第6話
「—―――永遠の愛を誓いますか?」
死神とは無縁にも感じられる、真っ白な壁でおおわれている教会の中に、神父様の言葉が響く。
魂に残っている、生きているうちで印象に残った出来事の端々が見えるのは、死神の特権でもあり、呪いでもある。生きていた者の幸せをもらい、苦しみを受け継ぐからだ。
現に、死神さんの同僚の一人も、苦しめられてしばらく休んだことがあった。
その同僚を見ていて、優しい奴だな、程度の他人事としか捉えなかったのだが。
今いるこの空間も、あのおばあさんの魂の記憶だ。
「誓います」
「……誓います」
自信と活気に満ち溢れた瞳を花嫁に向けているのは隣にいたおじいさんだろうか。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬をピンク色に染めているのは、言うまでもなくおばあさんだろう。
幸せがその空間に凝縮されているかのような、本当に、本当に幸せな空間だった。
と、その空間が遠ざかっていき―――――
今度は、あの家の縁側の風景だった。
「ねぇ、みて!おかあさん!きょうは、『ははのひ』だから、これ、プレゼントっ」
可愛らしい顔をした女の子が、おそらく自分で摘んできたのであろう花を誇らしげに母親に見せていた。父親から教わったと思われる『母の日』という特別な日にあげたかったのだろう。
「わあ、綺麗なお花。ありがとう」
おかあさん、と呼ばれた女性はとてもうれしそうに微笑んだ。
「教えたの、俺だから」
と、少し自慢げな顔をして父親も会話に入ってきた。
幸せそうな家族だった。大変なこともあったのだろうが、魂に残っているのがこの記憶なら、満足だろう。
――――――またその映像が遠ざかっていく。
コーヒーの、何故か心が休まる香りがリビング一帯に広がっている。
そのリビングのテーブルに、夫婦が向かい合って座っていた。
もうすぐ死にそう、という歳には見えないが、先ほどの記憶よりはだいぶ歳を重ねていた。
「ねえ、あなた」
「なに?」
「私が先に死んだら、どうしますか?」
「そんなの……悲しいと思う。悲しくて悲しくてどうしようもないけど……また俺は、いつものように朝コーヒーを淹れて、本を読んだりするんだと思う」
「そうですか」
女の人は、安堵してゆっくりと微笑んだ。
「なんで、そんなこと聞くんだ」
「後を追いかける、なんて言われたら死ぬに死ねないからですよ」
「出来ればそんなことは想像なんてしたくないから言わないでくれ」
と、両手を握りながら男の人は言った。
「もう言いませんよ、ごめんなさいね」
と、今度は困ったように笑いながら女の人は謝った。
―――――――――――。
死神さんがはっとして辺りを見回すと、おばあさんが息を引き取ったところだった。
「……おじいさんは、おばあさんの身の回りの整理が終わったら、またコーヒーを淹れて、本を読んで過ごすのかな。でも、たぶん、きっと」
声こそは聞こえなかったが、おじいさんは、おばあさんにあの質問をされたとき、一人で泣くだろう、と目で言っていた。
「……泣いて、悲しむんだろうな」
そう思ったら、人の命の価値が死神さんの中で少し変わった気がした。
今まで、あまり周囲の人に悲しんでもらえるような生き方をした人に出会ってこなかったからかもしれないが、唐突にニンゲンの魂が儚くて尊いものに思えてきた。
(……そうだ、この仕事は慣れてはいけない。せめてぼくだけでも……その尊い命を自ら手放そうとする人を救わなくては)
これが、周囲に『出来損ないの死神』と呼ばれる死神さんの生まれた日だった。
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