11 Get closer with the dragon


 戦いはペロンヌ要塞の南西部──城外を南から北へと流れるソンムの河畔から始まった。

 先ずは城郭の外側で迎え撃つことを決めていたナターリエ・ヘルナー少佐は、このソンムの流れが市街区を隔てる左岸部の最前線にガ軍のFPA〝パラディン〟を集中的に配備し、その後方に、三軍から集めた中・重迫撃砲を集中的に配置している。

 そうして駐屯守備隊の12機の〝パラディン〟が、それぞれに重機関銃オチキスを持つ6機からなる戦列グループを2列構築した前方の荒野に竜の群れが現れるや、それは始まった。


 最初の砲声は正面より接近してくる竜の戦列に向けられたもので、6機の〝パラディン〟からなるガ軍戦列の後方から、重迫撃砲の放つ榴弾が次々と放り込まれていく──。

 数分間にわたる全力砲撃により、大量の榴弾が竜の群れの中で炸裂することとなった。

 地上に、たちまち〝地獄絵図〟が出現する。

 炸裂した膨大な量の弾殻の破片が、竜どもの四肢を吹き飛ばし、あるいは内臓を切り裂くと、断末魔の竜の咆哮が耳をつんざく。猛烈な爆炎と爆風が周囲の土を焼き、巻き上げていく。

 その光景は、戦列のわずか100mほど先で展開していた。

 余りにも味方戦列の近縁に照準されていたため、幾らかが〝パラディン〟の周囲にまで爆圧を広げることとなったが、第6世代譲りの重装甲は、それをものともしなかった。

 やがて弾幕が途切れた。

 濛々と上がった噴煙が視界を遮っていたのだが、やにわにその煙の中から〝影〟が飛び出てきた。


 それはもちろん、竜だ。

 前列の〝パラディン〟が手にする重機関銃オチキスが、一斉に火を噴いて迎えた。


  *


「ソンム左岸で竜の第1陣が射爆域を突破……前列が接敵した」

 指揮統制車の中でアイナリンドは、空子標定機ロケーターの表示盤に映し出される戦況を、傍らに立つナターリエ・ヘルナー少佐へと報告した。

「予定通り遅滞戦術に徹する。後方の迫撃砲には第2波の準備を──」

 ゲールの軍人であるナターリエは、もはや魔法じみているとさえ感じるこのイングレスの最新兵器──空子標定機ロケーターの能力とその可能性に内心で感じ入っていたのだが、そのことはおくびにも出さなかった。

 アシュトン博士は〝この新兵器〟のことを何も伝えては来なかったが、これを本国に搬送することができなかったのは失敗であったと思う。間違いなくこれは、今後の〝戦い方〟を刷新する、画期的な発明だろう……。

 そう確信したナターリエであったが、差し当たってはペロンヌの防衛に徹せねばならない。彼女の指揮に、ゲール、イングレス、ガリア、3つの軍を合せ、約400名の生命いのちがかかっている。


「前線航空部隊との通信は?」

 そう確認をされたのはアイナリンドの隣に座ったグレースだった。金髪碧眼の幼い貌が頷いたのにナターリエは頷き返すと、今度は運転席に座るドゥミ伍長の方を向き命じた。「──前線見える位置まで前進する。やってくれ」

 ドゥミが目を白黒させて振り返るのを無視して、ナターリエは制御盤の上のヘッドセットを掴んだ。

「──私は銃座に上がって指揮を執る。アイナリンド連絡官、この場の管制を頼む」

 そうアイナリンドの背中に言い残すと、情けない顔のドゥミにもう一度頷いて返したナターリエは、梯子タラップを露天銃座へと昇っていった。


  *


 ソンム左岸。

 接敵した前列──6機の〝パラディン〟は、それぞれの弾倉が空になるまで重機関銃を撃ち続けると膝を上げた。後は反転し全力で後退する。

 するとそのタイミングで後列の6機が射撃を開始した。そして前列を援護しつつ射撃域を後退させる。前列はその間に弾倉と銃身を交換しつつ、後方に新たな戦列を敷いて待受ける──。

 ガ軍の駐屯守備隊は、この遅滞行動を整然と4回にわたり交互に繰り返した。

 4回目の戦列交代に至っては、重迫撃砲の第2波が第1陣の後続を捉える中、その爆風・爆圧に晒されながらの突撃破砕射撃となり、第6世代機の名残りを留める〝パラディン〟の重装甲なればこその戦術行動であった。


 その戦列の中、在りし日のガリア戦列機甲兵の雄姿を思い起こし感無量のトゥーサン・ドナシアン曹長の目が、迫撃砲の第2波による噴煙が収まった後の戦場を右へ右へと回り込むように機動する友軍のFPA──左肩を紺碧に染め上げた〝パラディンAZURアジュール〟──の姿を捉えている。


 それはベルナール・ロラン上級軍曹の駆る〝パラディンROME/AZUR〟だった。


  *


 ベルニの〝パラディン〟は、駐屯守備隊のペロンヌ城塞南堡塁への退路を確保するため、竜の意識を反対側へと向けるべく西へと廻り込んでいく。

 時折立ち止まり、ベルニはその手の重機関銃オチキスを放った。

 やがて銃撃に反応した竜が何匹かで群れて近付いてくる。ベルニは〝パラディン〟を〝走りらせながら〟それを撃ち、竜の群れを西へと誘引する。

 ROME──運動性向上の改修──によって強化された足回りと膂力パワーが、それを可能とさせていた。ベルニの機体以外の〝パラディン〟にはとても無理な機動だった。


 だからベルニは、竜の戦場の中、単独でこの危険な行動をしている。

 目論見通り、竜が、集まり来つつあった──。


  *


『──陽動中の右翼より戦列中央へ、〝所定の通り、城塞南堡塁へ後退されたし〟、……以上オーバ

 通話機から漏れ聞こえてきたベルニのその声に、グレースはちらと隣の空子標定機ロケーターの表示盤に一瞬だけ視線を走らせた。

 そこに彼女は、ガ軍本隊──中央戦列から1機だけ離れて戦場を移動するベルニを示す光点を見て取ったが、もう次の瞬間には自らの仕事──作戦のタイムテーブルの確認・指示──に戻っている。


 グレースは〝グレムリン〟を降ろされた。

 いまのグレースは〝戦力〟にならない。それが小隊長ロジャーの下した判断で、彼女の〝グレムリン〟は、彼女のために自分の機体を半壊させたロイへと回されている。

 ──それは正しい判断だと思う……。

 いまの自分は、仲間の足を引っ張るだろう。


 グレースは、自らの手でベルニを援護できないことにもどかしさを感じつつも、突きつけられた現実を受け入れ、アイナリンドの補佐に徹することにする。

 いまは〝やるべきこと〟に集中するべきだと…──。


  *


 同じ頃──。

 ソンムの右岸側でも状況が動いている。


 竜の主隊はこのソンム右岸──街道とペロンヌ上流側ソンム河畔との間──を北上してきた。

 この地点の防衛を担当したのはゲール国防軍の精鋭、第808特殊任務 教導中隊とイ軍コマンドスの〝子供たちハーフリング〟である。

 幅1㎞程の狭い地域を埋め尽くすように〝進軍〟してきた竜に対しゲ軍は、南東に伸びる街道と、南へ続く河沿いの通りのそれぞれの起点に20ミリ機関砲を配置し、それらを結ぶ線上には、そこに点在する廃屋にFPAの散兵線を敷いて待ち受けた。


 初手は、ソロモンソリーとゲ軍教導中隊の〝選抜射手マークスマン〟による、強個体種の竜への狙撃であった。

 ──ソリーはこの時、グレースの狙撃銃を引き継いで、ゲ軍教導中隊の〝選抜射手マークスマン〟で編制された臨時の狙撃班の中に組み込まれている。

 その臨時の狙撃班は、視界の中に強個体種の竜の姿を認めるや即座に発砲をした。

 とりわけソリーとゲール国防軍テオ・グルントマン特務曹長の戦果は目を見張るもので、二人は最初の1分間に、交互に6匹ずつの竜の頭を一度も仕損じることなく射貫いている。

 これは狙撃班と右岸の散兵線の士気を大いに高めたのだった。



 狙撃によって相当数の強個体種の排除に成功した右岸側だったが、この時点ではまだ両翼に配置した機関砲は沈黙している。竜主隊の群れが狙撃班の発砲炎マズルファイアめがけて殺到していくのを、一旦は息を潜めてやり過ごしたのだった。

 そして竜の先鋒が中央部前面の突撃破砕線に達するや、中央部の射撃に呼応して猛射を開始した。

 ソンムの右岸にも、竜の体液と硝煙の臭いの混じる〝地獄絵図〟が出現したのだった──。


 その地獄の中をイヌが駆けた。

 第808特殊任務 教導中隊の中に在ってイ軍コマンドスの〝ゴブリン〟に偽装されたFPAを駆る彼ら第1小隊〝ケルベロスツェルベルス〟は、一つの分隊が3機1組ケッテの一糸乱れぬ機動で戦場を駆け、互いを巧く援護しつつ、手にする50口径フィフティー重機関銃キャリバー──元はイ軍の装備だ──の重い銃弾で周囲に竜のむくろを積み上げていく。


 第2分隊長のヘルフリート・ヘルマン准尉は、この日だけで少なくとも60匹は数えることになったろう〝戦果〟に満足の笑みを浮かべていた。

 ──そうだ。これでいい……。

 この地獄に、彼は満足している。竜を平らげるのに理由は要らない。


 ヘルマンには苦い記憶がある。

 ──数年前、ガリアとの国境の先で〝ロラン〟という小さな村が竜に襲われたことがあった。

 当時、国境を警備する小隊にいたヘルマンは、知った顔も多かった村人が竜どもの餌食となっていたそのとき、後背に予備部隊のない状況の中で下された警戒態勢を維持せよとの命令に従って、結局、何もすることができなかった……。

 全てが終わった後の村には、密かに好意を抱いていた亜麻色の髪の少女の姿も、彼女の弟妹の姿もなかった。

 その後はずっと無力感に苛まれている。だから兵役の明けた後も軍に残ることを選択し、竜を狩る実動部隊に志願した。

 以来、竜を殺し続けている。この先もずっと殺し続けていくだろう…──。


 そんな追憶がぎる中で、ヘルマンは視界の端に〝青白い竜〟を認めた。

 そいつはまるで戦況を推し測るように、その冷たい単眼で戦場を見渡していた。


  *


 ペロンヌで地獄が出現していたその時──。

 ナタナエル・ポネット曹長相当官が操縦桿を握る大型水上機〝侯爵夫人ラ・マルキーズ号〟は、ペロンヌとシェルブールを結ぶ直線のちょうど中間の辺りを飛んでいた。

 隣の席にはマーガレットデイジー・アップルビー中尉が、少し疲れたふうな表情で押し黙っている。


 出発が遅れたのは給油に手間取ったからだった。

 今朝方の発表を受けてシェルブールの港湾はイ軍の管理下に置かれることとなり、航空燃料はほぼ全て軍が徴集していた。

 ガリア軍の軍属であり取引のあったポネットの〝顔〟をもってしても話は通らず、「入れろ」「無理です」「いいから入れろ」「無理なんです」の押し問答が繰り返された。結局、業を煮やしたデイジーが職権で強引に供出させたのだ。──恐らく、デイジーは戻れば軍法会議にかけられる……。

 離水してからずっと彼女は押し黙っていた。ポネットが言葉を掛けるべきかタイミングを計っていると、それに気付いた彼女は視線を向けてきた。

 それでポネットは話の呼び水を向けた。


「随分と強引でしたね……中尉」

「〝中尉〟はいいわ」

 デイジーは、ポネットの呼び水に素直に乗ってきた。ポネットは普段のままの自分で行くことにした。

「あー……じゃあアップルビー?」

 悪びれずにそう言ってきたポネットに、デイジーは面白くもなさそうに応えた。

「マーガレットよ……」 言いしな、ふと思い出したふうに付け加えた。「──メグとかマギーはやめてちょうだい」

「じゃ、デイジーだな」

「…………」 いよいよ馴れ馴れしくそう言ったポネットに、デイジーは何かを諦めるふうに言う。「いいわ。あなたには借りもできたことだし」


 そんなデイジーに、ポネットは笑みを向けて言う。

「随分と入れ込んでるんだな……〝子供たちハーフリング〟に」

「何が言いたいの?」

「いや。軍法会議を覚悟してまで、と言うのがアンタらしくないような、いや、むしろアンタらしいような…──」

 ポネットの揶揄するようなその表情に、デイジーは露悪的に、挑発的な微笑で応えてみせる。

「そうね…──永く生きていると、自分でも自分のことがよくわからなくなるときもあるのよ」

「…………」

 またしても〝一本取られた〟形のポネットだったが、彼は懲りることなく続けた。

「可愛げないなー……素直じゃないと言うか…──子供たちyour childだって怖がって、誰も近付いてこないだろう? それじゃ」

 さすがにこれには、デイジーの頬が真っ赤に染まった。

「わたしはまだ一度だって出産したことはないわよ‼」

 そうデイジーの頭が勢いよくこちらを向くのを、ポネットは笑いを噛み殺して見返した。

 デイジーは揶揄われたことにいよいよ顔を赤らめて、ぷいと目線を逸らせてしまった。

「若いなー」 ポネットはくくっと咽喉を鳴らす。「──君は確かに人間の俺よりは長く生きてるだろうけど、エルフとしてはやっと成人に達した大人になったばかりなんだろう?」

 今度はデイジーが黙らされる番だった。


「…………」

 正面の風防ガラスを向き、腕組みをしてやっと体裁を整えるデイジーを、ポネットはこれ以上揶揄うのをやめて言った。そろそろ目的地に降りるための準備に入らねばならない。

「それで……そろそろピカルディ地方に入ったが、ベルニたちとはどうやって連絡を取る?」

「必要ないわ」

「は⁉」

 まだ拗ねるのか、と高度を下げる手を止めて副操縦席を見たポネットは、そこにデイジーを見た。彼女は、常の──邪気のない──傲慢さを湛えた横目を返して言う。

「必要ないの…──あの子たちグレースとロイなら〝わたしが来たこと〟を感じ取るわ」

 人智の外の力──エルフの異能のことを言っているのだろうか……。

「……はぁ」

 ポネットは、今度ばかりは〝参りました〟というふうに後の言葉を飲み込んで、手にした操縦桿をゆっくりと押し込んだ。

 その操作で〝侯爵夫人ラ・マルキーズ号〟の機種がわずかに下がり、高度を下げていく。


  *


 一方、戦場のペロンヌ──。

 ソンムの左岸側では駐屯守備隊の〝パラディン〟が、1機も欠けることなく城塞の南側堡塁に到達していた。彼らは唯1機で陽動のために残ったベルニの帰還を援護するため、城門の左右に防御陣形を敷いて待った。


 そのベルニは城門からかなり遠く離れていて、周囲を十重二十重の竜に囲まれた状況の中、足を止めていた。


 ソンムを隔てた右岸側に進出していた指揮統制車の中のグレースは、その様子を空子標定機ロケーターの表示盤の中に見て取った矢先に、微かな──デイジーの呼び声──を感じたのだった。


「──来た……」


 同じくをロイも感じている。

 ロイは目の前の2匹の竜を7.7ミリヴィッカースの一連射で退けると、〝グレムリン〟に西の空を見上げさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る