第43話 宴の終わり
本当に大変でしたよ(後日談)。
イベント当日、その終了後、打ち上げの席にて、ドでかい打ち上げ花火が2、3発空に打ちあがった。
これだけでもう大問題なのだが、これを視認している人がいる、ましてやそれは本校生徒会という最悪極まりない状態に置かれていた。
「...えっと、須波君?」
「...すいません、あとであのバカ〆ときます」
「えっと、そうじゃなくてね...?」
流石に目の前の光景が理解できないのか、本郷先輩は困惑しながら俺のほうに確認をしてきた。けれど、見ての通りなためこちらには弁解の余地が無い。
そうじゃなくてね...?じゃないでしょ。それしかないじゃん...。
「さてと...ちょっと所の方までご同行願えるかな? 須波悠君...?」
高はたいそうご立腹のようで、こめかみに血管を浮かせている。下手にぼけたら完全にキレられそうだ。
「...いやあの、打ち上げたの僕じゃないんですが...」
「そんなこと知っとるわ! 今目の前にいるんだからな!」
「ですよね...。ってそうじゃないそうじゃない。んで、何を教えればいいんだ?」
とりあえず、主犯格は陽太で、陽太しか悪者がいないということまでは把握している。というかこれで巻き込まれた戸坂かわいそう...。
「...ふん、何も教えてもらうことなんて無いだろうな。犯人はどうせ向洋だろうしな。...全く、あの変人と来たら...」
「あ、そういえばクラス一緒なんだっけ?」
「一応な。特に仲がいいとかそういうのは無い」
無愛想に高は答える。一応冷静さは取り戻したみたいだったが、俺を睨む瞳は相変わらず蛇のごとく鋭いものだった。
「...それで、高さん? 状況確認とか含めて、今日のところは引いて貰えないかしら...? どうせ反省文案件なのは間違いないだろうけど、関わってない人のほうが多いだろうから」
牽制に軽いジョブを高に飛ばす。しかし、高の対応は思ったよりは冷静だった。
「...本当はここで一喝すべきなんだろうけどな、幸いなことに今、この学校に先生らはいない。...というかなんでここの管理を先生がしてないんだ?」
「ははっ...。あの人はちょっとあれだから」
「うん、ちはやちゃんはちょっとね...ずぼらというかそんな感じだから」
元特監生の本郷先輩もフォローを入れる。ということは、やっぱり長い間ああいう感じなんだろうか?
「だからといって管理者が向洋なのはどうなんだ? いつかこの建物ごと魔改造しかねない人間だぞ?」
「俺に言われても困るんだけど...」
陽太の場合本当にやりかねないので、軽く笑い飛ばせる話ではない。
「...まあいい。今日のところは不問にしておくが、花火は目立つからな。おそらく先生の誰かの目に入っているだろう。そこから追求されたら...後は知らんぞ?」
高は目をそらした。今回のことは見てなかったことにする、といったアピールのように見受けられる。
超頑固者の高からこうやって許されるとは予想してなかった。俺は反射で聞き返していた。
「あれ、許してくれるんだ?」
「不服か? 今から学校側に電話かけてもいいんだぞ?」
「よしてくれ...」
いや、本当に...。俺ってば、助かった命を無駄にするような馬鹿じゃないし。
「じゃ、高君、私たちは失礼しようか。見てなかったことにするんなら、今ここで先生に見つかっちゃまずいよね?」
「そうですね。...じゃあな、須波。後のことは知らんぞ」
「ああ、分かってらい」
結局生徒会はそのまま帰っていってしまった。ひとまず助かったといえるのだろうか?
俺はようやく一息ついて、額の冷や汗を拭う。そのままくるりと踵を返して頭上の虚空に叫んだ。
「陽太ぁあああああああ!!!!」
---
「馬鹿なの!? ねえ!? 大事になったらどうすんの!?」
ダッシュで室内に戻り、陽太に近づいた瞬間、その服の首元を掴んで、ゆっさゆっさと揺らしながら、俺は絶叫していた。
第一、なぜ素人で花火が作れるんだよ、というところから突っ込みたいが、今は事後。この後の処理で頭がいっぱいだった。
「なんだよいいじゃねえか。ロケットの失敗作だよ、失敗作」
「ロケット失敗して花火なんか出来るわけないだろ!! さては狙ってたなてめぇ!」
「や、本当に違うんだって」
陽太の見苦しい言い訳を尻目に、俺は同じ空間にいた戸坂のほうをにらみ付ける。戸坂は少し引き気味に小声で答えた。
「さ、最初から同時進行でした...」
「バッ! それ言っちゃあ俺が死ぬじゃない! 戸坂ちゃん!?」
「...陽太ぁ?」
これで言い逃れは出来ない。
陽太も観念したのか、うなだれて弁明を始めた。
「今日の余興として作っていました。じゃ、いかんのか?」
「いいわけねえだろ...。あと、なに開き直ってんだよ」
「いてっ」
少しふてぶてしい態度を取る陽太に愛という名の鉄拳制裁を加える。
しかし、時すでにおすし。今すべきことはこれをどうやって切り抜けるかだ。
というか大体...。
「女子たちはどうしたんだよ。少なくとも花火の轟音が聞こえりゃ、飛び出してくると思うんだけど...」
「ああ? 女子たちね。...俺さ、さっきお前に毛布取りに行かせたろ? あれがヒント」
「は?」
「まあ、部屋戻ってみろって」
「了解」
「いや、あの、いだだだ! なんで首離さないの!?」
そう言われて陽太の首根っこを掴み、引きずりながらさっきまでいた部屋まで戻った。
「おーい」
ドアノブを開けてみると、そこでは女子3人、無残に倒れていた。
「...は? どういうこと?」
「まあ、見ての通り寝てるみたいですね」
「なんたってこんな雑魚寝のように寝てるんだ...?」
すると後から入ってきた戸坂がテーブルのほうに近づき、なにやら高そうな菓子の箱を手にした。
「これ...酒が入ってるやつですね」
「酒...洋酒か。ウイスキーボンボンか何かか?」
「さあ...。中は空なんでもう分かりませんが、なにやらパッケージに10%って書いてあります」
「...失礼。もう一回」
聞き間違いだろうか。流石に10%は無いと思うんだけど...。
「え、パッケージに10%って書いてあるんですけど...」
...まじか。
「ま、アルコール10%ならよって倒れるってのはある話だな。しゃーない」
陽太はやれやれと首を横に振る。
「ってのを狙ってお前花火上げたのか!?」
ド低脳陽太がそんな策士だとは思わないが、念のため確認する。これが図られたことだったら、陽太をどこか牢にでも放り込んでおいたほうがいいかもしれない。
「んな訳ねえだろ。流石にこうなるとは思っちゃ無い」
「ってことは、これを持ってきたのはお前じゃないと?」
「左様。...ま、榧谷あたりじゃねえの?」
「ああ...。なるほど」
秋乃なら容易にこういう状態を作り出せるからな。全然ありえる話だ。
というか、普通洋酒系のお菓子って注意書きか何か書いてあるよね...?見てなかったのだろうか。
「それに、余興って言ったって、わざに寝させてやるようなモンでもないでしょ。出来れば女子連中にも見て欲しかったりするじゃん。花火だし」
「お、おう...。俺見てないけど」
なにやら正当化と同時に陽太がこだわりについて語りだしたみたいだ。その勢いに圧倒されて、俺は黙る。
「そもそも、花火を作ったのも無駄な話じゃないんだよ。ロケットの推進力とかの計算の賜物と思ってくれりゃいい」
「製作の一環だったと?」
「その通り。なっ、戸坂」
陽太が戸坂のほうを振り向くと、戸坂はコクコクと首を縦に振った。強制されているのだろうか、はたまた本当なのだろうか、その判断は俺には出来なかった。
「...はぁ。まあ、過ぎたことは戻せないしな、これ以上問い詰めるのは止めとく。ただ、俺以外から問い詰められたら、そこから先は俺はもう知らないぞ? 責任者はお前なんだから、反省文書くなり何なりもお前になる」
「うへぇ...。で、ですよね」
「たりめーだバカ。あと、戸坂を巻き込むな。これで戸坂まで怒られたら戸坂がかわいそうだろうが」
「へいへい、分かっておりますよ」
一瞬だけ戸坂のほうをチラッと振り向くと、戸坂は胸に手を当て、ほっと息をついていた。
こうして落ち着いてくると、次やるべきことを考えるようになる。俺は次何をするべきなんだろうか。
まあ、とりあえず...
「陽太、花火の処理は済んでるのか?」
「一応は。...ま、証拠は隠滅しておいたほうがいいかなとは思う」
「...お前という存在が一番の証拠だと思うんだが」
「だよなぁ...。って、つまり...そういうこと?」
「(無言の笑顔)」
「お、俺はこれから実家に帰らなきゃなんねえんだ! そこをどけ! どいてくれ!」
急に身の危険を察知したのか、陽太は俺の拘束を振りほどいて、ドアのほうへと一目散に駆け出していった。
逃がすわけにはいかないので、俺はすかさず戸坂に声をかける。
「戸坂! ドア塞いで!!」
「了解!」
そういって戸坂は陽太がドアの前に辿り着く前に、ドアの前に立ちふさがった。こんなボケに乗ってくれるのは正直助かる。
「ちょ!? なんで戸坂ノリノリなんだよ!」
「いいじゃないですかたまにはこういうの。それに僕も、さっきの菓子一つだけつまんでるので、今、絶賛ほろよいなうです!」
「あきらかにキャラ変が過ぎるじゃねえか! どっからだ! どっからが演技なんだ!!?」
よく見てみると、先ほどに比べると戸坂の頬が少し朱色に染まっていた。今ならポワポワとオーラのようなものが見える気がする。
しかし、こうもハイテンションな戸坂を見るのは初めてなため、流石に俺も動揺しているけど...。なんかこう、可愛いし。
「...ま、殺しはしねえけどな。ただ陽太...逃げんなよ?」
「わ、分かってるっての」
陽太はしぶしぶと中央テーブルのほうへと戻ってきた。もうどこにも行く気はないという意思を示すためか、堂々とあぐらをかいて座る。
それと同時に、ドアのほうにいた戸坂のほうからすーすーと寝息が聞こえ始めた。一体盤上にあるこの菓子はなんなのだろうか。ちょっと食べてみたい感まである。
「...んで、これからどうすんの? 冗談抜きで」
「皆寝たみたいだからそろそろ片付けに入ろうとは思う」
「手伝うけど...急いだほうがいいのか?」
気がつけば時計の針は八時を回っていた。電車組なんかはそろそろ電車を捕まえておいたほうがいい時間だと思うが...。
「ん? ああ。いいよいいよ。俺今日こっち泊まりだから、ゆっくりしても問題はない。...そだ、お前も泊まっていくか?」
「なんたって急にそんなこと...。ここはお前の親戚の家じゃないんだぞ?」
「もう家みたいなもんなんだけどな、俺からすりゃ」
「さいですか」
陽太は泊まる気満々みたいなので、そこは触れないようにする。問題は俺自身がどうするかだけど...。
まあ、俺の場合一人っ子で、親は過保護でもなかったりするので、泊まってもいいかなと思う。たまにはこういう経験もやってみるべきだろう。
「んじゃ、ちょい電話かけてくるわ。流石に無断はまずいだろうし」
「あいよ。その間に他の連中どうするか聞いとくわ」
「寝てるのにか...?」
「まあ、まかせとけって」
朗らかに笑う陽太を跡目に、俺は部屋を抜け出して、母親のアドレスに電話をかけた。
しかしまあ流石は俺の親。電話をかけたら一言「分かった」の一言で終わらせやがった。おい、お袋。お前の息子さん問題児だぞ?扱いそれで大丈夫なのか?
とまあ色々突っ込みたくなるところ満載だったが、承認さえ得られればこの際それでよかったので、俺は部屋に戻る。
「おう、どうだった?」
「『分かった』としか言われてねえよ...。なんなんだうちの親は」
「まあ、お前のところ、結構放任主義だったりするもんな」
「そうか?」
「そうなんじゃねえの?」
適当なこと言っておいてそれはどうなんだろうか...。
それよりも、寝ているほかのメンバーに動きがなさそうなのが、俺は少し気になっていた。
「あ、そういえばみんなどうするんだ?」
「聞いておいたから大丈夫大丈夫。そこは俺に任せとけ」
「うーん...不安しかない。そだ、お前泊まるとき風呂とかどうしてんの?」
一日くらい平気だろ、とスルーする人間もいるが、俺は流石にそれは許せないタイプの人間なのだ。
ちょっとそれは...世間は許しちゃあくれゃせんよ。
「一階の奥のほうに更衣室があったろ。あそこのシャワーを使わせて貰ってる」
「ふーん...。んでも、この旧部室棟ってもうずいぶんと使われてなかったんだろ? なんでそんな簡単に使用できる状態になってんだ?」
「ま、そこは俺がやったって訳よ。改造責任を俺がとる、という条件で許可して貰ってる」
「...すまん、常識にのっとって聞く俺が馬鹿だった」
とはいえ、なんにせよ使えるのであれば問題ないだろう。
「じゃ、借りるぞ」
「りょーかい。...あ、あと、寝るなら二階のどこか部屋適当に使っていいから。掃除終わってるし。適当に毛布持ってって」
「マットは?」
「そんなものない」
「ちぇっ」
そして俺は部屋のドアを開けて廊下に出ると、急にリミッターが外れたかのようにふらふらと更衣室のほうへ歩き出した。
あぁ...疲れた。
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