第六節 ピーラリオ

 それがアンテ城における最高塔であり、本来の玉座の場所にして王太子ピーラリオの居室・執務室である事は理解していた。しかしレンと共同で行った降下魔法においても容易い目標がそれだった。

 グレイインから投げ出された僕とレンは、かろうじて墜落から免れてヘリオトス王国アンテ城アン・アンテムの塔の最上階に落下した。


 「痛い、骨が折れないと分かっていても痛い」


 僕とレンは塔の屋根と屋根裏部屋の床を抜けて、塔最上階居住区のベッドにまで貫通した。


 「綺亜、本当に痛いから。数ヶ月も痛みが残るほど」


 僕に不可侵の体を授けた魔族の王は、僕の上で太く息を吐いた。


 「く、体が動かない」


 「ケホッ、その声……キア、キア・ピアシントなのか」


 瓦礫の向こう、巻き上がった埃に咳き込んだ美声はピーラリオの声だった。

 彼はこの居室の中にいたのだろう。危うく僕達の落下に巻き込む所だった。


 「殿下、こんな姿勢で失礼をします。いかにも綺亜です。そして、こちらは魔王陛下に成ります」


 ベッドの上に横たわり、さらに上に魔王を乗せながらピーラリオに自己紹介した。


 「これは、魔王陛下失礼しました。ハプタ王が王太子ピーラリオです」


 「塔を壊してしまった事を詫びよう、王太子殿。アンテ城襲撃は本意では無い」


 戦争中ではあったが、互いに最低限の礼で敬意を示し合った。


 ようやく僕の上から退いたレンは、変形剣シーランの柄袋つかぶくろを外した。魔王の本来の佩剣は黄水晶の剣だが、今はグレイインのくらに取り付けたままだ。長大な水晶剣は重さが無いにしても扱いにくい。


 「こちらこそ、今は戦争の事は問いますまい」


 「そうして貰えると助かる、王太子殿」


 「陛下、キアを返して欲しいのです。もう戦いは終わりました。勇者としての選択はともかくキアは人間です。人間界で暮らすべきです。彼女の身は必ず保護します」


 「綺亜を欲してどうする。今は私のもの」


 レンは、ピーラリオに対して威嚇する。


 「そうなのか? キア」


 「僕の全てはレンのものです。殿下」


 この混乱した状況で、レンの血から再生された同性の伴侶である事を説明するのは邪魔くさい事だった。


 「キア。リシャーリスに止められたが、本当は魔界侵攻の少し前に求婚するつもりだった。それでも、世界の滅びを選んだのか」


 「殿下いまさらそんな事を言われても困ります。これが僕の選択です」


 僕は二つに折れたダブルベッドから起き上がり、剣の柄袋つかぶくろを解く。ピーラリオとの婚姻を断る理由はおそらく無かった。レンに欲情しなければ、このベッドが僕とピーラリオの婚姻の場と成ったのであろう。


 「分かった。済まなかった」


 ピーラリオは階上に上がってきた自らの護衛を手で制すると、階段の方に僕達を案内する。


 「私は躊躇で全てを失ってしまうな」


 「僕は初めから真実を知っていました。それでも躊躇無く決めた訳ではありません」


 「私はキアに何もしてやれなかったのか?」


 「そうでは無いのです。殿下」


 話が噛み合わないのが悲しかった。


 ピーラリオは自ら塔の螺旋階段を先導する。

 彼は優しい男性だ。人間界を救った勇者として、ピーラリオの王妃として、王家の母として生きる人生も存在した、セラシャリスは僕から自身の記憶を消したであろう。僕が選択した人生と優越は付けたく無い。

 ただ僕は〈むき出しの欲望〉を優先しただけの事。


 「魔王陛下戦いたくは無いのですが、もう一度侵攻する事に成るでしょう」


 「亜人が全滅した。可能ならば遺骨は全部返還しよう」


 「有り難いです。中身の無い墓はもう作りたくありません。さて、父王が異変に気が付いて、稚児を武装させた様です。ここから先は見逃す事が出来ません」


 「人類の敵魔王、裏切り者キア・ピアシント覚悟し……」


 アン・アナテムの塔正面扉の閂を外すと、数名が突入してきた。待ち構えてレンと二人で突き殺したが、そのうち一人はハプタ王の稚児だった。およそ歳の頃十歳ばかりか。


 敵の稚児を殺して批判される事は無い(さすがに親は怒るが)稚児は全員騎士階級出身者なので、武芸は身に付いていて当然と考えられている。


 ただし、王太子ピーラリオやトノア(王位継承順位二位)のリシャーリスが稚児を使う場合と違い、老いた現王の稚児は栄達に結びつかず性愛的意味が強くなる。そういう意味では同情はされる。

 僕とレンは、アン・アナテムの塔を飛び出してアンテ城要塞部の鬱蒼とした林の中に逃げ込んだ。


 「あれがハプタ王の愛人達? 妃は我慢して抱いていた?」


 「亡くなった王妃は帝国の公爵家だからね。見て、あれはグレイイン」


 東の空をグレイインが大回りに飛んでいる。口には羊を咥えているようだ。


 「何のつもり?」


 「放牧地の緩斜面を滑走すれば、離陸出来ると言っているのかな?」


 「却下。たどり着けない」


 僕達の目の前で道が坂に差し掛かり、左右に曲がり始めた。


 「レン、飛べる高さ」

 

 飛ぶと言うよりは転がり落ちて、アン・アナアムの塔前の細い石畳に出た。

 アン・アナアムの塔を白いバラが飾っている。


 「待って、セラシャリスが手を振っている」


 レンが指差す方向を見るとアン・アナアムの塔の最上階から、セラシャリスの細い手が見える。

 レンはセラシャリスに向かって手を一杯に振る。僕は直接知らない事だけれども、レンとセラシャリスは友人で世界の滅びの共謀者だ。


 「元気そうで良かった」

 

 僕もセラシャリスに手を振り返した。


 「セラシャリスの示す方向に何か有るの?」


 「要塞の南壁ならグレイインが離陸出来るかもしれない。だけど下が練兵場だし、さらに先はアンテ城下に成っている」


 「グレイインが嫌がりそうな場所」


 グレイインは偵察が役割であり、敵と戦う事は求められていない。臆病で問題は無い。


 「南壁へ行きましょう」


 「待って、待ち伏せがいる。『葬送の火炎輪フラム・クラン』」


 途中三叉路で待ち伏せしていた二名ほどの敵に、僕は藪ごと火を放つ。

 断末魔の声が若く稚児の様だ。


 「声でばれた? なら印をグレイインに示すね。揚がれ『光球ラマン』」


 レンが高く打ち上げた光の球が、アンテ城要塞南壁に影を作った。

 城を中心に旋回しているグレイインは左右に体を傾けて、了解の意を伝える。

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