ソケット 

――まったくもって不快なことである!

  「何が」と聞くのは大いに野暮というものだ。

  この鼻先も見えぬ真っ暗けっけの部屋を見てそんなことが言えるとは、

  君は普段編集者のかたわら山伏でもやっておるのかね。

  そうだ、ようやく分かったか。


――いやなに、停電というわけではあるまい。

  窓の外を見てみなさい。他の家は煌々としておる。


――なに、ブレーカー?。わしを馬鹿にしておるのかね。

  そりゃあこれまで家事は死んだ女房に任せっきりではあったが、

  ブレーカーぐらいは知っている。

  電子レンジとドライヤーと電気ストーブを一気につけたら落ちるやつだろう。


  もちろん確かめた。だが何も問題ない。


――それに見てみなさい。ほら、テレビは何事もなく電源が入るのだよ。


――なに、じゃあテレビ画面の光で十分だと。

  知ってるだろう、私はテレビが大嫌いなのだ。


  ああ、ほら、もう早く消してくれ。うんざりだ。


――ふむ、ところで君、何かを後ろ手に隠したな。何なのだ。

――いやいや、隠さなくてもいいだろう。

  なにか一瞬光ったような気がしたが。


――そうだな、そんなことより現状をどうにかしなければな。

  君、取り敢えず一通り見てきてくれるかね。


  なに、そんなことより早く原稿を出せと?


  そうつべこべいうな。

  この年寄りではなかなか天井まで手を伸ばすのが辛いのだよ。

  

  ああ、洗面所に入ったすぐのところに脚立が立て掛けてあるから、

  それを使うといい。


――ソケット?。


――家中のソケットが緩んでいたというのかね。

  馬鹿を言っちゃあいけない。そんなことが起こりえるかね。


――誰かの悪戯?それもまた馬鹿な話だ。

  この家には私しかいないし、セキュリティだって厳重そのものだ。

  もう一度そこの天吊り照明を見てみなさい。


――何をしているかって、見れば分かるだろう。

  脚立を揺らして君を落とそうとしているのだよ。


  気付いていないと思ったのかね、その手に隠し持っているものに。


  ハハ、喚いたってもう遅い。さあ落ちろ落ちろ。


――ああ落ちた。


  ピクリともせんな。

  打ち所が悪かったか。


  まあ止めを刺す手間が省けた。

  ざまあみろ。

  おおかたソケットも、元よりこやつが忍び込んで緩めておいたのだろう。

  

  さて、万一目を覚ますといけないから凶器は取り上げておこうか。


 ―なんだこれは。携帯電話じゃないか。

  鏡面仕上げで光っていたのか。

  



  てっきり締め切りを守

  らないわしに業を煮やして


  ナイフでも持ってきたのかと思って


  いたが、


  いやはや、


  悪いことをし…。





(1000文字小説よりお引っ越し)

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