第6話 嘘01
「ただいま」
春馬が帰宅したのは21時近くだった。玄関で靴を脱いでいると奥から母親が顔を出す。
「おかえり春馬。ずいぶん遅かったわね」
「今日は生徒会の手伝いがあって……友達のお兄さんに送ってもらったんだ」
「そうなの? 生徒会も大変ね」
「う、うん」
春馬は母親を心配させまいとして嘘をついた。生徒会の手伝いなんてしていない。母親は春馬を疑うことなく微笑んだ。
「お母さんとお父さんも夕食がまだだから一緒に食べましょう」
「え、待っててくれたの?」
「当たり前でしょ。今日は春馬の誕生日なんだから」
母親は張り切って答える。やがて、春馬が手を洗ってリビングルームへ入ると家族での誕生日会が始まった。
「どうだ春馬。高校は順調か?」
春馬の正面に座る父親が尋ねた。
「うん……生徒会の手伝いが始まって忙しいけど順調だよ。それに……今日、女の子に告白されてデートに誘われたんだ」
「本当か!? どんな子だ?? スマホに写真とかないのか??」
「……あるよ」
「ちょっと、お母さんにも見せて!!」
春馬はスマホを取り出して小夜の写真を見せた。
「美人さんじゃないか!!」
「本当に素敵なお嬢さんね。今度、お母さんにも紹介してちょうだい」
「う、うん……」
春馬は今日も両親に嘘をついた。それは何度も繰り返される慢性的な
みんなに
──いつからこんなに嘘をつくようになった?
春馬はぼんやりと食卓に視線を落とす。そこには春馬と両親の食事が並んでいる。本来であれば夏実の食事も並んでいるはずだった。
春馬の妹、
──そうだ。夏実が入院してからだ……。僕は父さんと母さんに余計な心配をかけたくないから、すべてが上手くいっていると嘘をついたんだ。
そう思うと同時に心の中でもう一人の春馬が声を上げる。もう一人の春馬は激しく自分自身を糾弾した。
──本当にそれだけか? 虚栄心で嘘を並べ立てただけだろ? 誰も理解しようとしてくれない、からかわれてばかりの高校生活。少しでも
違う!! と、打ち消したくても打ち消せない心の声。春馬の箸が止まると母親が心配そうに声をかけた。
「どうしたの春馬。大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。なんでもない」
「そう? 顔色が悪いわよ……あ、そうだ」
「何? 母さん」
「春馬は今日が誕生日でしょ……ハイ、誕生日プレゼント」
母親はテーブルに包装された二つの箱を置く。そして、プレゼントを開けるように急かした。
「17歳おめでとう!! さあ、開けてみて!!」
「う、うん……!?」
誕生日プレゼントは高級筆記具メーカーのボールペンとタイピンだった。春馬が驚いていると、ずっと黙っていた父親がおもむろに口を開く。
「春馬もそういう物を持っておいた方がいい。大人になるための準備だ」
「お父さんね、タイピンを選ぶのにとても悩んだのよ」
「お母さん、余計なことを言わなくていいから……」
父親が照れ臭そうに笑うと母親も笑顔になる。二人とも春馬を心から祝福していた。
「父さん、母さん、ありがとう。大事にするよ……」
春馬は精一杯の笑顔で喜んでみせる。そうすることが最大限の親孝行だと考えていた。
──まるで、最初からずっと三人家族だったみたいだ……。
春馬は胸が苦しくなった。家族の間で『夏実』の名前が出ることはない。それでも春馬は知っている。
母親がパート帰りに必ず病院へ立ちよって、夏実の手を握りしめながら涙していることを。
父親が夏実の映るホームビデオを真夜中に一人で何度も見ていることを。
両親は計り知れない悲しみと苦しみを抱えている。二人の苦悩は夏実が眠り続けているかぎり延々と続く。そして何より、家族に一番会いたいのは夏実のはずだった。
──どうして僕や家族がここまで追いこまれなきゃいけないんだ? もし、夏実の昏睡が
春馬は『
──夏実を昏睡させたヤツがいるなら僕は復讐したい。そう、復讐してやるんだ。
春馬の瞳が憎しみに染まり、心の奥底で
──徹底的に痛めつけて、僕の家族に手を出したことを後悔させてやる。
春馬は口に入れた食べ物を必要以上に噛み続ける。暗い感情を押さえこみ、楽しそうに笑顔をつくった。両親は息子の異変に気づかない。一家の団欒はいつまでも続いた。
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