第七節 アンテ城脱出前編

 僕はもちろん戦後の東京生まれで東京育ちだが、何の因果か優れた剣技の資質が与えられた。

 剣技の訓練をしたのは転生してから半年ほどの短い期間だが、すぐに熟達し当時ヘリオトス周辺で最強だったヘリオトスのハプタ王が王女リシャーリスを圧倒した。


 その結果、ハプタ王と人間同盟は僕を魔王に勝利可能な最初で最後の勇者と認めて、人間の最終勝利のために魔界侵攻作戦を決行する事に決めたのだ。

 実際に僕は、魔王に勝利する寸前まで行っている。


 僕とレンは、敵中から脱出するためにアンテ城の要塞南壁を制圧中だ。

 たった二人で行うのは無茶な行為だが、それでも不可侵で剣技魔法共に優れた僕と魔王レンならば可能であると言える。無論敵が押し寄せてくるまでの短時間だけであるが。


 「綺亜、何故稚児の兵ばかりなの?」


 レンは、手慣れた手つきで稚児の延髄に変型剣シーランの切っ先を貫き通す。そのリーダーらしき稚児はさほど血も流さずに、城壁から直下の練兵場に落ちていった。


 アンテ城要塞部の平時の用途は、王族の私的空間だ。王太子ピラーリオは見逃してくれたので、王の私的な部下である稚児とばかり戦っている。他にこの要塞部に居るのは王女のリシャーリスとセラシャリスだが、セラシャリスに武官は付いていない。


 「リシャーリス殿下が居ないからじゃ無いかな?」


 魔法と剣技を極めたリシャーリスがヘリオトスの軍事面を仕切っている。


 「ハプタ王家の近衛兵は?」


 「急がないと、壁下の練兵場から上がってくる」


 まさかそうだとは思わなかったが、リシャーリスを欠いていると近衛兵の動員が上手く行かないのだ。

 ふと音も無く頭上が暗くなると、城壁が大きく揺れた。グレイインが城壁に着地したのだ。


 「ケホッ、ケホ、ありがとう、グレイイン」


 「グレイイン、あまり揺らさないでくれ。城壁が崩れるかもしれない」


 「綺亜、大袈裟な」


 「何かが破断している嫌な音が……」


 「メキメキって?」


 その時、グレイインが動きもしないのに城壁が沈み込んだ。


 「やはりそうだ。城壁下の岩盤に亀裂が入っている」


 「綺亜これ崩れるの? 急ぐとグレイインは離陸に失敗する子だから。もし崩れるなら、時間を稼ぐために城壁を崩して練兵場を埋めたい」


 「本気で? 構造材に破断か……水晶剣で城壁下の岩に穴を開ければいいかもしれない」


 「分かった。綺亜彼らを牽制して、水晶剣で城壁を壊す」


 レンが手を伸ばすと、グレイインの鞍から黄水晶の剣が鞘走さやばしりして滑り落ちてきた。そのままレンの手に収まると、透明で光芒を放つ刀身が露わになる。使い手以外の言う事を聞かない水晶剣だが、身に着けていない時にもこうして多少は操る事が出来る。


 「グレイイン、矢の的になる。城壁から降りてくれ」


グレイインはその巨体で城壁から要塞内に跳躍する。僕もそれを追って三階ぐらいの高さの城壁から跳んだ。人間としては危険な動きだが不可侵の体だから傷付く事は無い。すでに今日は十分に体を痛めつけている。


 「なんて巨体だ、魔界の飛竜なのか」


 ようやく練兵場から登ってきた近衛兵が巨大な飛竜におののいているが、グレイインは見かけ倒しだ、戦う事を不得意としている。

 代わりに僕が剣を抜いて襲撃を掛ける。


 「勇者綺亜だ、引け。戦うなら殺す」


 僕は警告する。返事を聞かずに、一人の剣を叩いて弾いた。


 「勇者様だって、本当なのか? キア様! 勇者様! 本物?」


 「冗談はよせ、今は人間の敵だぞ。のこのこアンテ城に……」


 のこのこ身を乗り出した近衛兵の脇に入り込むと、腹から心臓を突く。今使っている剣は魔王に神授された鋼の剣だ。水晶剣の様な奇跡の力を持つ剣では無いが、それでも肉に簡単に食い込む。


 「事情があって人間の敵となったが、今はアンテ城に落ちただけだ」


 「勇者様、こんな」


 腰が引けた近衛兵を追い立てると、グレイインと彼らとの間に距離を作る。


 『炎華フラム・ルーアム


 矢が飛んだので、グレイインの視線の方向に炎の魔法を放った。


 矢が燃え尽きて灰となり、弓を持った稚児が誰かを庇って、炎の中に崩れ落ちる。


 「近衛は臆病者だな。私はハプタ王だ。さあ、来い裏切り者の勇者め。殺してやる」


 王は手を火傷しながらも、自らを庇った稚児から剣を受け取った。


 『火炎剣フラム・セシーラン


 ハプタ王の小振りな剣が炎を纏って光を放つ。


 「ハプタ王陛下。勇者綺亜です、躊躇はしません。『輪舞の雷球カ・イー・ロイナム・クラン』」


 僕は雷球を使役する雷の操作魔法を唱える。


 「何、リシャーリスの操作魔法だと! 貴様一体誰だ」


 「勇者は魔法で御せるとお考えでしたか。一年掛けて三百億年後の世界を旅しました。魔法はその時、セラシャリス殿下とココア師に習ったのです。ハプタ王陛下」


 「セラシャリスと言ったか?」


 足腰の弱いハプタ王には雷球を避ける術が無い。一方僕には手心を加える理由が無く、ここでハプタ王を手に掛ける事になりそうだ。


 「思い出せそうだ。その片足の性悪女が貴様を裏切りに導いたか」


 セラシャリスの父親が娘の事を思い出した所で、端から忘れていくので問題は無い。それがネイト神の奇跡だ。


 「殿下を性悪などと」


 「勇者を惑わし人間を滅ぼす。性悪では無くて、何と言おうか」


 『電撃剣カ・セシーラン


 ハプタ王との会話に苛ついた僕は、魔法を二重詠唱すると王の火炎剣フラム・セシーランいかずちの剣で打ち据える。剣を取り落とした王が、小刀を抜くとすかさず雷球を操作して跳ね飛ばした。


 「僕は人間界の永続では無く、世界の滅びを確定させる事を選びました。それが綺亜という勇者の選択です。他の誰のせいでもありません」


 足を掛けてハプタ王を転ばせると、感電の痛みに苦しむ王に輪舞の雷球カ・イー・ロイナム・クランと、電撃剣カ・セシーランをともに振り下した。

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