第18話 「お金持ちのお嬢様に会いにいこう」

 夕闇の中、風がビルの屋上を吹き抜ける。

 どこからか漂う血の香りと、糞尿の臭いと、この世ならざる悪臭を乗せて。


「……質問が三つある」


『何でも聞いてくれたまえ、我が友よ』


 あれから。

 100億円の報酬にホイホイ釣られて、艶小路財閥のお嬢様の救出という厄介ごとを二つ返事で引き受けてしまった僕は、ヨハンから任務の詳細を聞いていた。

 ポケットに入っていたメモも見ながら聞いたので、大凡の理解はできた。

 が、新たな疑問も幾つか浮かんできた。


とはどういう事だ? 少なくとも、屋久際市支部からコンビニまでの道のりは僕の記憶通りだったぞ」


『言葉通りの意味さ、我が友よ。この世界は、ある程度の範囲までは正確なのだが、その組み合わせ方がなんだ。まるでパズルのピースを適当に嵌め込んだかのようにね』


 屋上の端まで移動し、フェンスにもたれながら地上を見渡してみる。

 成程。確かに見覚えのない建物が幾つか見つかった。いったい、どういう仕組みでこんな事になっているのかさっぱりわからないが、まぁ、これはこういう物なのだと理解しておけばいいか。


「わかった。二つ目の質問だ。対象のお嬢様の救出とは、どこまでを指す? どこまで助ければ完了になるんだ?」


『艶小路財閥の総帥、艶小路あでのこうじ 津見つみと合流させることだ。彼は今、艶小路家の邸宅に居る事が確認されている』


 学校で娘を助け、家まで送り届けて父親と再会させればミッション完了ということか。わかりやすくていい。


「了解した。なら、最後の質問だ。……何故、僕なんだ? テン・カウントお前らが動けばいいだろう?」


『おいおい我が友よ、忘れたのかい? 私達が動けるのは勅命を奉じた時か、政治屋達が満場一致で賛成した時か、或いは私達に危害が加えられた時ぐらいなものだよ? 今回のケースはそのどれにも当てはまらない。よって、十束剣テン・カウントは動けないのだよ』


 そうだった。

 御国の為ならなんだってやるイカレ集団。逆に言えば、国の一大事にならなければ、目の前で親が殺されようが動かない。

 十束剣テン・カウントとは、そんな連中だった。

 艶小路の総帥も、よくそんな所に娘の救出依頼をしたものだ。

 けれど。


「質問の答えが不十分だぞ。それだけなら、僕じゃなくてもいいだろう。他にもっと適任がいるはずだ」


 直接的に十束剣テン・カウントが動けなくとも、下部組織が幾らでもある。普通はそちらに話が回るはずなのだが。


『あぁ、それは私が【エルダー】に推薦したのさ。偶には我が友の顔が見たいから、この任務を回してやってくれってね』


 余計な事しやがって。というか、【エルダー】のジジイも了承するなよ。

 思った事をそのままヨハンに伝えると、糸の向こうで愉快そうに笑う声が聞こえた。


『いいじゃないか、我が友よ。どうせ君ならこちらの世界に来ていると思ったし、それに、どうせ暇だろう?』


「暇じゃねーよ。魔法を使えるようになるっていう、大事な目標があるんだから」


『魔法……? なんだ、そんな事ならちょうど……うわっ!?』


 僕にとって重要な話が聞けそうな時に、珍しく、ヨハンが焦ったような声を出した。


「なんだ? どうした?」


『いや、なに。月棲獣ムーン=ビーストを粗方処理できたと思ったら、なんか馬鹿デカい親玉みたいなのが出てきたのさ。我が友よ、すまないが、しばらく通話は無理そうだ。任務の件、よろしく頼んだよ』


「あっ、おい」


 プツリ、と糸が切れるような音がして、それからどれだけ呼びかけても何の音も聞こえなくなってしまった。

 アイツが戦闘に集中せざるを得ない状況なんて珍しい。

 いや、そんな事より。


「ちょうど……、なんなんだよ」


 僕の呟きに、答える声は無かった。

 生温い風が、吹き抜ける……。


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


 そうして時間は少し過ぎ、場面はとある学園の教室へと移る。


 その中では、3人の女生徒が教室の隅で身を寄せ合い、固まっていた。

 1人は、必死に考えを巡らせて動かず。

 もう1人は、後悔と怒りで動けず。

 そしてもう1人は、深い悲しみによって動くことを忘れていた。


「兄さん、兄さん、兄さん、兄さん、兄さん……」


 床に座り込んだ、長い白髪の少女は呟き続ける。

 自分の唯一の肉親を。

 唯一の肉親だった者の名を。


美那みなさん……。お兄さんは、もう……」


 隣の、小柄な少女が語りかける。

 右手と左足にギブスをはめ、頭に包帯を巻いた少女の苦しげで、何かを噛み潰すような――、まるで何かの衝動を必死で堪えているかのような声は、震えていた。


 そして、3人目の少女。派手な容姿の、その少女は、ひたすらに考えを巡らせていた。

 自らを取り巻く状況、そしてこの学校で起こった惨劇。そしてこれから一体どうすればいいのか。

 答えの出ない悩みの泥沼に嵌ってしまっている。

 故に、彼女が気づいたのはある意味、偶々だった。


「……エンジン音?」


 呟くと、その言葉に小柄な少女が反応する。


「え? ……咲弥さくやさん、何か言いましたか?」


「うん。なんか、車……、バイクかな? そんな感じの音がしてるような……」


 咲弥と呼ばれた少女は、力の入らない膝を無理やり立たせ、グラウンドに面した窓に近寄る。

 そこに見えたのは。


「スクーター? ……誰?」


 グラウンドを縦横無尽に走り回る、赤いスクーターに乗った見知らぬスーツ姿の男性だった。


 小柄な少女もフラつきながら立ち上がり、咲弥と呼ばれた少女の横に並ぶ。

 目に映る光景は、窓のむこうで、そこら中にいる気持ちの悪い生き物……、魔物だったか、が男性の持つ機関銃マシンガンによって撃ち殺されていく様だ。


「誰……、でしょうか?」


 小柄な少女が呟く。


「あの、咲弥さんのお家の方、とか……」


 その言葉に、咲弥は首を振って否定する。


「違うと思う。少なくともウチの、本家の人間じゃないね。分家にも、あんな人がいるなんて聞いた事ないし」


 艶小路あでのこうじ 咲弥さくやは再び思考する。

 アレは艶小路家の関係者ではない。そしてこの学校、聖アルブス学園の関係者でもないだろう。

 もしそうなら、魔物を殺して回るような真似をせず、一目散に逃げ出すはずだ。

 例え武装していても、に勝てっこないのは誰でもわかることだ。

 あの惨劇の生き残りなら、誰でも。

 なら、まったく関係ない、学校外からの来訪者か?

 ……艶小路家が、外部の者に救助を依頼した?


 だとするならば。

 ほんの少しだけ、希望を抱くことができるだろうか。

 失いかけていた、希望を。


ともえちゃん、まだ動けるよね?」


 隣の小柄な少女――、巴はキョトンとした顔で咲弥を見返す。


「えぇ、まぁ……。美那さんを背負って走るくらいなら、腕と足が折れてようが余裕ですけど」


「オーケー、さすがの体力ね。……これからね」


 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


「あのスクーターの人と、なんとか接触しようと思うの」


 願わくば。

 あの人が、私達の助けになってくれますように――。 




*****




 ?????のナイトメア☆ガゼット


 第18回 『艶小路財閥』


 世界屈指の経済規模を持つ、超巨大企業の集合体。現在の総帥は艶小路 津見という男性。咲弥という一人娘がいる。


 今回の内容は、えらく薄いわね。手抜き?

 ……え? 詳しく書きすぎると圧力で消される? ……お金持ちは強いわね。くわばら、くわばら。

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