第5話 勧誘

 小刻みな振動で春馬は目を覚ました。気がつくと車の後部座席に横たわっている。目は覚めたものの身体は重く、意識も混濁こんだくしていた。


 

──な、何が……どうなったんだ?



 『宿やどおんな』と対峙して夏実なつみとの思い出がよぎったところまでは覚えている。しかし、そのあとの記憶が曖昧だった。いったい何があったのかまるで覚えていない。起き上がろうとすると軽く頭痛がした。



「う、うぅ……」



 春馬が小さくうめくとハンドルを握るひろしが声をかけてくる。



「おや、目が覚めた? 大丈夫かい?」

「……ハイ」

「今日は大変だったねぇ。家まで送っていくから住所を教えてよ」

「えっと……暁烏あけがらす町7番地、白樺公園のコンビニの近くです……」



 春馬は答えながら車外へ視線を向けた。車はすでに鍵屋かぎや市内まで戻っている。見慣れた景色にホッとしていると再び寛が話しかけてきた。



「春馬君、デートはどうだったかな? 刺激的だったろ?」


──あ、あれがデート!? 怪物を相手にするのが!?



 春馬は面白そうに尋ねる寛に腹が立った。目を閉じるとまぶたの裏に『宿り女』の面影がチラつく。



「あの……僕のところに出た怪物はどうなったんですか?」

「春馬は覚えてないの? あいつは……」

「俺と小夜さやで倒したよ♪」



 小夜が説明しようとすると寛が割りこんでくる。しかも、『宿やどおんな』を倒したのは自分たちだと嘘をついた。小夜が戸惑っていると寛は「話を合わせろ」と目で合図を送る。



「二人がかりだから楽勝だった。そうだろ? 小夜?」

「う、うん。わたしと兄さんで倒したから安心して……」

「そうなんだ……よかった……」



 春馬は自分で『宿り女』を倒したことを覚えていない。寛は大事な部分を隠したまま話を続けた。



「凄かったよ。部屋のなかで爆発が起きたみたいになったんだ。窓ガラスとか派手に飛び散って……管理人さんに説明するのが大変だったなぁ」

「あんな怪物を倒すなんて、寛さんも小夜さんも凄いですね」



 春馬は怒っていたことも忘れて二人に感心する。そんな春馬を小夜はバックミラー越しにチラチラと何度も見た。



──春馬はどうやって『宿り女』を倒したの?



 小夜は春馬が『宿り女』を倒す瞬間を見ていない。玄関の曇りガラスが吹き飛ぶのを見て慌てて戻ったが、部屋のなかには春馬が倒れているだけで『宿り女』の気配は微塵みじんも感じられなかった。



──確かに『宿り女』の断末魔は聞こえた……でも、いったい何が……。



 小夜が疑問に思う一方で、寛は上機嫌そのものだった。



「春馬君、来るときも言ったけど……俺と小夜は幽霊や妖怪を倒す組織に所属しているんだ。人間様に逆らうバケモノたちに裁きの鉄槌を!! 超クールな組織『デッドマンズハンド』!! 春馬君は興味ないかな?? 入ってみない??」



 寛は饒舌じょうぜつになり、商品でも宣伝するように勧誘する。



「『デッドマンズ・ハンド』に入って俺や小夜と一緒にまた『幽霊狩り』をしようよ!! きっと、春馬君も楽しめるさ!!」

「そんな、僕は……何も……できないし……」



 春馬は眉間みけんに皺をよせて困り顔になる。寛と話しているだけで『宿り女』の恐怖がよみがえってくる気がした。



「僕は……遠慮します……」

「そっかぁ~残念だなぁ~♪」



 大袈裟に誘ってきたわりに寛はあっさり引き下がった。だが、その顔はなぜか落胆していない。予定通りとでも言いたげでニヤニヤしている。やがて、車は閑静な住宅街の一角で止まった。



「送ってくれてありがとうございました。小夜さんも、今日は声をかけてくれてありがとう……」



 春馬は素直にお礼を言った。とても怖い思いをしたが『小夜に誘われた』という事実が恐怖をかき消すほど嬉しかった。



「別に、感謝されることなんてしてないよ」



 小夜は素っ気ない態度で応じる。本当は騙したことを謝りたかったが、きっかけをつかめないまま時間だけが過ぎていった。



「それじゃあ、失礼します」



 春馬は頭を下げて足早に家路へつく。すると、後ろから小夜の呼び止める声がした。



「春馬、ちょっと待って!!」



 振り返ると車から降りた小夜がスマホを片手に歩いてくる。



「ねえ、連絡先を交換しよう」

「え!? ぼ、僕と!?」

「他に誰かいる?」



 小夜は髪を耳にかけながら視線を外す。気恥ずかしそうな仕草を見て春馬は慌てた。



「そ、そうだよね。ちょ、ちょっと待って!!」



 春馬は制服のポケットをさぐるがスマホが見当たらない。親しい友人もなく、特に趣味もない春馬はスマホをスクールバッグのなかに放置したままだった。



「僕は動画も見ないし、ゲームもあまりしないから……」



 言いわけを並べながらやっとスマホを取り出してみたものの、今度は初めてのアドレス交換に手間取った。



「えっと……どうすれば……」

「もう、ちょっと貸して」



 小夜は春馬からスマホを取り上げ、自分のスマホと見比べながら手際よく操作する。



「はい。終わったよ」

「ありがとう……えっ!?」



 春馬が渡されたスマホの画面を見ると番号のほかに小夜の写真も表示されている。写真では制服姿の小夜が砂浜で微笑んでいた。見入ってしまうほど明るく、爽やかな笑顔だった。



「小樽にいったときのヤツ。可愛いでしょ」

「う、うん。でも写真まで……いいの?」

「まあ、自意識過剰かもだけど友情のあかしってことで。ネットに流したり加工したら警棒を使うから」

「そ、そんなことしないよ!! あ、僕の写真もいる??」

「イラナイ」

「そっか。そうだよね……」



 小夜が即答すると春馬は恥ずかしさを隠すように苦笑いを浮かべる。そして何度もスマホの画面に視線を落とした。



「僕なんかと連絡先を交換してくれてありがとう」

「やめてよ。そういうの」



 小夜は呆れるように笑いながら車へ振り返る。運転席では寛が退屈そうに欠伸あくびをしていた。



「じゃあ、兄さんが待ってるから行くね」

「うん。小夜さんまたね」

「……ねえ、春馬」

「?」

けど……じゃあね」

「う、うん」



 小夜は意味深な台詞せりふを残して車に乗りこむ。テールランプが遠ざかるのを確認した春馬はスマホの画面を開いた。指をスライドさせると写真の小夜がこちらに微笑みかけている。



「小夜さん……」



 春馬はぎこちない笑顔で写真を見つめていた。



×  ×  × 



 小夜が車に戻ると寛はエンジンをかけながらニヤリと口の端を上げた。



「小夜、お前のことだから写真も渡しただろ」

「……」

「お前は学園の女王様だからなぁ。女王様のプライベート写真を持つ春馬君は誰もからかえねぇなぁ」

「……」

「俺の妹は律儀だねぇ。騙したお詫びのつもりか? それとも憐れみか?」

「兄さんやめてよ。それより……」



 小夜は寛を睨みつける。



「どうしてあんな嘘をついたの?」

「嘘?」

「わたしたちで『宿り女』を倒したって……答えて」

「ああ、あれね……」



 小夜が強く尋ねると寛は面倒くさそうに答えた。



が言った通り春馬君の力は本物だった。だが、当の本人は自分の能力にまったく気づいていない……好都合じゃねぇか。自分の価値に気づいていない人間の方がコントロールしやすいんだよ。小夜も今にわかるさ」



 寛には思惑があるのだろう。不敵に笑ってアクセルを踏みこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る