第二章 高校生活

第16話 入学式

入学式当日。

雪乃と穂海は新しい制服に袖を通す。

初々しさ溢れる制服姿が映る鏡を見て、少し照れくさそうにしていた。


「二人とも似合ってるよ。」

「ありがとう、お母さん。」

「ありがとうございます。それにしてもゆき姉、セーラー服似合うね。」

「そう?ありがとう。穂海ちゃんもブレザー似合ってるよ。」

「何はともあれ、ゆき姉とお揃いになれそうで良かったよ。」

「そんなにお揃いが良かったの?」

「ゆき姉は、お揃い嫌?」

「そういう訳じゃないけど、穂海ちゃんがお揃いにすごーく拘るから。何かあるのかな?って。」

「んーー、ゆき姉とお揃いにすると」

「すると……?」

「私が嬉しい!じゃなくて、好きな人とお揃いにしたいじゃん。」

「っ好き……!?わたしのこと?」

「か、家族としてだよ!」

「家族でもお揃いにしたいものなんだ、てっきりそういうことかと思ってびっくりしちゃった。」

「家族でも、ゆき姉は特別好きだからお揃いにしたいんです!そういうこと、この話は終わり!」

「本当に二人とも仲がいいのね。ほら、お父さんたちが車出して待ってるから早く行っといで。」


後ろで微笑ましく話を聞いていたお母さんがさっさと部屋から追い出す。

久々に帰ってきたお父さんと、愛実叔母さんが車で待っている。

賢志叔父さんと悠誠は豚達の世話、お母さんは休めない仕事が入ってしまったので入学式には来ることが出来ない。


「お母さん、伯父さんお待たせ。」

「お待たせしました。」

「二人とも忘れ物はないかい?それじゃあ、出発するよ。」


家から御山高等学校まで、車で約一時間半ほど。

高校に着くと、車は校庭へ誘導された。

入学式と卒業式の日は特別に、車は校庭に停めることが出来る。これは遠くから通う学生が比較的多く、車でしか来ることが出来ない親御さんが多いためである。


「愛実、二人を連れて先に行っといてくれ。俺は車を停めてくる。」

「そういうことだから先行ってよっか。」


入学式は体育館で行われる。体育館は全体的に冷えるので、決して多くない数の、学校のストーブを稼働させている。

校長先生の挨拶、在校生、PTAや市長からの祝辞と続き四十分ほどで終わった。

これ以上長かったら雪乃は体調を壊していたであろう。

入学式の後は校舎内に移動し、自分の受験番号の書かれた教室に移動する。そこでホームルームを行い、終わり次第解散。

しかし、雪乃は編入なので教室ではなく職員室へ来ていた。

顔を出して挨拶するだけかと思っていたら、新しいクラス分けが既に在校生には発表されていたらしくその表を貰った。

一学年当たり二クラスしかなく、自分の名前を見つけるのに苦労はしなかった。


二年A組、それが雪乃のクラスであった。

出席番号は二十五番、一クラス三十人程度なので下から数えた方が早い。

穂海を待っている間、表に並ぶクラスメイトの名前を見てどんな人なのかを想像していた。かっこいい名前や可愛い名前、読み仮名がなければ読めないような難読ネーム。

雪乃が妄想の世界に入るのは仕方がないことだった。

ふと我に返ったのは、ちょうど穂海達のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った時。


十二時四十分、ホームルームが終わり各々帰路に着く新入生達。

雪乃は穂海と合流し、二人が待つ運動場へと向かった。


「お待たせ〜」

「二人とも、お昼ご飯はどうする?この辺で食べれる店探すかい?」


車を運転する宗嗣は、ナビを操作しながら周辺の飲食店を検索している。


「はいはいはーい!私、お蕎麦が食べたいです!御山本町駅近くの商店街に手打ちに拘ってるめっちゃ美味しいところあるらしいんです!」

「蕎麦か……、雪乃はどうだい?何か食べたいものはある?」

「うーん、わたしもお蕎麦でいいかな。手打ち蕎麦なんて食べたことないし。」

「じゃあ、そこにするか。」


そば処と書かれたのれんをくぐると、笑顔が素敵な女性が出迎えてくれた。厨房の奥からは気難しそうな顔をした男の人がぶっきらぼうに「いらっしゃい」と顔を出しそのまま奥へ戻っていった。

店内には地元のおじいちゃんや、雪乃達と同じく入学式に出ていたであろう御山高校の制服を来た学生親子がチラホラと居るくらいで、六、七割方は席が空いている。

雪乃達は案内されるまま奥の座敷へ通された。

内装にはこだわりがあるのだろうか、ワビサビがある空間となっていた。


「わたし、ここ好きかも。なんだか落ち着く感じがする。」

「雪乃ちゃん、こういうのが好きだったの(笑)?」

「どうでしょう……、こういうの初めてだからよく分からないんですけど、多分そうだと思います。」

「ゆき姉は、大和なでしこみたいだね。着物とか着たら似合いそう。」

「着物ねぇ、うちには着物はないし着る機会もないと思うけど……。夏のお祭りならあるから浴衣くらいなら。」

「それだ!宗嗣伯父さん、ゆき姉に浴衣買ってあげて!お願い!一緒に浴衣着て夏祭り行きたいの。」

「穂海ちゃん!」

「いいんだ雪乃。そうだな、母さんに頼んどくから体調が大丈夫そうなら買ってもらうといい。無理は、ダメだからね?」

「お父さん……」

「伯父さん、ありがとう!」


「失礼します。ご注文の方はお決まりでしょうか?」

「あぁ、そうだった。そうだな、俺はこの天ざる大でお願いします。みんなはどうする?」

「そうねぇ、私は鴨南蛮を頂こうかしら。」

「はいはい!私はざる蕎麦の大で!ゆき姉はどうする?」

「うーーん、わたしは……かけ蕎麦にしようかな。」

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?では失礼致します。」


しばらく後、ざる、かけ、鴨南蛮、天ざるの順に運ばれてきた。


「よし、みんな来たな。じゃあ、いただきます。」

「「「頂きます。」」」

「んん〜、美味しい!これが蕎麦だよ!やっぱり蕎麦は本物に限るね〜。」

「ふふ、この子ったら中学校の修学旅行で食べたお蕎麦の味が忘れられなくて、すっかり蕎麦好きになっちゃったのよね。」

「お、確かに。ここの蕎麦は美味いな。天ぷらも衣はサクサクだし、つゆもダシが効いてて最高だな。」

「雪乃ちゃん、どうしたの?固まっちゃって」


かけ出汁を一口啜った雪乃は、出汁の旨味と蕎麦の香りに衝撃を憶えた。

かけ出汁が濃いわけでもなく、いい塩梅で蕎麦と調和している。

スーパーで袋に入ってる蕎麦しか食べたことの無い雪乃には、衝撃的な出来事だった。


「美味しいです。こんなにも美味しいお蕎麦、今まで食べたこと無かったです。」

「ゆき姉も蕎麦の良さに気づいたんだね。」


その後、一同は特に話すことなく黙々と蕎麦をたぐった。


「ふぅ、食った食った。愛実、今日は泊まってもいいか?」

「あら、てっきり泊まるかと思ってたわ。香澄さんが準備してたから。今日は久々に家族三人で過ごすんでしょ?」

「まぁ、滅多に来れないからな。長期休暇に入れば戻ってくることも出来るんだがな。」

「一応、香澄さんには私の方から連絡入れとくからさっさと帰りましょ。」


桜はまだ咲いていないが、この夜は一家の笑顔が咲き誇った。

なんでもないはずの一日が、その家族にとってはとても特別なものになった。

数少なかった、幸せの花。

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