第10話

 死神さんがお仕事を終えて眠りについた朝、花憐はさっそく掲示板で話してみたい人を探してみることにした。


「お互いに話すなら、やっぱり年齢が近い人との方がいいよね……」


 そうしてしばらく探していると、aoという名前の人が見つかった。高校生とあったので、話してみないか、という誘いをしたところ、ほどなくして了承の返事が来た。


『こんにちは、Karenだよ。話し相手になってくれてありがとう』


『いえいえ、こちらこそ。死神さんに、他の人とも話してみるように勧められたので、ちょうどよかったです』


 ネットでも敬語を使う人なんだ、と花憐は思い、ネット内は敬語の方がいいのか聞いてみた。


『ネット内のチャットとかでも敬語の方がいいのかな?』


『はい、初対面の方ですから、敬語の方がいいかと。あ、僕にはタメでいいです』


 今度からは初めて関わる人には敬語で話そう、と決めた花憐だった。


『あの、このサイトにいるってことは、その……死にたいから来たんだよね?』


『はい、そうです』


 現実世界のao、もとい荻原碧は、どんよりと暗い、空が雨雲で満たされたような顔つきをしながら肯定のメッセージを送った。


『そうなんだ。どうして?』


『……居場所がないからですかね』


『居場所がない?』


『そのままの意味ですよ、僕が必要とされている場所も、居ていい場所もないんです』


『それはどうして?』


『どうして、って……何もできないからですよ。勉強も運動も、得意なことだってないんです。だから、必要ともされないし、親からでさえ鬱陶しいと思われているんです』


 あまりにも分からないKarenに碧は少しイライラしていた。自殺願望がある人は、みんなそうやって絶望しているから死にたいと願うものだと思っていたからだ。だから逆に聞いてみることにした。


『Karenさんは、どうしてこのサイトに来たんですか?』


 この問いが来たとき、花憐は少し不安に思った。また、素直な気持ちを言えば、離れて行ってしまうかもしれないと思ったから。aoさんと自分がこう思うようになったきっかけは、違うというより、全くの正反対だったから。でも、素直に言ってみることにした。


『つまらないから』


『つまらないんですか?』


『うん、嫌みって思われるかもしれないけど、私って何でもできるの。勉強も運動

も。他の人からも愛されていると思ってる。それで、何不自由ない毎日が、つまらなくて仕方がないの。早く、この退屈な箱から出たいと思ったから』


 ここまでいえば、嫌われるだろうと思っていた花憐だが、


『そうですか、教えてくれてありがとうございます』


 という変わらない態度と言葉に驚いた。どうせネット上だから変わらないだけだろうとは思ったものの、少しの希望にかけて聞いてみた。


『びっくりした、今の話を聞いて嫌いになったりしないの?』


『どうしてですか?』


『だって、aoさんと私の死にたい理由が真逆すぎて、それで嫌みに捉えられて嫌われ

るのかなって思ったから』


『……なにも思うところがなかったわけじゃあありませんし、少しは嫌に思いましたよ』


 実際、碧はメッセージを打ちながら涙目になるくらいにはくやしさを感じていた。


『ただ、もうそういうものなのかなって。そういう理不尽で不平等なこともあるのかなって、自分の中で整理できたので。ただそれだけです』


『そっか、ありがとう』


『ただ』


『ただ?』


『僕が死にたいと思うことには変わりがないです』


『……そう、私も、変わらない』


 『そうですよね』


『うん』


『……今日は、このあたりで終わりにしてもいいですか』


『うん、わかった』


『ありがとうございました。また……明日、もしよければ』


『喜んで。じゃあ、また明日ね。お疲れ』


『お疲れ様です』


 こうして、花憐と碧が出会った一日目は、死にたいのにまた明日っていうのも変だな、という違和感を残した以外の心情の変化をもたらさなかった。

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出来損ないの死神さん 葉月 僅 @karasudaki_ruiha

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