第6話 嘘02

 ささやかな誕生会が終わると春馬はシャワーを浴び、飲料水の入ったペットボトルを持って2階の自室へ向かった。スチールラックの上にペットボトルを置いてベッドへ横になる。机を見るとペンケースとタイピンが置かれてあった。



──そういえば、バットももらったんだっけ……。



 春馬は寛にもらった特殊なバットを思い出した。結局、『幽霊狩り』でバットを使うことはなく、車に置いたままだった。



──僕は幽霊を見て気絶した。何も覚えていないけど、夏実のことは鮮明に思い出せる……。



 春馬は夏実を想った。夏実が倒れたとき春馬は『奇怪な老紳士が夏実に触れた』と何度も大人たちに訴えた。だが春馬の話なんて誰も信じない。『妹が目の前で倒れたショックで幻覚でも見たのだろう』と、相手にされることはなかった。そうしていつしか春馬自身も老紳士の存在を忘れていた。しかし、今は違う。



──夏実の病状にはあの老紳士が必ず関わっている。もし、小夜さんや寛さんについていけば何かわかったんじゃ……。



 『幽霊狩り』を踏まえると可能性がゼロとは言いきれない。春馬は『デッドマンズ・ハンド』への誘いを断ったことを悔やんだ。



──どうして僕はいつも後になって気づくんだ。



 悔やむ気持ちは夏実を思い出すたびに大きくなる。春馬は後悔を嫌って強くまぶたを閉じた。そうして静かに眠りへ落ちていった。



×  ×  ×



 どのくらい眠っただろうか。春馬は暑さと喉の渇きで目が覚めた。ペットボトルを手に取り、一気に飲み干して喉の渇きを癒す。



──今、何時だろう……。



 スマホを確認するとちょうど午前1時を過ぎたところだった。涼しい風を求めて窓を開けると夏の夜風が頬をなでる。ふと、春馬は外へ出かけたくなった。特に理由があるわけではない。なんとなく夜の街を散策してみたくなった。



 両親の寝室は一階にあり、起きている気配はない。春馬は着ていたジャージとTシャツを脱ぎ、ジーンズを穿いてVネックのTシャツを着る。夏用パーカーを羽織はおると、財布とスマホをジーンズのポケットに押しこみ、クローゼットを開けてスニーカーを取り出した。



 春馬はベランダの柵を越えて家の屋根へ降り、そこから納屋なやの屋根、塀と伝って道路に飛び降りる。寝静まった住宅街にストッという乾いた着地音がこだました。



 街灯が照らし出す街並みに人影はない。ときおり、遠くの国道を走る大型車の走行音が聞こえてくるだけだった。とりあえず、春馬は近所のコンビニへと向かうことに決め、パーカーのフードを目深まぶかにかぶって歩き始めた。



×  ×  ×



 春馬はコンビニでアイスバーを買って近くの公園へ向かう。年季の入った小さなブランコに座り、アイスバーを咥えたまま夜空を見上げた。



 満天の星空。



 湿気を含んだ土の匂い。



 夜風にざわつく樹々きぎの葉。



 静けさは春馬の荒んだ心を癒してくれる気がした。静寂にひたっていると突然、隣のブランコがキィと音を立てて揺れる。



「はーるまっ!!」

「うわッ!!??」



 いきなり視界へ小夜が飛びこんできた。驚いた春馬は危なくブランコから転げ落ちそうになった。

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