第17話 「紅の夢、薄暮の空」
――夢だ。
――夢を、見ている。
夕陽で真っ赤に染まる教室の一番隅の机に、“アノ人”が腰かけている。
校則よりも随分と短い丈のスカートが捲くれるのも気にせず、その長い脚を組んで。
――もう十五年近く前の記憶か。随分と懐かしい光景だ。
“アノ人”はいつもこうして、僕を待っていた。
“アイツ”と一緒の時もあれば、一人で待っている時もあった。けれど、僕が先に着くことは一度もなかったな。
そうして決まって、窓の外を眺めたまま振り向きもせず、こう言うんだ。
「よう、俺の宿敵。俺を殺す算段はついたかい?」
燃えるような赤い髪をした、燃える炎よりも鮮烈な魔女。【
「貴女を殺せる人類なんて、この世にいませんよ」
この返答も、僕のお決まりのセリフだ。
そして、紛れもない事実だ。事実だと、信じていた。
……愚かにも。
「なぁ、俺の宿敵。人が死ぬ意味ってなぁ、なんだと思う?」
「……生きる意味、じゃなくてですか?」
彼女の問いかけはいつも唐突で、おまけに難解だった。
「人類未満の僕には、一生かかっても解らない問いですね」
肩を竦め、わかった風な口を利く昔の僕は、この頃から。
いや。もっと以前の、生まれた時から。
救いようも、救われようもない人間だった。
「なら、聞き方を変えるか。俺やお前みたいな規格外も、他の、もっと普通の連中も。なんで等しく死ぬんだろうな?」
そう言って、ようやく彼女は僕のほうに顔を向けた。
赤い髪に紅の瞳。整いすぎた容姿。朱色の唇は、いつも通り皮肉気に歪められている。
――あぁ。本当に懐かしい。
――けれど、おかしいな。
「……そりゃ、生きてれば、いつかは死ぬでしょう」
「そうだな、いつかは死ぬ。事故か病気か自殺か他殺かは知らねぇが、いつかは必ず死ぬ。なんでだ?」
「それは……」
当たり前のことだ。
永遠に生きる命など、無い。
そんなものが、あってたまるか。
「神様かなんかが、そう決めたんじゃないですか?」
「そうだな。そうかもしれねぇ」
いい加減に答えた僕の言葉に、“アノ人”は素直に頷いた。
「クソッたれの神様風情が、調子に乗って決めたのかもしれねぇ。或いは、どうしようもない理由があって、無理矢理にそうしたのかもしれねぇ。俺も、お前も、他の連中も、いつかは必ず死ぬ。……だからさ、俺の宿敵」
紅に染まった教室の、真紅の魔女。誰よりも孤独で、何よりも孤高の存在は。
血に塗れたようなその瞳で、真っ直ぐに僕を見ながら。
夢の中の僕ではなく。
夢を見ている、この僕を見つめながら。
「なぁ、俺の宿敵。他の誰に忘れられてもいい。お前は、お前だけは、俺を忘れないでくれ。頼むから、さ」
――僕は、こんな会話を。
――“アノ人”と交わしたことは、無いはずなんだけどな。
そうして。
“アノ人”に、見守られるかのようにして。
意識が、覚醒へとむかう。
何故、こんな夢を見ていたのかも解らぬまま。
一体、どんな夢を見ていたのかも解らぬようになっていく――。
――。
――、――。
――、――、――。
「……ん」
目を覚ますと、真っ赤に染まった空が見えた。
柔らかな朱は、今が夕暮れ時であることを僕に教えてくれている。
「なんか、変な夢を見た気がする」
眠っていた床から起き上がり、グッと伸びをすると背中がバキバキと鳴った。
なんだかよく覚えていないが、奇妙な夢だった気がする。
この僕が、さっきまで見ていた夢すら思い出せないとは珍しい。悪夢の世界にいる影響か?
「……ま、いいか。それより、どこだここ」
いつまでも寝ぼけてはいられない。切り替えていこう。
辺りを見回すと、どうやら何かのビルの屋上らしかった。吹き抜ける風が心地良い。
周囲には誰もいない代わりに、僕の荷物である≪ダンス・マカーブル≫、≪焔魔≫、何故かヒキガエルの槍、そして≪バヤール≫までいた。
記憶を整理する。そう、いきなりヨハンの奴が来て、傷の治療をしてくれたんだ。そしてその薬の麻酔の効果もあって、寝てしまったのだった。
こんな所にいるのは、ヨハンが運んでくれたのか。
『やぁやぁ、お目覚めのようだね! 我が友よ!』
「うわっ、ビックリした」
どこからか、ヨハンの声が、はっきりと聞こえた。なんだ? 周りには誰もいないぞ?
『ふっふっふっ。私を探しているかもしれないが、無駄だよ。私は今、君がいるビルからは少し離れた場所にいるんだ。右手の人差し指を見てみたまえ』
言われた通りに人差し指を見ると、細い糸が幾重にも巻き付いていた。よく耳を澄ませば、微かに震えるこの糸からヨハンの声が聞こえているようだ。
『糸電話の要領さ。無論、そのものではなく、様々な小細工を施してはいるけれどね。糸電話くらいは、さすがに我が友でもやったことくらいあるだろう?』
「おい、馬鹿にしすぎだろ。勿論、原理は知ってるさ。一緒に遊ぶ友達がいなかったから、試したことはないけど」
……。
何故か、微妙な沈黙が僕とヨハンの間に流れた。
『……我が友よ、今度一緒にサンテンドーでもやらないかい? 最近のテレビゲームというのは、中々面白いものだよ?』
「断る。それよりも、わざわざこんな所まで僕を運んで何がしたいんだ」
『あぁ、それなんだが。まずは君を護るという約束を果たしきれなかったことを謝らせてくれ。すまなかったね。どうしても、火急の任務が入ってしまったのだよ』
それで、安全であろう、こんな場所まで僕を運んだのか。相変わらず律儀な奴だ。
「あぁ、それは別にいいよ。こんな風に喋ってるってことは、その任務は終わったのか?」
『
「……は?」
人差し指に耳を近づけ、聞こえてくる音に神経を集中させてみる。
ヨハンの声の後ろ、とでも言うべきか。ギョルギョルと、不穏な鳴き声のようなものがしているような……。
「おい、大丈夫なのか?」
『あぁ、問題ないよ。≪土蜘蛛≫の糸は特別製でね、ちょっとやそっとじゃ切れないんだ。こうして戦闘をしながらでも、会話を続けられるとも』
いや、僕は一応、お前の身を案じたのだけれど。
……まぁ、いいや。こいつなら、死ぬことはないだろう。
『ちなみに、だがね。今、僕が戦闘をしているのは先程――、と言っても数時間前だが。君の肩を槍で貫いてくれた、憎っくきカエルの同族達なんだ。その名も、
「なんだ、てことは宇宙人、てことになるのか?」
『ふふふ。俗っぽい言い方をするなら、そうなるかな。そんな、お上品な連中ではないけれどね。……おっと』
どうした、と尋ねる僕に対して。
『いや、なに。槍が鼻先数センチを掠めただけさ。いやいや、さすがに百匹近くに囲まれるとキツいねぇ』
ヨハンは事もなげに、こう答えた。おい、僕はそいつ一匹倒すのにだいぶ苦労したんだぞ?
『あぁ、そうだ。忘れるところだった。我が友よ、君への任務の件なのだが』
「断ると言って……は、いなかったのか。まぁとにかく、断る。なんでこんな世界に来てまで
『まったく、我が友らしい回答だね。けれど、君にも勿論メリットのある話なんだよ? ……なんと、女子高生を助けるだけで、100億円の報酬が支払われるんだ。dpとやらに換算すれば、1億dpもの大金が手にはい』
「詳しい話を聞かせろ」
思わず、食い気味に返答してしまった。
100億円? 1億dp? マジかよ。職場の予算を横領した僕の所持dpでも、今およそ4,600万くらいだぞ?
1億dpもあれば、10連ダイヤガチャを10回も引けるじゃないか。それだけあれば、レジェンドレアを手に入れることも夢じゃない。もしかしたら、僕でも魔法が使えるようになる魔法書とかも、あるかもしれない……!
『よっ、と。ふう、やっと半分くらいになったかな? 私はこのまま次の任務へ向かわなければいけないのだが……。我が友がやる気になってくれて何よりだよ。詳細を記したメモを君のスーツのポケットに入れておいたから、後で読んでくれたまえ。簡単に口頭で説明すると……、救出対象は、あの【
「……大日本皇国において、屈指の巨大財閥だな。【艶小路が風邪を引けば日本が傾く】とまで言われてる。そのネームバリューも、財力も、計り知れない」
そんな家のお嬢様の救出だと?
随分とまた。
面白いことになりそうじゃないか。
楽しい一日になりそうだ。
*****
?????のナイトメア☆ガゼット
第17回 『サンテンドー』
大日本皇国において屈指の規模を持つ、玩具やゲーム開発・製造等を主とする企業。
最新作の「スラッシュブラザーズSP(通称:スラブラ)」は白熱した子供や大人がリアルファイトになり、友情木端微塵ゲームという異名がつく程の人気となった。
え? 今回、会社の説明なの? ムーン=ビーストや艶小路財閥のほうじゃなくって?
……は? べべべ、別に、さっき負けたのが悔しいわけじゃないし? ワタクシのドソキーが最強に決まってるし!?
……え? 今度は違うキャラを使うから、もう一回やろう? ふ、ふーん。まぁそこまで言うなら……。そんな優男の勇者にワタクシのドソキーが負けるわけ……! あ、ちょ、会心の一撃連打は卑きょ、アァーッ!? ワタクシのドソキーがボロ雑巾のようにー!?
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