第44話 偽らない本音


「...あれ」


 目を覚ますと小さな部屋の中だった。中には特に何も無く、自分にかけられている毛布が一枚、それだけだった。


 眠たい目を少しこすって辺りを見渡してみると、小さな窓が一つ存在している。あとはドアが一枚。見たことある風景だ。


「...あ、そうか」


 ようやく思い出した。

 確かあの後シャワーを浴びた俺は、二階に上がり部屋に入るなり眠ってしまったみたいだ。毛布は誰かがかけてくれたのか、練る前の自分が自分から被ったのかは知らないがこの際どうでもいい。


 自分のポケットの中にあるスマートフォンの電源をつけてみる。時刻は夜の12:00を指し示している。


「ガチ深夜じゃん...。しかも一番最悪な時間で目が覚めてしまったわけか」


 こんな時間に目が覚めてしまってはどうしようもない。


 とりあえずシャワーでも浴びなおすか...。




 まだ寝ぼけた頭のままの俺はまよわず数時間前にシャワーを利用した場所へと向かった。

 寝ぼけていては視界も定まらない。足もおぼつかない。フラフラとしながら階段を下りて、先のドアを開ける。




 そんな状態だと、もちろん正常な判断なんてできない。

 だから、事故だって起きるわけだ。





 そう言った訳で、ついている電気を気にもせず、俺はドアを開いた。


「...あっ?」


「......」




 目の前には、絶賛シャワー使用中の古市がいた。




 振り向いた古市と目が合う。そのままお互い6秒ほど黙ったまま見詰め合っていた。


 もちろん、意図的にではない。思考回路が停止してしまっていたんだ。うん。じゃなきゃ超絶紳士である私がそんな行為する訳ないのだから。




「...!!!!!?」


 急いで俺はガラッ!とドアを閉める。シャワーなんか浴びずとも、今の一瞬でしっかりと目が覚めてしまった。背中には嫌なほど冷たい汗が流れている。


 数秒して、ドア越しに古市が声を出した。

「えっと...、須波君?」


「は、はひ!? なんでせう...?」


「見た、よね?」


「えっと...」


「嘘はつかなくていいよ」


 ドア越しの声がものすごく痛い。痛い。

 声音にとげがあるわけじゃないのに、その優しい声の奥に、とんでもなく黒いものを感じる。俺の本能が逃げろと伝えるが時すでにおすし。全く足が動かなくなってしまっている。


「み、見ま...した...」


「うん、だよね。目、しっかりあっちゃってるもんね」


「ははっ、ですよね...」


「...」


 どうやら言い逃れは駄目なようだ。せめて遺書を書く時間を頂ければいいのだが。

 数秒黙り込んでいた古市は、また口を開いた。


「...被告。須波被告」


「はい、なんでしょうか裁判長...?」


 古市のキャラからは想像できない台詞で、勝手に始まった裁判だが、犯人はそこにいざるを得ない。今逃げてしまったら間違いなく絞首刑だ。


 学校内で、『同級生の裸を除いてしまった挙句逃亡を図った重罪人』なんてレッテルが貼られてしまった日には、もう俺はこの学校に行けなくなる。


 だから、耐えるしかないのだ。


 苦痛っ...! 圧倒的苦痛っ...!





 ...自業自得です。



「とりあえず、被告は外で待機してなさい。裁判はそこで始めます」


「...はい」


 流石にその場待機はないか...。

 なんてそんなこと言った日には目を繰り抜かれるだろう。


「あっ、そうだ。ねぇ須波君」


「...今度は何でしょう?」


 茶番は終わり、古市はいつも通りの口調に戻る。その澄み切った声音は本当にいつもの声だ。

 だから俺はホッとした。ホッとしてしまった。



「叫んでも、いいよね?」


「...あ」




 須波悠、死の宣告だった。


 澄み切ってる声音でそう言われては、否定する言葉が出ない。それに、俺はどこからか得体の知れないプレッシャーをかけられていた。


 俺は全てを諦めた。そのまま瞑目して返答をする。

 せめて去り際くらいは、かっこよく居させてくれ...。


「ああ、お構いなく(比較的紳士ボイス)」


「そうですか。では」


「あっ、待って...」


「キャアアアアアアアアア!!」


 そのまま一切の躊躇いも無く、以前の古市からは想像も出来ないような甲高い声の悲鳴が、旧部室棟内に響いた。慈悲もなし。やむなし。





---





「悪気は無かったんです...はい...」



~過去~


 それから数分後。部屋を移動した後、俺は、古市の悲鳴によって目覚めた陽太がなにやらケタケタ笑いながら古市と話しているのを、古市に命じられた正座の状態でただ聞いていた。完全に死亡EDだが、結局この場に俺と古市と陽太しかいないのは幸いだった。


 その後、古市が戻ってきたかと思うと、なにやら両腕にいっぱいの道具を抱えていた。中には普段お目にかからないようなものまで。


「じゃ、これの上に座って。正座で」


「え、これってトタン...」


「座って」


「でも」


「...」


 無言で制され、俺はギザギザの鉄板の上に正座をした。当然だが痛い。

 しかし、ここからが拷問な訳で。



「んじゃ、膝の上にこれ乗せようか」


 古市がニコニコ顔で俺のほうに詰め寄ってくる。手には、ノートパソコンよりも一回り大きいくらいの石版を持っていた。...石版?


「これ...拷問の奴では?」


「そんな豪華なものはここには無いみたいだからね。代わりになるものをちょっと向洋君に貰ったの」


「いや、だって石版...」


「乗せな!」


「ひぃっ!? ...てか自分で乗せなきゃならないのか...」


 拷問官ニートなのか...。


 それよりも驚いたのは古市の豹変ぶりだ。ひょっとしてこいつ、ドがつくほどSなんじゃないだろうか...。せめてこの状態が確変であって欲しいけど。

 俺は何一つ逆らうことなく(逆らえるはずも無く)古市から石版を受け取る。


 が、


「重っ!?」


 

 一枚が生徒用の机並に重たい石版だった。思い切り殴れば人一人は余裕で殺せるだろうレベル。このままでは冗談抜きで死んでしまう。



 (落ち着け...落ち着くんだ須波。こういうタイプの拷問は確かどんどん枚数が増やされる奴だ。何枚あるか分からない以上、変に耐えると息が絶えてしまう。

 

 相手の気を引くんだ。それしかない!)




~現在~


 そうして上記の台詞にいたったわけだ。ひざの上にはもう三枚くらい石版が置かれている。...まだあるの?

 俺はさっきから絶えに耐え忍んでいるが、限界は確実に近くなってる。なのに...



「もう一度聞くよ。わざと、じゃないよね?」


「だからさっきから何度も言ってるじゃん!?」


「...もう一枚いっとく?」


 この繰り返しで、裁判は一向に進まない。弁護士もなく、検察も無く、被告と裁判長の一対一だ。ドアの向こう側に傍聴人が居る気がするが今はそれどころではない。



「だから! 本当にわざとじゃないんだって!」


「うん、何回も聞いた。中途半端な時間に起きて、寝ぼけてフラフラっとやってきて、そのまま服も脱がずに私が使用している真っ最中のシャワールームを開けたと」


「そうです、裁判長。被告人に意図的な行為はございません」


「ラッキースケベ、だったと?」


「ごちそうさまでした」


「向洋くーん、あと三枚くらい持ってきてー」


『アイヨー!』


 傍聴人をしっかり動員して、再び俺のひざに負荷がかかる。もってけダブルどころではない。待って、トリプルは本当にきつい。


「痛い痛い痛い! すいませんでした!」


「? 私は何もしてないよ? 須波君が勝手に痛んでるだけ。あ、それとその石版落とすたびに追加するからね」


「マジ勘弁してください...」


 とはいえ、さっきのは悪ふざけが過ぎたと思ってる。大猛省。

 なんとかこの状況を打破したいが、果てさてどうしたものか...。


 そういったところで、古市が軽くため息をついた。


「...ま、いいよ。ただの悪ノリだしね。これ以上はいじめない」


「許していただけるんですか」


「んー、どうしようかな。とりあえず話が終わるまではそのままね」


「はは、ですよね...」



 残念でもないし当然である。これは受け入れるしかない罰なのだ。

 古市はんんっ、と咳払いして俺のほうを向きなおした。俺は少し視線をずらすように古市を見返す。


「ね、今日は楽しかったね」


「楽しかった、か。...まあ、楽しかったな。なんだかんだああいう仕事、結構好きだったしな。それに...」


 そこで俺は言葉に詰まる。言葉にしようと思うと恥ずかしいことだから。

 けれど、流石にそこまで意気地なしではないと証明するために俺は顔を少し赤らめながら言葉を続けた。


「それに、さっきも楽しかった」


「...覗きのほう?」


「打ち上げのほう。...流石に自分から地雷を踏みに行くことはもうしない」


 怪訝そうな顔で俺を見つめてくる古市を俺はどうどうと宥める。


「そうね、打ち上げも楽しかった。...みんなといっぱい話せたし」


「古市がはじめにここに来たときは俺と陽太しかいなかったもんな。女子トークがここで行われるなんて想像もしてなかった」


 まあ、勝手に人数が増えていくのにも問題はあると思うんだけどなぁ...。ここはもともと問題児の巣窟な訳だし、増えていくってことはそういうことだから。


「そうね。私も思ってなかった」


 古市はかわいげにクスリと笑う。...本当に、よく笑うようになった。

 だからこそ、思うことがある。


「...変わったな、古市は」


「自分でもそう思う。...私って、こんなにはきはき喋れて、笑えるんだなって。...本当に、懐かしい」



 古市は過去を憂う瞳をちらつかせる。

 それよりも、さっきの言葉...。



『懐かしい』


 


 その一言がどうも引っかかった。

 まあ、そう言ってる辺り、昔は今みたいに笑えていたんだろうと思う。でも、いつかの、ある日の出来ことがきっかけで、感情を表さなくなった。


 

 それはまるで、俺と一緒のように思えた。



 もしそうなら、きっと俺以外もそうだ。きっと昔に起こった出来ことで自分が変わってしまった問題児だらけなんだろう。

 なら、今こうしてここに集まっているのも単なる偶然じゃないかもしれないな。


 なんて。




「どうしたの?」


「いや、別に大したことは無い。...ただ」


「ただ、どうしたの?」


「古市はもう問題児でもないのに、ずっとここにいるんだろうかなって。あの日にどういう意見を持ってこの答えを出したのかは分かってる。それでも、将来生きていくうえで、ここが足かせになったりしないのかって、時々思うんだ」


 古市はもっと高いところへ羽ばたける。俺なんかよりもずっと遠い場所に居る。だからこそ、こういった感情が生まれる。...一種の妬みも含まれてるんだろうか。


 古市は、さっきまでの微笑を表情から消し去った。その表情はだんだんと曇りだす。そして、雨を降らせるようにポツリポツリと話し始めた。



「...足かせも何も無いよ。...ごめんね。さっき自分でも変わったように思える、なんて言っちゃって。きっと、あれは嘘。逆に私は、ここじゃないとだめなの」


「...どういうことだよ」


「確かに私はこれまでに比べたら笑えるようにもなったし、しっかり話せるようになったよ。...ここでだけ」


「あっ...」


「分かるでしょ? ...ここで話せるようになっても、クラスじゃ全然駄目。誰かの機嫌を損ねて、また自分に非難が降りかかる。それが怖いままで、結局これまでと何一つ変わらない。皆勘違いしてるんだよ。...私は、まだ何も変わってないんだよ」


 古市は悔しそうにうつむく。

 つまりそう言う事だった。


 俺の語っている古市はあくまで初めて会った時の古市と、最近ここで出会う古市でしかなかった。それに、出会ってからの月日も浅い。

 そんな状態で、何を見たって、何が分かったって言えるんだ。


「だからね、私がここを出る理由なんて無いんだ。...いつかは変わらなきゃいけないって分かってるのにね。ずっとここにいたいって思うんだよ。...それは甘えなのに」


 古市は躊躇うことなく本心をさらけ出す。

 だからこそ、俺はその言葉の一つ一つをおざなりにはできない。


 返す言葉は湧かないが、古市に言いたいことは山ほど溢れ出てくる。

 

 でも...。くそっ、なんて言えばいいんだよ...?









「いいんじゃねえの? いくらでも甘えて」



 ドア向こうから声が聞こえる。陽太がどうやらそこにいるみたいだった。

 やがてドアが開いて、ずんずんと陽太が入ってくる。そのまま閉まったドアにもたれかかった。


「向洋君...」


「なんだよ、茶化しに来たのか?」


「馬鹿いうな。俺だって言うときは言うんだよ。悠は指くわえて聞いてな」


「調子乗りやがって...」


 その言動を聞く限り陽太はふざけているようにしか思えなかったが、ふと合ったその視線に気圧されて俺は黙り込む。


「まずな、古市。俺はこのメンバーの中で誰よりもここに甘えてるって胸張っていえるぞ?」


「そらそうだ。こんな改造してりゃあな」


「悠、Be quiet please...」


「うい」


「んで、こんなに甘えてるわけだが、悪気の一つもない。変わろうと思ってないわけじゃないが、進行ペースだってのんびりだ。...けどさ?」


 陽太は指を立ててドヤ顔で言い切る。


「変わろうとする、それさえ止めないんだったら、いくらでも時間をかけていいんじゃないかなって俺は思うのさ」


「...うわぁ」


「...」


 俺は少し引き気味な声をあげたが、古市は何も言わずにただ陽太を見つめていた。

 やがて、その重い口を開く。


「いいのかな...?」


「いいんだよ。そんくらい、ここの管理者である俺が保障する。だからさ、古市。...それと悠も」


「なんだよ」


 急に自分の名前を呼ばれて、俺は目を細めながら返事をする。



「ここでしっかり悩んで、ここでしっかり成長して、そんでもって変わりゃいい。それがここがある意味なんだから。特監生だって、ちゃんと成長する権利もあるんだ。それに、別に変わる必要が絶対にあるわけでもないしな。...周りと違ってもいいから、自分を見つければいい。だろ?」


 そう言い切る陽太の姿は、俺にはあまりにもかっこよく見えた。

 ...また、俺だけ置いてけぼりだ。



 ...でも、構わないのかもしれない。



「んじゃ、俺は寝るわ。明日の朝七時くらいに起こしてくれ」

 

 手をヒラヒラと振り、そのまま陽太は風のように去っていった。もちろん、残された俺たちは呆気にとたれたままだ。


 でも、先ほどまでとは違い、古市は笑っていた。それに釣られて俺も笑う。


「向洋君の言うとおりなんだろうね。なんで悩んでるのか馬鹿らしくなってきちゃった」


「ま、説得かましたのが天性の馬鹿じゃあな。...ただ、全くだ」


 お互い数秒笑って、また黙る。けれど心のうちがすっきりしたのか、表情の曇りはすっかり晴れていた。


「私、やっぱりここが好きだなぁ...。ずっといたいって思っちゃう。...だからこそ、ここで頑張ってみる。...ね、先生に言っておいたほうがいいかな?」


「いらないだろ。あの人に説明するのも馬鹿らしい」


「そんなこと言ったらまたど突かれるよ?」


「今日はいないのでセーフ」


「そっか」



 いない...よね?

 咄嗟に後方確認してみたが、やっぱり人影は見えない。大丈夫そうだ。



「...俺も、頑張ってみるかなぁ」



何が、とは言わない。


 ただ、それは変わることだけじゃなかった。

 俺は昔、確かに好奇心、意欲を持って何かに取り組んでいた。そう言い切れる自信がある。そのころやってて、手放したタスクがいくつも転がっている。

 それらをもう一度ここで始めてみるのも、きっと悪くないだろう。


 もう一度、自分を見つけよう。河佐のためだけじゃなく、自分のためにも。



「じゃあ、私たちも、寝ようか」


「脳動かしてたらしっかり疲れたし、よく眠れるだろうよ。...ところでこれ、取っていい?」


 結局、終始話を聞いていた間はずっと拷問を受けていた状態のままだった。...まあ、もうひざの感触がなくなってる分、痛くないけど。


「あ、いいよ」


「では」


 

 ...取り除くと、激痛だった。足を伸ばすこともしんどい。というか血が巡ってない...。



「うぎゃああああああああ!!???」


「...あははっ」


 古市が声をあげて笑う。やっぱりドSだろ...。


「...それじゃ、私も向洋君と同じ時間に起こしてね」


「俺は...アラーム...係かよ...!」


「今日の分のバツです」



 古市は頬を膨らませて怒ったようなふりをして、もう一度かすかに微笑んで俺に背を向けた。


「それじゃ、おやすみ」


「...あい、おやすみ」


 もう一度ドアの開け閉めの音が鳴ると、そこに俺以外の誰も居なくなった。



「んじゃ、俺も寝......寝たい...寝かせてっ...!」


 



立って歩くことが出来ないため、地をはいずりながら最初の部屋を目指す俺だった。





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