第19話 「学歴なんて飾りです!偉い人にはそれがわからんのですよ」

 生暖かい、不快な向かい風に抗いながら、僕はメモに指示された場所までやって来ていた。

 現実の世界の季節は春だったが、この世界はどうなのだろう。

 ドリームフォンを確認すると、日付は表示されていなかった。時刻は20時より少し前だ。

 ……しかし、屋上から荷物を下ろすのには苦労した。エレベーターの無いビルだったので、手間取ってしまった。……主に≪バヤール≫が。階段をスクーターで駆け降りるのは中々にスリリングだったぞ。ヨハンの奴、どうやって僕を上に運んだんだ。


「ここが“聖アルブス学園”か。ヨハンの言っていた通り、デカい学校だな」


 夜の帳が下り、すっかり暗くなった景色の街の中に、艶小路のお嬢様がいるという学校はあった。

 聖アルブス学園。

 生徒数、約1500人。中高一貫の名門校である。アルブスとは、確かラテン語で“白”を意味する言葉だったかな。その名の通り、白く美しい、大きな校舎が目に映る。日の光の下でなら、さぞ綺麗だったろう。

 暗闇の中に佇む様は、不気味でしかないが。

 校舎や、その周囲の外灯、グラウンドを照らすはずの巨大な照明にも、明かり一つ点いてはいない。点かないのか、それとも点けられない理由でもあるのか。

 月がでているのが、まだ救いだ。学園内の探索は、月明りだけが頼りになるな。


「さて、さて。問題のお嬢様はどちらにいらっしゃるのかねぇ」


 聖アルブス学園の敷地は広い、かなり広い。校門前からでは、全容がまるでわからない程度には。

 ヨハンのメモにも、学園内の詳しい地図などは載っていないし。

 あてもなく探し回るのは非効率的だな……。


「……ん? なんだ、あのモゾモゾ動いている黒い影は」


 よくは見えないが、校門の向こう、グラウンドに無数の蠢く影がある。

 シルエットからして、人間ではないだろう。なんとなく、骨っぽかったり、犬っぽかったり、鬼っぽかったり、よくわからないブヨブヨした固まりだったりしている。

 そりゃ、いるよなぁ。魔物。


「……お嬢様、ちゃんと生きてるんだろうな」


 死体でも、回収しとかないといけないのだろうか?

 メンドクサッ。

 まぁ、まずは掃除からだな。いくぞ、≪バヤール≫。

 虐殺のお時間ショウ・タイムだ。


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


「……凄いですね。みんな、倒しちゃいましたよ」


 隣に居るともえちゃんが呟く。

 その言葉の通り、スクーターに乗った男性は、グラウンドにいた化け物を全て撃ち殺してしまった。

 残弾を気にする素振りも見せない男性は、周囲にもう化け物がいないことを確認すると、ゆっくりとこちら――、校舎の方へスクーターで近寄ってくる。

 ……この人ならば、或いは。


「巴ちゃん。ちょっとお願い、っていうか、聞きたいことがあるんだけど」


「はい? なんですか、咲弥さくやさん?」


 尋ねる巴ちゃんに、私は制服のポケットから取り出した生徒手帳を見せる。


「あのね? どこも怪我してないけど運動音痴のアタシと、右腕と左足を骨折してるけど“須勢理流古武術すせりりゅうこぶじゅつ”免許皆伝の巴ちゃんとなら、どっちがこの生徒手帳を遠くまで投げられると思う?」


「そりゃ、わたしでしょう」


 巴ちゃんが即答する。その言葉に異論は無い。自分の運動神経のなさと、巴ちゃんの異常なまでの身体能力はよくわかっている。


「オッケー。やっぱりそうよね。……それじゃ、この生徒手帳をね?」


 手の中にある小さな手帳を、巴ちゃんに渡しながらお願いをする。

 さて、上手くいくといいけど。


「あの、おーさん目掛けて、思いっきりぶん投げて。ぶつけるくらいに」


 どうか。

 アタシの思う様に、動いてくれる人でありますように。




*****




 ?????のナイトメア☆ガゼット


 第19回 『聖アルブス学園』


 歴史こそまだ浅いものの、高い偏差値と高額な授業料で知られる名門校。白を基調とした美しい外観の校舎が特徴的。

 ただし、この学園の理事長や学園長には黒い噂も存在する。詳細は調査中であるため、読者の方々におかれましては、続報をお待ちいただきたい。


 名門校ねぇ……。ワタクシは学校になんて通ったことはないけれど、楽しいものなのかしら?

 何処で学んだかより、何を学んだかのほうがよっぽど大事だと思うけれど……。普通は違うものなのかしらね。

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