第42話 天に咲く花


 結果から言えば、イベントは大成功だった。

 といっても、俺たちが担当したのはあくまで全体で開かれている大きなイベントの小さなほんのひとつのブースだったわけだけど。


 けれどそれでも、それがあったからか、人気の寂しいイベントにはならなかった。驕る訳ではないが、それは俺たちのやったことのおかげでもあると言い切れるだろう。


 懸念していた幾多のすれ違いも、結局はあっさりと過ぎていった。はなから心配する必要なんてなかったんだって、終わってから感じることはよくある。

 今回もまさしくそれだ。


 最も、そんなものは成功の後にはどうでもいいもののように思えるけど。



 それに...今回、いろんなものを得たような気がする。

 間違いなく、同じ部屋に集まった俺たち五人の絆は深まったし、すれ違っていた美春との距離もちゃんと近づいた。なにからなにまで成功だったと、声を大にして言えそうだ。


 

 ...しかし、それで「はい終わり」といかないのが問題児集団だ。



 宴は、そう簡単には終わらない。



---



 結局、俺が家に帰ったのは午後5時ほどだった。

 分かってはいたものの、撤収作業から逃げ出すことからは案の定出来なかった。そのまま酷使、酷使、酷使。どうして平井が投げているんですか?


 休日返上で働いているわけで、こういう時間を過ごすとどうしても時間が無駄だと感じてしまう。実際もったいない気がして仕方ないんだけどね。


 そうしてやっと開放されたのが四時半ほど。そこから生徒会の連中と無駄話をして、トロトロと歩いて帰ってこの時間という訳だ。


 ただ、一応向こうで解散になった瞬間、俺はどの特監生とも出会わず帰ってきた。強いて言うならば、そこがちょっと気になる。



 ...まさか、まだ終わってないなんてことないよな?


 そう思ってスマホを取り出した瞬間、細かいバイブレーションと共に、元気よく携帯電話がなり始めた。見慣れたアドレス、バカと登録されているやつからの電話だ。



「もしもし。どした? 仕事はちゃんと終わらしたろ?」

『仕事が終わった後くらい仕事の話はしないで置こうぜ。そんなことが続くから平気で人間は過労死するんだ』

「はいはい分かったよ...。んで、何の用だよ。用事もないのにお前が電話かけてくることなんてないだろ?」

『......』


 急に陽太からの声が途切れる。電波でも悪いのだろうか。


「もしもーし? 向洋陽太さーん?」

『...声が』

「は?」


『お前の声が聞きたかった、って言ったらどうする?(イケボ)』


「ごめん切るわ」

 そういって切るボタンをコンマ三秒で押す。もちろん二秒もしないうちに電話がもう一度かかってきた。仕方がないので取ることにする。


「もしもし」

『もしもしじゃねえだろ! 切るこたねえだろ切るこたぁ!』

「なんでキレられてんの俺...」


 勝手にぼけられて勝手にキレられるとかこれもう分かんねぇな?


「...はぁ。どうでもいいから本題はよ」

『...お前本当におもんねえな』


 画面の向こうから盛大なため息が聞こえる。うるせえ、おもんなくて何が悪い。


「ほっとけ」

『...えっと、あれだ。今から学校来れるか? というか来い』

「強制かよ...。...あれ、今お前学校いんの?」

『じゃなきゃこんな電話かけねえだろ』


 こんな時間に学校の呼び出しかよ。と一瞬心の中でそう思った。

 第一土曜だぞ?ただでさえ学校行く用事がないのになんで行かなきゃならないのさ。


 そこで俺は一つの答えに辿り着く。


「...仕事終わってない?」

『だから終わってるっつったろ』

「言われてないんだよなぁこれが」


 詳しくは過去ログを参照にして欲しい、本当に終わってないから。


『...仕事じゃない。だからさっさと来い。皆いるんだから』

「はいはい。20分くらい待っててくださいな」

『あ、あとコンビニで1.5Lの飲み物何か買ってきてくれ。金は後で出すから』

「了解」


 そうして今度こそちゃんと携帯の通話画面を切る。色々と謎の残る数分だったが、来いといわれたからには仕方がない。行くとしよう。


 俺は重たい足をどうにか動かして夜の学校へと向かった。



---



「...で、この状況はどういうことだ?」

 1.5Lのジュースが入ったレジ袋片手に学校の旧部室棟に行くと、そこでは大きな宴が開かれていた。もちろん、俺含めて六人しかいないけど。


「あぁ、来たか。見ての通りよ。打ち上げですよ打ち上げ」

「...お前、そんなキャラだったっけ?」


 俺にいち早く気づいた陽太があたかもウェーイ系のノリで出迎える。...お前、本当にそんなキャラだったっけ。

 他の面々も部屋のどこかに座っており、各々で飲み物片手に談笑だのなんだのをしていた。この光景を見ると今回の件で大分打ち解けたんだろうなぁと思うけど...。


 やっぱりこうやって人混みでわいわいしている陽太というのが一番イメージが湧かなかった。...まあ、クラスではこういう状況になっているのを時々見るんだけど。

 俺の場合、陽太がそんな状況についてなんて言ってたか知っているので、今この現状を見ると少しは丸くなったのかなと思える。


 きっとそれはいいことだろう。俺は苦笑いを浮かべた。


「ま、細かいことは気にすんな。さ、飲め飲め! 座った座った!」


 ぐいぐいと陽太に押され、俺も部屋の空いたスペースに座った。

 ...ここもにぎやかになったもんだな。


「あ、ゆーくんお疲れ」


 女子トークが一区切りついたところで、美春がこちらに声をかける。

「うい。お前も来てたんだな」

「そう。秋乃ちゃんに呼ばれたの」

「へー」


 何時の間に秋乃と仲良くなったんだろうか。まあ、あれだけ時間があったわけだし別におかしいことではないけど。


「だって先輩、こんなにお世話になったのに呼ばないなんて申し訳ないじゃないですか!」

「分かってる分かってる。多分俺がこれやろうって考えたときも呼ぶだろうし。...それより、テーブルの...」


 テーブルの上には、市販のもの、手作り間があるもの混合して料理が並んでいた。量もそこそこあるようで、なるほどこれなら晩御飯にも困らないと頷く。

 

 俺が気になったのは、その中の手作り間のあるほうだけど...。


「ああ、あれね。一旦家に帰って作ったの。といっても、時間があまりなかったから手抜いちゃってるけどね」

 少し恥ずかしそうに美春は笑うが、別に手を抜いたようには思えないものばかり並んでいた。特に唐揚げなんかはそんな短時間で作れるものじゃないだろうと思うんだけど...。


「どれどれ...」


 一つ手元にあった箸でつかんで口の中に放り込む。

 

 その味への答えはすぐに出てきた。

 食レポには自信が無いので、一言でその感想を述べる。


「うまいな」

「そ、そう?」

「そうだよな。お前結構小さい頃から料理作ってたもんな。そのこと最近すっかり忘れてた」

「...ま、うちは家庭が家庭だからね。お母さんいないときは私が作らなきゃいけないから」


 美春は、なぜか少し悲しげな表情を浮かべる。それにいち早く気づき、上手くごまかそうと口を開いたのは秋乃だった。


「でも、料理できる女性って羨ましいです! 美春さん、今度料理教えてくれますか?」

「え? えっと...」

「はぁ...。秋乃、悪いことは言わない。やめとけ」


 俺は盛大なため息を吐いた。そりゃそうだ。秋乃が料理を出来るビジョンが見えないし、そもそもこの天性のドジ属性、料理を始めたらおそらく一年に一本指が無くなったり、誤って家を全焼させたりしそうだし。


 遠くからこちらをジーッと見つめて、一品料理を片っ端から食べている古市も一緒だ。ましてや、古市の場合は、もう料理のど下手さを俺が知っている。ちょっと前に古市の手料理を食べたことがあるが、完食後20分もたずに俺の意識は飛んだ。こちらは下手したら人一人殺しかねない。


「先輩、私出来る子なんですよ?」

「出来る子にも出来ないものはあるんだぞ。運動できる子が勉強できなかったりするのと一緒だ」

「うぐぅ...」


 完全に論破された秋乃を美春が背中をさすって慰める。そして俺のほうを少し鋭い目で見つめてきた。

「ま、まあ。私は別にいいよ? ...あとゆーくん、女の子いじめちゃだめでしょ」

「うぐぅ...」


 反論の余地無し。これにて閉廷。


 すると古市が箸を持つ手を止めて口を開いた。

「その...、美春ちゃん、私もいい?」

「え? ああ、うん、いいよ? でも、時間あるかな...」


 美春は心配そうに机に置いた手を見つめた。


「というと?」

「ほら、平日はここの生徒はぎりぎりまで残らなきゃいけないんでしょ? それにうち休日結構家が忙しくて...」

「あー」


 そうだ。忘れちゃいけない。俺たちは特監生で、美春は一般生。それに優等生だ。(まあ、優等生っていうんなら古市だってそうなんだけど)


 そこら辺は、少しわきまえないといけないのだろう。


「時間あるときでいいですよ。別に急いでるわけでもないですし」

「うん。...この建物にキッチンがあったりすると、面白いかもしれないけど」


「...いいなそれ」


 遠くのほうから珍しく陽太のほうから声が聞こえた。あいつも料理できたっけ。

「どした? 陽太」

「あっ、独り言。気にすんな」


 少し驚いたように陽太は反応して、そのまま戸坂がいるほうへ逃げていった。本当になんだったんだろうか。


「じゃあ、またやりたいってちゃんと思ったときに教えて。時間作るから」

「はい、お願いします!」

「うん、ありがと」


 その場を上手く美春が上手くまとめる。また女子会が始まりそうな雰囲気になったので男子側へ行こうと立ち上がる。その時、ふと陽太から声がかかった。


「悪い、悠。ちょいと倉庫のほうから毛布持ってきてくれ。ひとくくりにしてあるから」

「倉庫? 内と外どっちの話だ?」

「内内。というかあれだ。二階の部屋のどこかに放り投げてるから、俺の部屋まで持って降りておいてくれ」

「いいけど...。使えるのか? そんなもの」

「今日の朝に運んでおいたから綺麗綺麗。ちゃんと袋に入ってるし」

「...ったく、了解」


 ちょうど外の空気も吸いたいところだったので好都合だ。

 俺は部屋のドアノブを回して、夜のほんのり薄暗い廊下へと飛び出し、要件を済ませることにした。



---



「さてと...これでよかったか」

 結局結構の枚数の毛布を運んだため、20分ほどかかってしまった。ちんたら運んだ俺が悪いのもあるけど。


 適当に放り投げられていた毛布を、改めて陽太の部屋に放り投げると、俺は旧部室棟横の自販機へと向かった。

 特に買いたいものは無かったが、外気に触れたかったわけだ。


 ドアを開けると、初夏の夜の生ぬるい風が肌を掠めた。視界を邪魔するほんの少し長い前髪を掻き分けると、前に顔見知りが立っていた。


「「げっ」」

「あら、やっぱりいたんだね、須波君」


俺の目の前には生徒会のお二方が立っていた。お勤めご苦労な本郷会長と、...高と。


「なんでこんなところまで来てんだよ、高」

「本郷先輩についてきただけだ。一応今日学校を開けたのは生徒会だからな。最後の見回りがあるのに付き添ってたわけだ」

「ふーん?」


 言ってることに嘘はなさそうだし、表情に変化も無い。なーんだ、面白くない。


「それで、今日特監生のみんなも手伝ってくれてたから、打ち上げでもやってるのかなと思ってふらっとここに寄った感じだよ」

「打ち上げ、まずかったですかね?」

「本当ならあまりして欲しくはない行動だけど、今回はちはやちゃんからok出てるからね。問題はないよ」

「そうですか」


 本郷先輩はどこか懐かしむように旧部室棟を見上げていた。元特監生として、なにか思うところがあるんだろうか。


「私がここに来てた頃を考えると、こんなににぎやかになるとは思ってなかったなぁ...」

「先輩の代は、先輩だけだったんでしたっけ?」

「うん、そうだよ。...とはいえ、びっくりしたよ。ここを出る、そんな日にちはやちゃんから「生徒会長になってみないか?」なんて言われるんだから」


 確かに、普通ならありえない話だ。

 形は違えど問題児。そんな人にいきなり生徒会長を勧めるわけだから。

 最も、それをやりかねないのが西原ちはやという女性だが。


「...まあ、でも今は楽しいよ。...ううん、あの頃も楽しかった。ちはやちゃんに感謝しないとね」

「はあ...」


 本郷先輩の瞳は、どこか透き通って、輝いていた。その眩しさは俺にはとても強すぎて、俺は目をそらした。

 そうすると、旧部室棟のほうからなにやら声が聞こえてきた。


「まずいですって! 怒られちゃいますよ!」

「なーに! ただの数発だって! 一緒に作ってきた仲だろ?」

「巻き込まないでくださーい!」


 どたどたと木造の廊下を走る音が聞こえてきたかと思うと、今度は庭側のドアが開く音が聞こえた。声の主は陽太と戸坂っぽいが...なにやらいやな予感しかしない。


「...須波」

「言うな、高。...こういう時のいやな予感って、大体当たるモンなんだ。...時間も無い、諦めろ」

 俺はまっすぐ高のほうを見つめて、首を何度か横に振った。


 ははっ...こりゃ休日返上で反省文書く流れだな。...はぁ。




「たーーーまやーーーーー!!」

 俺が諦めて瞑目した瞬間、後ろでドでかい花火が上がる音が俺の鼓膜を揺らした。



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