第21話 「会えたのはいいけど、お荷物が多い」

 聖アルブス学園、校舎内――。

 廊下や教室内に潜んでいる魔物を《ダンス・マカーブル無限マシンガン》で射殺しながら、僕は順調に艶小路あでのこうじのお嬢様+1名の影が見えた教室へ近づいていた。

 1階から2階、2階から3階、そして、保護対象の居る4階へ到着っと。

 取りあえず廊下にいる人の形っぽいナニかや、獣っぽい形だけはしている明らかに地球上にいなさそうな生き物に対して徹底的に銃弾を撃ち込んでいく。

 技術もクソも無い、ただ単に弾をバラまくだけの簡単なお仕事だ。これで片付いてくれるのだから本当に楽でいい。

 そうして、金づる……じゃなかった、お嬢様たちが見えた教室の前に着いた。

 さて、と。

 ある意味、問題はここからだ。

 自慢じゃないが、僕はコミュ障なんだ。初対面の女子高生なんかとマトモに会話できるとは思えない。そもそも、どうやって会話にまで持っていけばいいかもわからん。

 なんてことを考えながら、教室のドアの前に立ち尽くす。

 いきなり入ると……、驚かせてしまうか。一時的とはいえ保護する以上、余計なストレスは邪魔になるだけだ。

 となると、ノックかな?


 コン、コン――。


 なるべく優しめにドアを叩くと、ややあって中から返事が聞こえた。


「……さっきのおーさんですか?」


 なんだか変なアクセントでお兄さん呼びされてしまった。まぁ、なんて呼ばれようがどうでもいいか。


「そうだ。中に入ってもいいか?」


「はい。どうぞ」


 一応、許可を得てからドアに手を掛ける。なんだか偉そうな物言いになっているのは、口元が固まって舌も上手く回ってくれないからだ。ヨハンくらい砕けたやつなら、普通に喋れるんだけどなぁ。

 ガラガラとドアを横にスライドさせると――、保護対象とオマケと、更にもう1人の姿があった。


 1人目。やや強張った面持ちでこちらを見る、派手な印象の少女。緩くウェーブした金髪をサイドでまとめており、ネイルも綺羅びやかだ。生徒手帳で見た写真より少しメイクが濃いが、間違いない。今回の目的、艶小路あでのこうじ 咲弥さくやだ。


 2人目。高校生にしては随分小柄な、普通、というか地味めな印象の少女。肩くらいまでの髪を、耳元で左右に二つ結びにしている。右腕と左足にギブスを付け、額には包帯……。怪我人か。松葉杖がないのは、魔物から逃げるうちに失くしたか? この子も保護するとなると面倒だな。


 そして、予想外の3人目。

 その少女を見たとき、僕はなんというか、

 長い、しゃがみ込んでいるとはいえ、床に届いてなお余っている長い白髪。かすかに見える顔色や手足は死人のように青白い。おまけに何か、短い単語を繰り返し呟いている。不吉という単語がこの上なく似合う少女だった。

 ……え、これ見えていいタイプの人類? この教室に巣食う怨念とかじゃないよね? 怖っ。


「えっと、あの……」


 観察したまま喋らない僕を不審に思ったか。お嬢様がおずおずと話しかけてくる。


「あ、あぁ。えーっと。今回、君の救助を依頼された天禊あまはら みこと……です。よろしく……」


 イカン。一回りくらい年下の少女に敬語になってどうする。いくら相手が保護対象でも、艶小路のお嬢様でも、タメ口でいいはずだ。……多分。


「アタシは、もう知ってるかもしれないけど艶小路 咲弥です。アタシ達を助ける依頼を受けていただいて、ありがとうございます。それでコッチが――」


須勢理すせり ともえです。巴でいいですよ、天祓さん」


「あ。じゃあアタシも咲弥でダイジョブですよ、お兄ーさん」


 2人が自己紹介をしてくる。というか、初対面の人間を名前呼びしろとか、コミュ障に無茶を言うな。しかもサラッと自分以外も助けろって言ってきやがったな。クソッ。


「わ、わかった。サクヤ……に、トモエ……だな」


 ほら見ろ。なんか変な発音の仕方でカタコトになっちゃってるし。

 というか、そんなことより。


「それで、あっちの子は?」


 これだけ会話をしていても参加してくる素振りもない、いやそもそもこちらを認識すらしていなさそうな不気味な少女を指差す。

 すると、途端に2人の表情が曇った。


大神おおがみ 美那みなちゃん、です。その、美那ちゃんは凄くショックなことがあって、それで――」


 精神的に参ってしまった、と。お友達が魔物に喰われでもしたか? なんにせよ、この子も助けなければいけないとなると、コミュニケーションの一つくらいとっておくか。

 少し離れた場所にしゃがみ込んで動かない少女に近づく。

 そうして、わかった。どうやら、さっきからずっと呟いている単語は「兄さん、兄さん、兄さん、兄さん、兄さん……」だったようだ。

 うわぁ、怖えー。


「オオガミ……さん。今から君たちを救助する、天祓だ。君は、自力で動けるか?」


 なるべく優しい口調で話しかけたつもりだが、返事は無し。うん。予想はしていたが、できれば無視はやめてほしかった。心にくるから。


「あ、ここから移動するときは私が美那さん背負いますよー」


 怪我人のトモエが何かほざいている。いや、右腕と左足にそんなギブス巻いてる奴が人ひとり背負えるわけねぇだろ。

 僕の怪訝な表情を察したのか、トモエが何故か不敵な笑みを浮かべた。


「見ててくださいねー」


 と言うが早いか。

 ほっ、と。軽く、片足で体重や重力すら感じさせない見事なバク転をしてみせる。無事なほうの左腕でトンと地面を突き、一瞬の逆立ちの後、また軽やかに身体を回転させて元の直立に戻った。

 って。


「いやいやいや、怪我人がなんでそんなに動けるんだ……!?」


 五体満足でも、新体操のプロ競技者かと思うレベルの動きだったぞ!?


「巴ちゃん、運動神経凄いんですよねー」


 サクヤの言葉に、へへへーと照れ笑いをするトモエ。運動神経云々の話ではない、断じてない。

 が、一々ツッコむのも面倒だ。最近の女子高生って凄い、そう思っておこう。


「あー。それじゃあ」


 深く思考しそうになるのを、一旦止める。

 お仕事モードに切り替えだ。


「まずは、ここから出ようか」


 2人の顔に少し緊張が走る。道中の魔物は全て処理したというのに。

 なんて考える僕は。

 この学園に潜む“魔”を、甘く見ていた――。




* * * * *




 ?????のナイトメア☆ガゼット


 第21回 『須勢理家』


 “すせり”と読む。進む、或いはすさぶの意味を持つ女神の名が由来と思われる。

 古くから続く武門の家柄であり、須勢理流古武術という独自の武術を代々受け継いでいる。

 現在この流派の継承者は、まだ年若い女性であるようだ。


 この前、アクション映画で見たわ。ケンポーってやつでしょ? シュッ! ってやってバッ! って感じの。

 ワタクシには縁遠いものだけれど、あんなに動けたら気持ちいいでしょうね。

 ……あぁ。でも汗をかくし、シュギョウも大変そうよね。やっぱり、ワタクシとは遠い存在だわ。

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ナイトメア☆パラダイス ~まるで悪夢は楽園のごとく~ わきゅう @omega1985

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