第16話 「糸使いは爽やかに笑う」
「薬を塗る前に、まずはこの肩に突き刺さっている槍をなんとかしないといけないね。我が友よ、準備はいいかい?」
「おう、いいぞ。やってくれ」
≪スーパー紳士≫の袖を噛み、痛みに備えておく。白いヒキガエルと戦闘中だった時ならまだしも、今は正気だからな。
ヨハンの手に槍が握られ……、一気に引き抜かれた。
「グゥッ……!」
凄まじい痛みに、意識が明滅する。ぽっかりと空いた肩の傷口から、血が溢れ出した。
「我が友よ、すぐに薬を塗ろう。あの
「あぁ……。悪いな」
「お安い御用だ、我が友よ」
ヨハンが預かってきた薬――、小さな瓶に入った軟膏のように見えるそれを指に取り、肩の傷に塗っていく。その手つきは手馴れていて、丁寧なものだった。
はじめは触れられる度に激痛が走ったが、すぐに感覚が麻痺して痛みが遠ざかっていく。鎮痛剤みたいな成分も入っているのかもしれない。流血もかなりマシになっている。
「……よし。これで、あとは包帯でも巻いておけばいいだろう。まったく、日本のコンビニというものは便利だね。なんでも揃って――、あ」
薬を塗り終わったヨハンが、何かに気が付いたように動きを止めた。
「そうだな、コンビニは便利だよな。包帯なんて大抵の店にあるもんな。……瓦礫に埋もれていなければ」
ヨハンが徹底的に斬り刻んだ、天井も壁もまるで残っていないこの有り様をコンビニと形容していいのかはわからないが。とにかく、この店にあった物はほとんどが瓦礫の下だ。
包帯なんて小さな物を探すのは、至難の業だろう。
「だっ、だだだ大丈夫だ我が友よ! お、お、お、おちおち落ち着くんだ! こういう時は冷静に119番に通報をだね!?」
「お前が落ち着け」
多分来ないよ、救急車。
「そっ、そうだ! 私の糸で傷口を覆おう! うん、そうしよう!」
「は? お前の糸って
糸使いであるヨハンの得物は、細い糸のような鋼。つまりワイヤーだ。それを自由自在に操り、対象を斬り刻む戦い方を得意としている。このコンビニをバラバラにしたのも、その鋼糸によるものだ。
さすがに治療には不向きだろう。
「ふっふっふっ。このヨハネス・フォン・ヴァイセンベルク! いつまでも昔の私ではない! 任せておいてくれ、我が友よ!」
シュタッ、と謎のポーズを決めたヨハンは、袖口を捲り左の手首をこちらに見せてきた。
そこには、奇怪な物がつけられていた。
中央に大きな鬼――、のような顔があり、そこから蜘蛛のような八本の脚が伸びて手首に巻き付いている。随分と趣味の悪い
思ったことをそのまま伝えると、ヨハンは、確かに趣味は悪いねと苦笑いしていた。
「けれど、中々どうして。この≪土蜘蛛≫は結構優秀でね。まぁ、見ていたまえ」
そう言うとヨハンはピッ、と人差し指を立ててみせた。
――と。
シュルシュルと、その指先から白い糸が出てくる。
「……なんだ、しばらく会わないうちに手品でも身に付けたのか」
「どちらかと言うと、種も仕掛けもない
手慣れた感じでグルグルと肩に糸を巻き付けてくる。
程なくして、傷口は完全に糸で覆われた。糸が白いので、傍目には包帯を巻いているようにも見える。
「よし、これでいいだろう。後は薬が効けば、すっかり良くなる筈だよ」
「悪いな。助かった」
こいつがいなければ、左腕が使い物にならなくなるところだった。
構わないさ、とヨハンは爽やかな笑みを浮かべた。
「友を助けるのは、当然の事だ。それに……」
「それに?」
ちょっぴり嫌な予感がする。そういえばこいつ、任務だとか言ってなかったっけ。
「ここからは上からの任務の話になるのだがね、我が友よ。君にはある
なんだそりゃ。面倒くさい。
断る、と告げようとして。
グラリ、と視界が揺らいだ。
……なんだこれ? ……眠気か?
「あぁ、言い忘れた。先程の薬には麻酔効果も入っていたのだった。血も失っていることだし、我が友よ、今のうちにゆっくり休むといい。その間は私が君を護ろう」
勝手なことを抜かすな、と言おうとしたが、口がうまく動かない。相当強力な麻酔が入れられていやがったな。
固い床に倒れる。視界が暗くなり、意識が保てなくなってくる。
「我が友よ、束の間の休息だ。しばし休んでくれ。こうでもしないと……」
あぁ、クソッ……。なんだってんだ……。
「こうでもしないと、君は目を離した隙に死んでしまっていそうだからね。……我が友よ、この世界は最悪だよ。極悪で、醜悪で、その上に性悪だ。まったくもって、
ダメだ……、眠くて……。
「だから、我が友よ。どうか、昔の君に戻っておくれ。でないと……、本当に死んでしまうよ」
そうして僕の意識は。
深い闇へと、落ちていった。
*****
?????のナイトメア☆ガゼット
第16回 『土蜘蛛』
かつて大日本皇国において実在した、大きな蜘蛛の妖怪。鬼のような恐ろしい顔に長い八本の脚を持ち、糸で人間を搦めとって喰ったとされる。
伝説的な武将である源頼光によって退治されたと言われているこの大妖の名がつけられた腕輪は、使用者の体から自在に糸を出すことを可能にする。
ランクとしてはブロンズレアであり、本来、強力とは言い難いアイテム。しかし、使用者の類い稀なる技術によって凶悪な性能と化している。
どうやらこの土蜘蛛という呼び名は、単に妖怪の名前ってだけではないそうね。寄る辺なき、まつろわぬ民の蔑称だとか。
もしそうなら、ワタクシとしては少しこの土蜘蛛という呼び名に抵抗があるわね。
大きな存在に抗った、小さな者。少し、ほんの少しだけ、哀れだわ。
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