! 『口舌くぜつ』スキル持ちのワイの力をみとけや」


 『口舌くぜつ』スキルって、また神官たちから聞いたことないスキルの名前が出てきたな。


 ラビィさんもレアスキル持ちってことか……。


 Sランク冒険者になれるくらいだから、凄いスキルなんだろうけど……。


 俺はラビィさんに言われるまま、背負ってきた武具と薬草類を地面に広げる準備を始めていく。


「は、はい。ここに並べればいいんですね?」


「売り切るって啖呵切ったからには、全部売れなかったら、口悪兎を売り出すからね。覚悟しといてよ」


 荷物を広げる手伝いをしていたラディナさんが、ラビィさんに忠告をしていた。


「ワイが売れ残りなんぞ、出すわけないやろが! そっちもワイが売り切ったら今後一切『口悪兎』って言わせへんからな! よう、覚えとけ!」


「まぁ、まぁ二人とも落ち着いて、今は売る方が先決ですよ」


 俺たちが品物を並べ終えると、ラビィさんが近くに転がっていた木箱を持ってきて踏み台にしていた。


 そして、眼帯を外すとそちら側の目が赤い光を帯びた。


「さぁ、さぁ、道を行き交うお兄さん、お姉さんたち、寄ってらっしゃいみてらっしゃい! ここに取り入出したるこの剣、切れ味抜群、強度も抜群な業物やでー! これさえあれば、ゴブリンだってオークだって一刀両断間違いなしや!」


 木箱に乗ったラビィさんは行き交う人たちに向け、売り口上を喋り始めた。


 すぐに彼の愛嬌ある容姿に惹きつけられた人たちが集まり、人だかりとなっていた。


 まさか、『口舌くぜつ』スキルの力ってこれか?


 ラビィさんの声に引かれて、人だかりができてるぞ。


「この業物の剣がなんと格安五〇〇〇ガルドの出血大サービスや! しかも、今なら敏腕鑑定士による品質保証書付き! 数に限りのある品物となっとるで早い物勝ちやでー! さぁ、さぁ買うてやー!」


『ちょ、ちょっとフィナンシェ君……あの口悪兎、二〇〇〇ガルドで売れるって言った鉄の剣を五〇〇〇ガルドで売ってるけど……。それに敏腕鑑定士って誰?』


 ラビィさんの売り口上を聞いていたラディナさんが、俺の脇腹を突いていた。


『いや、本気であの値段で売るつもりじゃないと思うけど……それに鑑定書なんて俺は書いてないよ』


 そんな俺たちのやり取りとは、無関係にラビィさんの言葉を聞いていた客の一人が口を開く。


「おいっ! そんなヘボい剣が五〇〇〇ガルドもするわけないだろうが! 冒険者を舐めてんのか!」


「お、そこの兄さんは目利きやなー。おい、フィナンシェ。例の剣を見せてやー」


「あ、はい。こうですか?」


 ラビィさんに言われたので、腰に差した剣を鞘から引き抜き構えた。


「おぉ、何だアレ……刀身の輝きが半端ねぇぞ」


「さぁ、アレなる剣は、この剣と同じ工房で作られた逸品。その切れ味たるや、ご覧あれってな!」


 ラビィさんが足元の小石を拾うと、俺に向けて投げた。


 その小石が刀身に触れると真っ二つに斬れる。


 途端に周囲の人たちからどよめきの声が上がっていた。


「触れるだけで石を斬るほどの逸品を作る工房が作ったこっちの剣。多少、質は落ちるけど五〇〇〇ガルドは大変お買い得やでー! さぁ、買った、買った!」


 目の前で、俺の持つ剣のとんでもない斬れ味を見た人たちが目の色を変えた。


「オ、オレは三本買うぞ! 三本!」


「こっちは五本だ! 五本!」


「あるだけ全部買い取るぞ! こっちにくれ!」


「押さんとてなー。数に限りがあるから、勘弁やでー。フィナンシェ、狂暴女、お会計は頼むでー。ワイは次の商品紹介に移るからな」


 俺の剣の品質を見たお客さんが、普通品質でしかない武器を手に取ると高値で購入していく。


 会計を任された俺たちは、必死でお客からお金を受け取り、商品を手渡していた。


 なんだかお客を騙しているようで心苦しいが、ラビィさんは嘘を吐いていない。


 この剣も、売り物の剣も、俺たちという工房が再構成したことに間違いないのである。


 いつの間にか添付してあったラビィさんが書いたとされる鑑定書にも、ご丁寧に普通品質とキチンと書き添えてあった。


 ただし、資産価値に関しては一言も書き加えられていない。


 後日、衛兵に駆けこまれても文句の言いようがないほど計算されつくした売り方をしている。


 このラビィさんというSランク冒険者……。


とんでもなく知恵が回る男なんじゃないだろうか……。


 俺は次なる商品の説明を始めようとしているラビィさんに驚きを感じていた。


「さぁ、次は今日の目玉商品! 深山幽谷にしか自生しない薬効抜群の薬草と毒消し草やでー! これがなんとご奉仕格安価格の五〇万ガルドポッキリ! ここで買わなきゃ、二度と出ない逸品や!」


 五、五〇万ガルドって吹っかけ過ぎでしょ。


 最低二〇万ガルドって言ったじゃん!


 倍以上の値段なんか付けたら絶対に売れないでしょ!


 俺はお客の相手をしながら、ラビィさんがお客に吹っかけた値段を聞いて背中から冷や汗が流れていた。


「おいっ! 五〇万ガルドの薬草なんて買うわけねぇだろ! どうせ、偽物だろが!」


「そこのにいちゃん! ワイは大冒険者たるエルンハルト・デルモンテ・ラバンダピノ・エクスポート・バンビーノ・フォン・ラビィやぞ! そのワイが偽物なんぞ扱う訳ないやろが! ええで、よう見とけ!」


 ラビィさんが懐から短剣を取り出すと、自分の手を躊躇なく斬り裂いた。


 切れた傷口からポタポタと血が流れ落ちていく。


「ラビィさん!?」


「フィナンシェ、落ち着くんや! さぁ、ワイの手が切れてポタポタ血が流れとるが、そんな傷でもこの薬草なら――」


 そう言ったラビィさんが薬草を口に入れ、唾液を混ぜて噛み砕くとそれを手の傷口に当てた。


「おぉ、きっくー! って感じにほら、ご覧の通り!」


 伝説品質の薬草は、ラビィさんの傷が跡形もなくなるほど回復をさせていた。


 一個最低二〇万ガルドの品物を使っての盛大な芝居に客が一斉に食いついた。


「ほ、本物かよっ! 五、五〇万ガルド……誰か、薬屋呼んで来い! こいつら、すげえ品質の薬草と毒消し草持っているぞ! 買いだ! 買い!」


「マジかよー! ハッ! 今五〇万で買ってオレが八〇万で薬屋に転売すれば……」


「おぅ、そういう手があるか! よし、買うぞ! すぐに金下ろしてくる! オレは毒消し三つ予約だからなー!」


「うちは取り置き厳禁だからすまんなー。早い者勝ちやでー! さぁ、急いでやー!」


 ラビィさんが見せた芝居で、転売目的のお客が更に殺到していた。


 おかげで、超高額な薬草類の品物が飛ぶように売れていった。


 胡散臭さはあるものの、目の前で見せられたラビィさんの交渉術のすごさは、さすがSランク冒険者ってところか。


 俺はラビィさんの持つ、不思議な魅力に興味を惹かれていた。

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