8 救いを求める手

 全身から一気に力が抜け、地面にお尻をつく。

 嘘だと思いたいのに、何度見ても目の前の影は六人分いる。


「いや……」


 どっと涙があふれる。影が襲ってくるかもとか、そんなことなんてもうどうでもいい。胸がきりきりと痛む。

 なにも出来なかった自分が情けない。悔しくて、惨めで、許せない。

 わたしのせいで、みんなが犠牲になるなんて。そんなことなら、フィオに影を倒してもらえば良かったんだ。そしたら、わたしだけが死んで、それで済んだのに。

 みんなは無事だったはずなのに。

 でも、そんなこと思っても今更遅い。もう誰もいない。


 突き上げる嗚咽が止められない。

 どうしてわたしだけが、わたしだけが残ってるの。

 辛いよ、悲しいよ。みんなが、みんながわたしを助ける為にしてくれたこと、全部ぜんぶ無駄になってしまったなんて。

 わたしのせいで!!


 影たちが揺らめきながら歩いてくる。

 六つの影が、わたしを取り囲む。

 わたしも影になるんだ。みんなみたいにここで襲われて。

 もう頑張ったってみんなは帰って来ない。だったら、わたしも一緒に影になろう。




「あなたの手……を、取り歩いた

 日々が遠く近く聴こ……ている……


 明日が、くるこ……が怖くて

 歩けな……時には、思い出し……」




 嗚咽しながら、細い息を吐いてメロディを乗せる。

 まともに歌えないし音程もおかしい。それでも、最期に歌いたかった。フィオの仲間のシリアー族の二人が、そしてユウタが、最後まで歌っていたように。

 わたしも、歌いながらその時を迎えたい。

 細い光が身体を包む。


 ゆらゆらと揺れる光はオレンジ色。

 その色が涙に反射して、キラキラと輝く。


 ああ、あのエルフの少女の瞳と同じ色だ。

 フィオは一人だったけれど、彼女はどうしたんだろう。フィオのことを伝えたくても、もうそれもできない。

 みんなには故郷に家族もいるのに。でも、どんな顔してそれを伝えに行けばいいっていうの?

 できないよ、そんなこと。

 わたしは本当に、なんにもできないな。今までだって、みんながいたからなんとかなってたんだ。




「……日々は

 きっと、あなた……守る盾と……る

 愛が……の胸に、ある限り」




 光の向こう側から影が手招く。

 12本の腕がわたしへ向けて伸ばされる。

 これがわたしの最期。


 伸びた影の腕を光が弾く。

 その瞬間に、強烈な悲しみが流れ込んでくる。

 孤独で、苦しくて、辛くて、痛くて、でもどうにもできなくて。どうしてこうなってしまったのかも理解できないで、それでも絶え間ない痛みに襲われる。

 誰かに助けて欲しくて手を伸ばしても、誰も助けてくれない。手を伸ばした数だけ、悲しみが増して行くだけ。

 それは、死ぬよりも辛い……。


(え……?)


 そうだ、影になるのは死ぬよりも辛い苦しみを永遠に受け続けるということだ。

 影に引っ張られた時の恐怖は、本当に気が狂いそうなものだった。

 みんな、その苦しみを今受けているんだ。

 ジュン、シーナ、ユウタ、シンディー、フィオの顔が次々と浮かぶ。

 みんなが永遠に苦しむとわかっていて、わたしはなにもしないの?

 影はその苦しみから助けて欲しくて、手を伸ばして来るのに。

 ここでわたしが影になるのは、その手を振り払うことと同じことなんじゃ……。




「……落ちてく世界の中


 透明な翼をたずさえて

 飛び立とうともがく雛鳥のように

 危うい優しさが時には

 傷を付けることもあるけれど」




 影の苦しみは歌で和らぐ。影を浄化してあげることができる。それを、わたしは知っているじゃないの!!

 わたしのせいでみんなが影になったことは事実だ。変えられない。だからといって、苦しんでいる仲間を、人を、捨てるつもりだったの!?


 今、みんなの苦しみを終わらせることができるのは、わたしだけなんだ。

 わたしがやらなくちゃいけないんだ。

 みんなが永遠に苦しむのなんて嫌だ。そんなこと望んでない。

 ごめんみんな、わたしのせいで。本当にごめん。

 謝ったってどうにもならない。だけどわたしは今できる精一杯のことをするべきなんだ。

 みんながわたしにしてくれたように。




「わたしを守る盾となる

 愛がこの胸にある限り


 二人で過ごした他愛なき日々は

 きっと心を癒す糧となる」




 肺からありったけの息を声にして外へ出す。

 少し勢いを増た光の向こう側に、六つの影が12本の腕を伸ばしている。

 その腕は、苦しみを終わらせて欲しいと、助けを求める腕だ。


 シリアー族は自分の意思で発動する魔法を変えられる。シーナはそう分析してくれていた。

 その通りに、フィオが影へ放った炎を消すための魔法を発動できた。影を浄化してあげることだってできだんだ。

 きっと今回もできるはず。わたしはもう影に引っ張られている。影を浄化しても問題がない。

 だってもう、誰もいないんだから。


 まぶたが熱く疼いて、涙がほおを伝う。それでも歌はやめない。

 どうかこの歌が届きますように。この歌で苦しみを終わらせてあげられますように。


 魔法の光が広がっていく。

 それはわたしの意思の通りに、今度は影を弾かない。

 光が影を覆いながら揺らめく。

 影の声なき声が、頭の中に響く。それは、まるで泣いているかのような響き。

 ううん、泣いているんだ。


 伝わって来る苦しみ、悲しみは大きい。それでも、さっきよりも明らかに減っているのがわかる。

 わたしの身体の痛みも、それに伴って軽くなっている気がする。

 光に包まれた影たちは、なぜか戸惑ったように動きを止めている。

 みんな、待ってて。




「いつか永遠の別れが訪れても


 愛がその胸にある限り

 愛がこの胸にある限り

 その愛を胸に命の限り」




 願いを込めて声を響かせる。魔法の光がまぶしく輝いた。

 歌が聴こえる。優しくて強くて、芯のブレない声。わたしに一番馴染んだ声。

 間違えるはずがない、ユウタだ! 歌ってる、ユウタが歌っている!!

 光のまぶしさに目を閉じる。途端に、誰かの腕がわたしの身体を支えている感触がした。

 ううん、見なくてもわたしにはわかる。これはユウタの腕だ。


 光がおさまって瞳を開くと、そこはもとの奇抜な色彩の時空の狭間だった。

 わたしの隣では、ユウタがわたしを支えて歌っている。その横にシンディー。ユウタの光がわたしとシンディーを包み込んでくれている。

 前方には、わたしを引っ張った影。影はユウタの光に弾かれながらも、すぐそこでわたしに向かって手を伸ばし続けている。


 少しだけ後ろを振り返ると、シーナとジュン、そしてフィオの姿が見えた。

 フィオは、まだ茫然自失としているみたいだ。だけどその周りには風が絶え間なく吹いて守っているからきっと大丈夫。


 影は手を伸ばし、光にぶつかり形を崩しながらも、また人型に戻っては手を伸ばす。そんなことを繰り返す姿に、胸の奥から全身へと痛みが走った。

 痛い、痛いよ……あなた、どうしてこんなことになったの?


「リリア! 戻ってきたんだね!」


 シンディーの声が弾けた。

 みんな無事だったんだ……良かった。わたし、幻を見せられてたんだ。


 影へと視線を向ける。

 この人は、わたしにあんな幻を見せて、絶望させようとしたんだろうか。それとも、ただ助けて欲しいと訴えていただけだったのかな。

 わからない、でもなんとなくだけれど、わたしには後者に思えてしまう。

 こんなことを言うと、同情するなってフィオに言われるんだろうけど。


 フィオ、どんなにか辛かっただろう。あんなことがあったんだもの、影が誰かを引っ張って犠牲が広がらないように倒す、そのフィオの行動はとても理解できる。

 自分と同じ辛い思いを誰にもさせたくない、フィオはきっとただそれだけで危険を犯してまで影を狩ろうとしてたんだ。

 誰に感謝されるわけでも、認められるわけでもないのに。


 それでも、わたしはわたしのやり方で向き合いたい。

 あの人の苦しみを、悲しみを、痛みを取り除いてから送り出したいんだ。きっとこれって、わたしの自己満足なんだと思うけど。


 ユウタにつかまりながら、なんとか一人で立つ。

 呼吸するだけで痛みが走る。でもここで負けちゃだめ。

 一歩、影へ向けて踏み出す。

 息を吸い込んだ。


 わたし、歌うから。

 あなたのために。




 挿入歌「他愛なき日々」https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892625568

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