賽の河原にて

「いやいやいやいや。今九個積んでたやん。何してくれてんねん」


 さとし君(享年九歳)は鬼に崩された石ころを指さして言いました。


「残念やけどな、ここでの基準は数え年や。葬頭河婆さんが説明してくれたやろ」


「は?聞いてへんし。ていうか、あいつのパワーポイント分かりにくいねん。文字一個一個にアニメーション付けるなよ」


 鬼はシッと人差し指を唇に当てると、周囲を恐る恐る見渡し、


「滅多なこと言うもんやないで。あの婆さん、アニメーションのことを指摘されると暴れ出すからな。なんでもパソコン教室でイケメン講師にアニメーションのことを褒められてから……」


 などと小声で言いながらさとし君に向き直りました。すると、なぜだかさとし君はニコニコしています。鬼が怪訝な顔で足下を見てみると、いつの間にか十個の石が積まれていました。


「ほれほれ、十個積めたで。とっととこの辛気くさい河原から解放してもらおか」


 鬼はしばらく黙って考え込んでいましたが、フッと嘲るような表情を浮かべて、何の躊躇もなく金棒で石を薙ぎ払いました。


「おいこら、何しよんねんアホ鬼!確かに積んでたやろが」


「そやかて、ワシはお前が石積んでるところ見てへんし」


「そんなもん、今ここに僕とお前しかおらんやろ。僕以外に誰が積むんじゃ」


「ほな証拠見せてみぃ。」


 さとし君は言葉に詰まって、とうとう涙ぐんでしまいました。


「……こんなもん理不尽や。僕、別に自分で死のう思て死んだんやないで。せやのに親より先に死んださかい親不孝や言われて、意味分からへんわ」


 鬼は困ったような顔になりました。それを見たさとし君は「これはイケる!」と、泣き落としを始めました。


「アホみたいに石積んでは壊されて石積んでは壊されて。鬼さんかてこんなことしたないんやろ?」


「そりゃアホらしいわこんな仕事。来る日も来る日もクソガキの積む石ころを崩すだけ。何のスキルも身に付かへん。でも、ワシかて生活があるからな。こう見えても新婚やし」


「ウソやん、新婚?鬼さん、何歳やねん」


「……二十七や」


「ウソやん……」


 両者完全沈黙。しばらく気まずい空気が流れました。


「なあ、地蔵はん、いつ来るねん」


 先に沈黙を破ったのはさとし君です。


「この前来たのが三世紀くらい前やからなぁ。だいたいあと七百年くらいとちゃうか」


「七百年て。死ぬわ」


「死んどるわ」


 とうとうさとし君は今まで積んでいた石で水切りを初めてしまいました。鬼は懐から湿気たパーラメントを取り出すと、火をつけて深い一服を着きました。


 さとし君も鬼も、そこでダラダラやっておくのが案外心地いいという心の声を否定しながら、今日も同じことを繰り返すのでありました。

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短編芥箱 澤ノブワレ @nobuware

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