4 助かる道を

 わたしの思いに呼応するかのように、収束して光が一気に広がる。

 その光に突進してきた魔物は、ぎゃん! という声とともに後方に弾かれた。

 発動した!


 慌てて魔物から目を逸らさずに距離を取る。

 地面に転がった魔物には、傷一つ見えない。攻撃魔法は発動できなかった!?

 やっぱりひとりでやるのは、2人でやるのとは違うのかもしれない。

 あの時も、もしかしたらユウタの力が大きかったのかも。

 いや、そんなこと今はどうでもいい。

 もう一度!


 魔物の四つ足が地面を掻く。

 同時に、再度光が収束し始めた。


 とにかくアイツをやっつけて!

 お願い!




「キレイな想い君に届け、それから


 苦しい時には歌っていて

 宇宙そらをつつむように愛してね

 いつか黄色い……」




 のそりと起き上がる魔物。

 その一つ目がらんらんと輝いて、不自然に大きな嘴が大きく開かれた。

 目線が交わる―――。


 それは同時だった。

 魔物が一気に飛びかかって来たその胴を、光が直撃した。目前まで迫った嘴が後方に飛ばされ、その瞬間に魔物の身体が炎に包まれる。

 発動した!


 炎に巻かれて魔物は暴れたけれど、すぐにぐったりと地面に倒れた。

 そのまま炎の中で焼かれて行く。

 魔物といえど、気持ちのいいものじゃない。目をそらしたくなる。でも、最後まで見てないと。油断しちゃ駄目だ。

 魔物が生物かどうか、わたしにはわからない。でもさっきまで動いていたものが、わたしの手で動かなくなる。そうやって、わたしは生きているんだ。

 それは相手もそうで。下手に同情したら、動かなくなるのはわたしの方で。


 自分が生きるために、家畜の命を奪う。そうして今までだって生きてきた。それがこれからも変わることはないんだ。


「はぁ……」


 相当高温だったのか、魔物だからなのか。すぐに燃え尽きた魔物は、黒いなにかに姿を変え火が消える。

 もう原型を留めていないから、大丈夫、やっつけたんだ……。


 やっぱり魔物が出る。今まで会わずに済んだのは運が良かっただけなんだ。

 この先、運良く出会わない……なんてことにはならないよね……怖いな。

 今頃みんなどうしてるだろう。会いたいな。また会えるのかな?


 ああ、だめだめ、どうしても一人だとマイナス思考になっちゃう。

 悪いことなんて考え出すとキリがない。もうお腹だって空いてるし、そのうち眠くもなるよね。それだけでも先は短いことはわかってる。

 でも、もしかしたら、その短い時間でなんとかなるかもしれない。そう思わないと、進めない。


 わたしが諦めたら、きっとみんな悲しむ。

 ユウタは責任感じて、悲しくて辛くて、もう里に帰らないかもしれない。

 シンディーは泣いて悲しんで、冒険者を続けるか悩むかも。

 ジュンだって、悪くないのにあの時もっと反撃できてたらとか、自分を責めるんだろうな。

 シーナは黙って、みんなを励まして、一人で泣くんだ。


 みんながそんな反応をするだろうなって思えるくらいに、みんなといい関係が築けてる。そう信じられるってだけで、がんばらなくちゃって思える。

 みんなに辛い思いをさせて、ずっとこのことを引きずられるなんて嫌だもの。みんなの心のしこりになりたくない。だから。


 マッピングを開始しようと、ポーチから紙と鉛筆を取り出そうとして戦慄した。

 全身に鳥肌が立って、気分が悪くなる。

 また、魔物なの!?


 気配は前方、先ほどの魔物が現れた方から。

 大型ではないと思う。でも、なんだかこれは……。


「多い!?」


 その感じをどう言えばいいのか。

 身体の中を、何かがかき回す感じとでもいうか。それが、何個も何個もあって、鳥肌が止まらない。

 数はわからない、でもさっきとは違う。直感を信じるなら、複数いる!


(リリア逃げるんだ!)


 耳元でジュンの声が響いた気がした。

 考えている暇はない。光の届く範囲に魔物が姿を表す前に、踵を返す。

 そのまま背を向けて走った。

 逃げなきゃ、複数の魔物と戦うなんてできないよ!


 さっきだって、ちゃんと意図した通りに魔法が使えなかった。ギリギリだった。それが複数になるなんて、絶対に無理だ。

 ジュンはきっと逃げろって言う。逃げることをカッコ悪いなんて言わない。

 絶対に助かる道を選ぶ、だからわたしも!


 後ろはふり返らない。魔物の気配はわかる。だからふり返らずに走らなきゃ。

 気持ち悪さが少し遠のく。追いかけてはきていないみたいだ。

 このまま、遠くまで逃げなきゃ。


 足がもつれる。全力疾走ができるほど、体力がない。

 それでも、できる限り走る。

 苦しい、息が上がる……!


 そのままどれくらい走っただろう。

 とにかく魔物が追いかけてくるリスクを減らしたくて、いろんな分岐点を曲がりながらひたすら走って。

 魔物の気配が完全に消えてからも、安心できなくて走った。多少の持久力は山岳地帯で育ったおかげだよね。本当にシリアー族の里で育って良かったと思う。

 それでも、もう息は上がるし脇腹も痛くなるしで、やっと足を止めて。

 荒い息が全然落ち着かない。

 ついにわたしは、その場にへたり込んでしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 とにかく、今のところは逃げ切れた気はする。

 だけどいつ魔物が出てもおかしくないし、なんの前触れも無く害獣モンスターとはち合わせる危険だってある。

 片手剣ショートソードはないし、魔法は発動が遅いうえに不安定。

 ああぁ、どうしよう……。

 というか、今この瞬間に襲われたら、わたし太刀打ちできないよ。息が上がりすぎて歌えないかも。

 お願いだから、しばらく何も出てきませんように。


 とにかく今出来ることは息を整えること。

 そうだ、マッピングの準備もしておこう。

 そう思ってポーチの中を……。


「え……?」


 鉛筆が、ない!?

 魔物と遭遇したあの時、慌ててポーチにねじ込んだと思ってた。だけど、もしかしなくても、あの時に落とした!?

 マッピング用の紙はちゃんとあるのに。


 思わず、のどを熱いものが駆け上がった。

 ぐっと奥歯を噛み締める。目頭に微かに涙が滲んだ。


 わたし、ほんと駄目だなぁ。みんながいないと、ひとりじゃなにも出来ないなんて。

 ユウタが、リリアを一人でほっとくと、何しでかすかわからないって言うのわかるよ。

 子供扱いするって腹が立ってたけど、これじゃ言い返せないな。


 これで、もうどこをどう通ったか知る術はなくなったようなもの。

 紙が残ったんだから、時々ちぎって目印に置いていこうか。

 そんな方法が役に立つとは思えないけど……。


 やっと静まってきた息を整え、立ち上がる。

 足が重たい……でも行かなくちゃ。


 行こう。歩こう、最後まで。






 挿入歌「SUN FLOWER」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578532

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る