第23話情報ギルド『無欲の語り部』

 戦いから一夜明け、里内は建設・木工ギルドの者達が集まり、里の者達と一緒に復興作業を行っていた。 


 ハヤテの案で民間人は戦闘前に避難していた事もあり、被害は建物だけなのがよく、家や店を壊された者達もしょうがない、そう思いながら周りの力を借りて修理している。 

 戦いから遠ざかったといえど、そこは隠密ギルドの隠れ里の住人。覚悟などはしていたようで、手伝うものや店を開く者達で賑わいを消えていないのも、このギルドの強さだった。


♦♦♦♦


 そして里内がそうなっている頃、屋敷ではステラが布団の中で目を覚ましていた。


「……ん。あれ……朝?」


 まだ重い目蓋を開き、知らない天井を見上げながらステラはゆっくりと上半身を起こした。

 

(……いつ眠ったのでしょうか?)


 かなりの疲れからか、ステラは昨夜、自分がいつ寝たのか覚えていない。

 それどころか自分の足で屋敷に戻った記憶もなく、寝間着も自分のではなく薄い浴衣を着ており、着替えた記憶もないステラが辺りを見下ろすと、自分のドレスがすぐそばに綺麗に掛けられている事に気付いた。


 そのドレスはルナセリア王族に長年に渡って防具やドレス等を卸している仕立て屋の店主が、わざわざエルフに頭を下げて協力してもらい作ったドレスであり、見栄えだけではなく防御力も高い。

 しかも入念にステラ自らが保護魔法を使っているので、ドレスには匂いも汚れも付かず、洗濯する手間も省けるのだから尚も良い。


――だが、ここでステラはある疑問を抱く。


(……自分で脱いだんでしょうか?)


 寝ぼけた頭でも捨て置けない所はある。

 誰かが脱がし着替えさせ、布団に寝かせてくれたのだろうと予想は出来るが、ステラは嫌な予想をしてしまった。


「もしかして……レイン?」


 可能性、あくまでも可能性。

 しかし女風呂に護衛の為に目隠しして入ろうとしたレインだ、着替えさせた可能性が無い訳ではない。

 そしてきっと無表情で何とも感じずに着替えさせたのだろう、その光景が予想できて女として少しショックでもあるが、ステラはその考えを必死に否定する。


(な、なにを考えているんですか私は!? レインは必死に戦ってくれているのに、そんな事を考えるなんて!)


 両手で顔を覆い、必死で考え直そうとするステラ。

 普通に考えれば鈴とかやってくれたと思え、ステラはそう思う事にした。一番可能性の高い方に賭けた。

 胸の下着も脱がされており、これで着替えさせたのが異性ならば、もう夫を迎える事も、妃にもいけない。


「うぅ……誰か真実を教えてください」


 一体、昨夜の戦いから今に至るまで何があったのか。ステラは、それを教えてくれる存在を求めた時だった。

 廊下から部屋に近付いてくる足音に気付き、扉の方を向いたと同時に部屋の扉が開かれる。


「あっ! ステラ起きたのね!」


 扉を引いて入って来たのは鈴だった。

 昨夜のくノ一衣装ではなく、和服に身を包んでおり、湯呑やお茶を載せたお盆を持ちながら入室。

 その姿を見た瞬間にステラは安心し、素早く鈴に抱き着いた。


「すずぅ~!! 昨夜から私どうしてたんですか! 一体誰が私を着替えさせてくれたんですか!!?」


「お、おぉ……話してあげるから、まずは落ち着こうね」


 実際は泣いてはいないが、まるで泣き叫ぶように抱き着いてきたステラに鈴は、圧倒されながらも、お盆を落とさずに説得する。

 するとステラは鈴から離れると同時に、戸から漏れる外の様子が耳に届いた。  

 

 木材をトンカチで叩く音や、人々の忙しくも明るい声だ。


「戦いが終わったのは夜なのに、朝から皆さん、もう里の修繕を行っているんですね」


 昨夜の戦いからすぐなのに、もう皆で協力して里を直している事にステラは里の結束や信頼、そして強さを知った様に塀の外からの声に嬉しそうな表情を浮かべる。

 だが、そんなステラに鈴は苦笑しながらお茶の準備をしていた。


「あはは……違うのステラ。じつは、もう朝じゃなくてお昼なの」


「えっ……?――えぇっ!! もうお昼なんですか!?」


 ステラは驚き、外を冷静に見ると朝にしては温かく、雰囲気も確かに違う事に気付く。

 昼食の準備なのか、所々から朝食べるには重いが、確かな良い匂いもしていた事もあり、ステラはやってしまったと言わんばかりにガクリと頭を下げる。


「うぅ……すみません。皆さんが頑張っている中、私だけ寝ていたなんて……」


「大丈夫だって、誰も気にしてないし、責める理由もないから落ち込まないで。寧ろ、ステラはあれだけの魔法を使ったんだから仕方ないって」


 鈴は落ち込むステラを、昨晩の戦いを思い出す様に言って慰めると、ステラも本題を思い出した。


「そういえば鈴……あれからどうなったんですか? 私も気付いたらここに眠っていましたし」


「そうかぁ、ステラはそこからだもんね。まずは幻龍が逃げた後からね――」


 鈴はそう言ってステラに昨夜から今までの事を話した。


 幻龍が引いた後、大魔法の反動か、それとも安心したからかステラは気絶した様に眠ってしまった事。

 そんなステラを抱え、屋敷の部屋に連れて来たのはレインで、その後に着替えさせてくれたのは鈴とカグヤであった事。

 そこまで鈴が話すと、ステラも安心した様に止めていた息を吐いた。


「ふぅ……そうですかぁ。流石に異性の人だったらどうしようかと思ってました……」


「流石にそれは私とカグヤ様が許さないから大丈夫。……でも、それでも心配だったみたいねレイン様は。着替えさせてる間から終わった後、更にはステラが眠っている間もずっと部屋の前に座って護衛してたもの」


 鈴のその言葉にステラは驚いた。

 レインも幻龍と戦った後で、自分の治癒魔法を浴びたからと言って眠らない理由にはならない。

 だからそれを聞いたステラは、先程まで着替えさせた可能性を考えていた自分を恥じた。


「うぅ……私、なんて事を考えていたのでしょう。そんなレインがもしかして私を着替えさせたのかもって思ってしまいました……」


「あぁ……お風呂の件もあったもんね。けど本当にすごいね四獣将の人って、レイン様を気遣ってグラン様が見張りを交代するって言っても、何故かレイン様は執拗に自分が見てるって譲らなかったもの。だけど結局、グラン様に説得されて部屋で休んだみたい」


 大事にされてるねステラ、そう言って鈴は自分が入れたお茶を飲んでいると、それを聞いたステラも少し安心できたが、少し表情は暗い。


「……だと良いんですが」


 何かある様に表情を暗くするステラを見て、鈴は首を傾げる。

 だが冷静になれば三人の関係を考えれば納得できた、元々は敵国の関係なのだから色々と思う事があるのだろう。

 鈴はそう思う事にしてステラの様子を見ていると、ステラはハッと思い出した様に顔を上げた。

 

「そういえば……そのレインとグランはどうしたんですか? それにセツナくんや他の人達、あと鬼血衆の方々はどうなったんですか?」


「……レイン様は朝食を食べた後、町の方に出掛けたきりみたい。グラン様は明日の出発について、道や物資の事を周りに相談しているわ。セツナはハヤテ様に呼ばれてるみたいで、他の人もそれぞれの事をしてる。――で肝心の鬼血衆だけど、生き残った人達は此処とは別の屋敷で休ませてる。勿論、監視付きでね」


「……鬼血衆の方々はどうなるんですか?」


 どこか不安そうにしているステラに、鈴は苦笑しながらも予想していたかの様に頷き、話してあげた。


「結果を言えば月詠一族は"報復”はせず、鬼血衆側もステラの暗殺は諦めたみたい。禁術や合成魔物を使っても達成できず戦力も限界、更にはその対象に命を救われたんだもの、忍としてもこれ以上の恥は上塗りできないみたい」


「……やはり犠牲はでたのですね」


「隠密ギルドの戦いだからね……でも、ステラのおかげで月詠一族に死者はでなかった。重症の人もいたけど、報復しない理由はそれが大きいみたい」


 これで人命の被害が出ていれば色々と変わってしまっただろうが、ステラの魔法のおかげで助かった命もある。

 特に閻魔が生きていた事も大きく、ステラは余計な戦いの誕生を阻止したのだ。


 けれど、ステラの心は晴れなかった。

 

(鬼血衆の様な人々を生み出したのも、元を辿れば私達の責任ですね……)


 ステラは幻龍が言っていた事を覚えていた。自分達に汚い仕事を依頼する者達は、どの国など関係なく貴族を筆頭とした力を持つ者達ばかりだと。

 そして、それはきっと自身が産まれるよりも前から行われてきた事であり、ステラはそんな悪行に気付かず、鬼血衆の様な者達を作ってしまった事に責任を感じ、暗い表情で下を向いた時だった。


「言っておくけど、鬼血衆達や、その依頼人達に対してステラが責任を感じる事なんてないからね?」


「!」


 心を読まれたかのような鈴の的確な言葉に驚き、ステラはバッと顔を上げると、そこには少し真剣な表情を浮かべながら自分を見る鈴の顔があった。


「ステラ……優しさも、そこまで背負おうとすれば自らを潰しちゃうよ。――王族だから、他の貴族達の悪行も気にするのは分かるけど、当然の事……背負わなければならないのは依頼した貴族達と、実行した者達。ステラがそれで何かを思う事はないの」


「ですが……王族は貴族の上に立つ者。彼等のその様な行いを聞いてしまった以上、これは私達の責任です。私達王族がしっかりしていれば鬼血衆の様な人達も生まれる事はなかった……」


 民の上に立っている存在である貴族――そんな彼等の上に立ち、民と同じ様に導き、治めるのが王族の責務。

 所詮は他人の行い――それで片付けられる話しではなく、ステラは簡単に納得はできなかった。


 すると、鬼血衆の様な存在にステラが悩んでいる事を理解すると、鈴は更に言葉を続けた。


「鬼血衆――その手のギルドの事も気にする必要はないよステラ。――そもそもギルドは国に属さない自由に生きる者達。例え、決められた選択肢だったとしても最終的には決めるのはギルドであり、それで何があろうとも自己責任。それが自由を得た代わりに背負う私達の“特権”なの」


「それが……あまりにも理不尽な事でもですか?」


「そうだよ。鬼血衆も後悔だけはしていないと思う、後悔は自分達の否定だから。――あの人達も、私達も、他のギルドだってそう、自分達の意思、信念、心に従って生きているの。だからステラが優しいのは分かってるけど、こういう現実は世の中に沢山あるから一々、見るたびに足を止めて欲しくない。それがステラのやらなきゃいけない事なら止めないけど、今のステラは違うでしょ?」


 最初から覚悟が決まり、自分達がどういう風に生きているかを知っている事もあって鈴は間も空かずに言葉を続け、良い終わるとお茶を入れ直して再び口へ運ぶ。

 そんな彼女の言葉を聞いたステラもまた、今の自分のするべき事を思い出す。


「今の私がすべきこと……それは祖国に帰り、アスカリアとの和平を結び、クライアスを安定させること……」


 そうだ、それが自分の為すべき事。周りの反対を押しのけ、命を賭けてまでアスカリアへと来た意味であり、同時にステラは更に思い出す。


『ただ守られている王族に私達の苦しみが分かる筈がない!』


『魔物の被害が増えている! なんとかしてくれ!』


『頼む! 子供に与える薬がないんだ!』


『アスカリアとの関係はどうなのですか! また戦争は起こるのですか!?』


 それは日頃、外に出ては民との関わりを持つステラに隠されてきた現実。

 偶然に目の当たりにし、国を憎む様に苦しみの篭った人々の瞳を見て、ステラは現実を知ったのだ。


 今までは周囲が“汚いもの”を隠す様にしてきたが、隙を突いた様に視察中のステラの前に現れた彼等の姿、言葉に衝撃を覚え、助けを求める様に叫ぶ彼等を取り押さえる周囲にステラは現状の一角を知り、そして自ら周囲に隠れて調べ始めた。


――魔物被害の減少、薬などの物資の流通の正常化、犯罪の取り締まり強化。

 

 日頃から言われてきたそれらは全て嘘だった。

 寧ろ日々日々悪化の一途を辿っていた事、同時に今まで周りからの嘘を鵜呑みにし民の苦しみを理解せずにしていた自分の無力。

 それらを知った時、ステラは既にルナセリアだけで片付く問題ではない事にも気付いてしまい、自らが直接アスカリアへ向かう事を決めたのだ。

 

『ステラ様……あなたは優し過ぎる。あなたは目の前の不幸もせずに背負うタイプだ。そうやって苦しみを無意識に溜め込んでしまい、最後は解決するよりも先にあなたが先に倒れてしまう』


 反対する周囲を押しのけ、父から許可を貰った数か月後。

 旅立つ直前に“大臣”から言われた言葉がそれだ。


『見捨てる勇気……それも必要ですぞ』


 心配そうに自分を見つめながら言われたその言葉が、今も彼女の中に印象深く残っている。

 見捨てる勇気。自分達を信じている民なのに? そんな彼等ですら見捨てなければならないのか?

 

 そう考えると胸が苦しくなって仕方ない。罪悪感なのか、それとも悲しみなのか。

 表情が悲しみで染まってゆくステラを見て察したのか、鈴は今の言葉に対して頷いた。


「うん、そうだね。……ねぇステラ、多分なんだけど和平を成功させて世界が安定すれば、今よりは貴族の犯罪や鬼血衆みたいなギルドも減ると思う。平和になる事で他の事にも目を向ける余裕が出るから、手段は違くても結果的には今ステラが迷っている事の解決にもなると思うの」


 鈴は出来る限りステラの中の迷いを消してあげようと考えながら、思った事を話してあげた。

 

 今、クライアスが荒れている理由は三大国家の二つ、アスカリアとルナセリアの両国が一触即発の状態ゆえだ。

 犯罪の取り締まり・難民・魔物。色んな問題解決が後手後手に回るのは、目の前に存在する敵国の存在――大きな不安があり、そちらに意識を向けていなければならない。

 だが、その相手への不安が無くなり、両国が協力すればその影響力も大きい。確実に世の中は安定すると予想は容易く、かなりの余裕が生まれて色んな問題に力を注ぐことが出来る。


「和平が全ての解決の鍵……」


 ある意味で箱入りであった鈴でさえそう感じる以上、それが世の望む真実に近い事はステラも察する事はできる。

 けれど、その為に目の前に現れる現状に一々意識を向けるなと思えば、どこか引っ掛かりを抱いてしまう。

 

 ステラはお茶を口にして気分転換の様に頭の整理をし、そんな彼女の様子を見た鈴は、黙っていた事もこの際に言ってしまおうと口を開いた。


「この際だから言うとね……今までもアスカリアとルナセリの間で和平の話はあったでしょ? でも、ハヤテ様はその度に動く事はしなかったの。――今度も失敗する、ずっとそう言って月詠一族は静観していたの」


――でもね。


……ステラ達の動きを見てハヤテ様はすぐに動いた。今まで静観していた月詠一族が動く、その意味はこれがの好機。――そうハヤテ様が判断し、そしてこれを逃せば両国の和平は一生実現はしないとすら思ってる」


 今まで両国が手紙、良くて使者とやり取りをしていただけで終わったが、今回はステラがいる。

 ルナセリア王女の存在、そしてサイラス王の命を受けて親書と共に護衛するアスカリア最強騎士の内の二名の存在。

 見る者が見れば、今までとは全く違う両国の本気を感じれるだろう。


 そして鈴の言葉を受けてステラも息を呑んだ。

 彼女自身も和平を軽く考えてはいなかったが、この機会を逃せば両国が友好を気付く事が不可能になるとまでは思っていなかった。

 失敗させるつもりは全くないが、失敗しても遠い未来になるかもしれないが、必ず両国は分かり合える。そう思っていた。


 これは城から見ている者と、世の中から見ている者達との認識の差。

 誰も間違いではない、でもステラは鈴の言葉を受けて世の人々が既に和平を諦め掛けているのだと理解する。

 それだけ時間が掛かっていて、それだけ民が疲れているからだ。

 

「本当は私も付いて行ければ良いんだけど……その役目はからね。だから、ここでステラを応援してあげる事しかできない」


「……それでも私は救われますよ鈴」


 互いに何とも言えない感じになりながらも、強引に笑みを浮かべて己自身を誤魔化しあっていると、鈴は空気を変える為か大きな声でステラへと言った。


「よし! 取り敢えずお昼にしよう! ステラも顔とか洗って準備するよ、準備!」


「えっ?……は、はい!」


 鈴なりの気遣いなのだろう。ステラに現実や現状を話したが、この里を出れば再び命を狙う者

との戦いがある。

 だから鈴は、これ以上なにか言う事を止め、ステラをリフレッシュさせようと急かす様に立ちあがらせると、洗面所へとグイグイと押してステラも困惑しながらも察したのか何も言わずに歩いた。


 けれど、その心の中では一つの迷いがまだあった。


(……和平の為にと、私は苦しむ人がいても目を背ける事ができるのでしょうか)


 昨夜、閻魔からの言葉もあってステラは生き残り、その使命を果たす為に戦う覚悟を固めた。

 けれど、その使命を果たす中、目の前で苦しむ人が現れれば自分はどうするのか。小さくても確かに心にある迷い、それは小さな不安となって彼女の中に残るのだった。 


「あっ……そういえば」


 しかしそんな想いをステラが抱いていると、鈴が何か思い出した様に立ち止まると、何やら恥ずかしそうな表情でステラを見つめた。


「どうしたんですか鈴?」


 何やらチラチラと見て来る鈴にステラは聞くが、鈴は誤魔化す様に笑いながらも少しずつ喋り始める。


「そ、そのね……不可抗力だったから仕方ないけど。――ステラさ、結構の身に着けてるんだね……」


「凄いの……?――あっ……あぁッ!?」


 ステラは鈴が何を言いたいのか分かった。分かってしまった。

 “凄いの”の正体、それは彼女の服の下に身に着けている“下着類”であり、着替えさせてくれたのが鈴達である以上は確実に見られた物。


 それは風呂場での着替えの時は運が重なって互いに意識しなかったが、昨夜、冷静になって見た鈴からすれば“衝撃”としか言えない。


「そ、そのデザインは良いよ! た、ただステラってお淑やかだからギャップ的な事で……うん、まぁ凄かったとしか……ね」


「え、あっ……いや、その……ち、違うんです! た、ただ……うぅ……!」


 聞く側も話す側も、双方共に顔を真っ赤にするという奇妙な状況だが誰も責める理由はない。


――ステラ・セレ・ルナセリア


 一国の王女であるが同時に、年頃の女子でもある。

 故に“冒険”もしたければオシャレもしたい年頃であった。


♦♦♦♦


 ステラと鈴が奇妙な状況になっていた頃、レインは屋敷に戻る事もせずに里の中を歩き回っていた。

 里の復興作業もあって周囲は騒がしく活気があり、互いに手助けしながら騒がしくも元気な声がレインの耳に届いていた。


「お~い! 誰かもっと木材をこっちに運んでくれ!」


「ちょっと待て! この辺の道も戦闘痕が凄くて、整えなきゃ運べん!」


「っていうか、もうお昼よ! いったん一服しなさいな!」


 木材を担ぎながら走り回る忍、道を直す建築・木工・整備ギルドの者達、食事を運んでくる里の者達。

 汗を流し、疲れを見せるが表情には“苦痛”とは描かれていなかった。

 助け合い、周囲を、上の者達を信じているからこそ巨大な合成魔物が暴れようが、戦った余波で家が、店が、壊れようとも絶望せず、心が折れないで彼等は生きていける。


 けれど、そんな彼等にレインは顔も、視線すらも向けない。

 まるで目的があるように一定の場所を見ては、何かを探す様に視線を流し、いなければ再び移動を繰り返している。

 人の集まる場所を歩いているが、とある場所でようやくレインは足を止め、その場所へと近付いてゆく。


「号外号外! 炎獅子のファグラの活躍で三大盗賊ギルドの一角が壊滅寸前だ!」


「こっちは妖翼鳥のミアがソウエンに来て“幽霊船”調査だ! 絶世の美女騎士の姿を拝むなら急げ!」


「そんな裏側では『大いなる母マザー教会』が三大国家全てで強行布教で問題発生! 騎士やギルドの間で小競り合いが起こって大変だ!」


「ルナセリアが各ギルドに伝達! 開戦の前触れか!!」


 そこは町人や商人達のちょっとした休憩場所である広場。

 露店等もあるその場所では、“各情報ギルド”が独自に作った新聞を販売しており、その新聞を見ながら人々は笑ったり、悩んだりと色んな表情を浮かべていた。


「炎獅子と盗賊ギルドが争っているのは……東南のコナロ地方か。あそこは難民も多いし、少し迂回するか」


「いま向かうならばソウエンだろ? 幽霊船に艶翼鳥、これは色々と売れる!」


 逞しいのは商人。既に情報を収集して事件もイベントと考えて行動しようとしている。

 情報ギルドには当たり外れもあり、自分で信頼したギルドを見付けるのもそうだが、隠密ギルドが新聞を買っているのを見るのも面白い光景といえる。


 けれど、レインは集まっている情報ギルド達の下に向かわなかった。

 そのまま通り過ぎ、近くの茶屋へ視線を向けると、そこには外の長椅子で茶を飲む天笠を被った一人の男がいた。

 するとレインも茶屋へと歩み、その男の隣へと腰を下ろすと店員の若い娘が注文を聞きに駆け寄ってくる。

 

「いらっしゃいませ! ご注文はいかがしましょうか?」


「……みたらし団子と緑茶を頼む」


「はい、ありがとうございます!」


 注文を受け取った事で娘は店の中へと入って行き、残されたのはレインと天笠の男。

 そして、天笠の男はタイミングを待ったかの様に茶を一口付けると、突然その口を開いた。


「これは珍しい場所で、珍しいお客に出会ってしまった……久し振りですね、レインの旦那?」


「……


 向こうが声を掛けてきた事でレインも男の名前を口にした。

 風呂敷を背負い、天笠の下にある無精ヒゲを生やした三十代後半の男――情報ギルド『無欲の語り部』のアマガサ、それが彼の所属するギルドと名前だ。


 レインがずっと探していたのは、この男のギルド員だったのだ。


「……お前達のギルド員が一人はいるだろうとおもっていたが、まさかお前がいるとはな」


「いやはや、お得意様に顔も名前も覚えられるとは、嬉しい限りですよ」


 感情が入ってないレインの言葉にも、アマガサは平然と世間話をする様に返すが、その様子ものらりくらりとした感じであり、彼自身も底を見せていない様だ。


 それもその筈、アマガサのいる『無欲の語り部』は情報ギルドの中でも異色。一見さんお断り、会員制の特殊ギルド。

 探そうと思っても見付けられないが、アマガサ曰く、どの町にも最低一人はギルド員がいるから、ただ探し方が悪い。それか縁がないだけとのこと。

 だが中には力尽くで彼等に情報を聞き出そうとする者もいるが、残念ながら『無欲の語り部』のメンバーは全員強く、良くて返り討ちにあって情報をバラされる程度で済む。


 会う事も難しく、彼等に認められても金額も普通の情報ギルドよりも料金は数倍高い。

 けれど、それでも彼等を探すのは情報の価値、信憑性の高さがあるからだ。


「……隠密ギルドの隠れ里にも出入りしているのか?」


「えぇ、最近では隠密ギルドのお得意様も珍しくはありません。まぁちょっと面白いですがね……ハハハ」


 情報収集などの隠密ギルドにも仕事をしている事がツボったのか、アマガサが小さく笑っていると、レインは彼の前に右の掌を差し出した。


「……一部もらう」


 そう言ってレインが差し出した手のひらには、梟の魔印が記されていた。

 これは証明、彼等の客である証。一定の期間で印を変える彼等は、何故か何処にいても客の前に姿を現して次の印の形を教えにくる。


 そして、その魔印を見たことでアマガサは笑うのを止めると、静かに頷いた。


「確かに確認致しました」


 真剣な雰囲気と口調でアマガサは頷くと風呂敷から新聞を一部取り出し、レインも金貨一枚――1万ビストの代金を支払って互いに受け取った。


「……毎度あり」


 代金を受け取ったアマガサはそのまま懐にしまうと、注文していたおはぎを食べ始めると、レインもその新聞を読み始めた。

 

『グラウンドブリッジ半壊! 老朽や魔物の仕業と言われているが、何かの残骸や戦闘痕あり。人為的な災害の可能性あり』


『炎獅子のファグラまさかの苦戦? 進軍速度低下し『頂きの強奪者』と謎の睨み合い』


『一触即発。艶翼鳥のミアと海賊ギルドが小競り合い。幽霊船と関係か?』


『エルフ族・スタリアの女王、各国との見合いドタキャン。まだまだ未婚を貫き、妖精族の女王とお茶会開催』


『アースライ連合国、現代表・“イクリプス王子”の一強。長年言われる形だけの連合国に終止符を打ち、新たなに国家誕生か?』


『ルナセリアに不審行動。大臣と一部の八星将の指示か、各ギルドと接触。――開戦以外の意図?』


 読み始めれば出るわ出るわ、他の情報ギルドが書いていない見出しと内容の数々。

 無論、この全てを鵜呑みにする訳ではないが、それでも辻褄があう内容や納得できる要素が多いのも事実。

 ファグラとミアの件も気になる内容だったが、レインが欲しい情報はそれではない。

 

――ルナセリア関連の情報。


 それがレインの求める内容だったが、記されている記事にはレインの恐れている内容はなく、気になった記事が一つだけだった。


『ルナセリア帝国、近衛衆・団長解任。辺境に左遷、権力闘争の始まりか?』


「……この時期に解任。確かか?」


 首都から出てこないとはいえ、皇帝の信頼も厚い近衛衆団長を解任。

 暗殺犯のヴィクセルも近衛衆の副団長であり、時期的に見ても無関係とも思えない。

 

 すると、そのレインの呟きを聞いたアマガサも静かに頷いた。


「えぇ……ピリピリしている中で変な話です。しかも本当に元団長さんは辺境に配属になったのだから、何か権力者の怒りにでも触れたんですかねぇ?」


「皇帝じゃないのか?」


「さぁどうでしょうか? 最近は皇帝も表に出てこなくなりましたから……まぁ王女様もですけど」


 そう呟いたアマガサは、意味ありげな視線でレインを見た。

 この隠れ里に出入りし、耳が良いアマガサがステラの存在を知らない訳が無い。この男とレインは長い付き合いをしているが、そうでなくても分かる。


「分かっていると思うが……」


 釘を刺すようにアマガサを睨むレインに、アマガサは両手を上げて分かっていると言いたげに頷いた。


「分かってますよ……お客に多大な被害が出る情報は流さない。そういう契約ですからね、バラすのはレインの旦那が我々を裏切った時ですから」


 『無欲の語り部』の重宝されるもう一つの理由。

 それは、彼等は自分達の客が多大な被害が出る情報は制限するか、客の被害が少ないように情報を操作してくれるのがある。

 流石に世間的にも隠し通せなくなる、そう判断した場合は躊躇なく情報を発信するが、今回の場合は少し特別。


「まぁご安心ください、我々も戦争を望んでいる訳じゃない。下手な情報ギルドと違って、我々は戦争が無くても食っていけるのでね」


 ハヤテが言ったように、既にいくつかのギルドはステラ王女が和平に動き、アスカリアもそれに応じる動きをしている事を察している。

 この『無欲の語り部』もその一つであり、けれど戦争を望んでいない以上はレイン達の敵にもならない。


「……一つ聞きたい事がある」


「他のお客に被害が出ないことならば、どうぞ……」


 この際だとレインが情報を欲すると、アマガサはのらりくらりとした雰囲気を再び作り、お手本の様な返答をした。

 けれど、次にレインが発した内容でその雰囲気が崩れる事になる。


「……竜と星のギルド紋を持つ『栄光の星を持つ者レジェンドギルド』を知っているか?」


「!……それはまた、ついでに聞く内容じゃないですよ?」


 内容が内容だけに、アマガサが呆れた様に苦笑するのも無理もなかった。


――『栄光の星を持つ者レジェンドギルド


 それは数あるギルドの頂点、目指す場所、最高の称号。

 戦い、発見、発明、そのギルドの為すべき事、何でも良い。それを果たしたギルドは“栄光の星”を持つ事を認められ、自分達のギルド紋章に星を刻む事を許されている。

 

――栄光の星レジェンド・星付き。


 そう呼ぶ者もいるが分かっているのは、『栄光の星を持つ者レジェンドギルド』はギルドの中で最強最高の者達と言う事。

  

 戦争で多大な戦果を得た“傭兵ギルド・騎士ナイトギルド”

 貴重な遺跡を見付け保護した“遺跡ギルド”

 

 そんな者達もいれば。


 数多の宝を盗み、エルフ等の人種を攫い続けた“犯罪ギルド”も存在する。

 良くも悪く自由。種類を問わず“栄光”を掴んだ者達がそう呼ばれている。


「まさか……旦那、星付きに狙われているんですか?」


「……昨夜の敵にいた戦忍。その額当てに竜らしき頭部、そして“星”が刻まれていた」


「昨夜の揉め事に星付き関与、更には王女の命を狙ってるとは……かなりの情報を貰ってしまいましたよ。これじゃ情報ギルドの立つ瀬がないです」


「代わりに情報を話せ、それでいい」


 申し訳なさそうに天笠を深く被るアマガサに対し、レインは聞いた情報を催促する。

 新米ギルドの紋章すら把握する『無欲の語り部』が知らない筈がなく、アマガサが相手が客じゃない限りは話せる事だ。


 実際、アマガサも自身の記憶と照らし合わせても“竜と星”の紋章を持つギルドが顧客内にはおらず、しかもレインの言う条件が一致するギルドにも心当たりがあった。


(しかしねぇ……)


 だがアマガサはすぐには返答しなかった。何故にそのギルドがステラを狙うのか、または依頼人は誰かなのかと、情報ギルド特有の考察癖を行っているからだ。

 記憶も己の情報と言う財産。簡単に言うのも勿体ないし、違和感を抱かせたまま客に情報を渡すのもなんか気分が悪い。

 良くも悪くも商売人根性を出すアマガサだったが、隣で雰囲気が不機嫌に変わり始めたレインを見て顔色を悪くし、今回は自分が折れる事を選んだ。


「竜らしき紋章の星付き、その中でレインの旦那にも平然と噛みつく連中。――私が心当たりがあるのは三つですね……」


――天衣無縫の剣客ギルド『天我てんが新撰組しんせんぐみ

――最強最古の傭兵ギルド『金色こんじき龍座りゅうざ

――大海の覇者・海賊ギルド『猛りの海バトルオーシャンズ


「どれも聞いた事がない」


「そりゃ最近は荒れてはいても昔よりは平凡ですから、傘下のギルドで事足りてしまう。中には事実上引退したギルドや、本隊とも呼べる連中は表には名もメンバーも滅多に出ず、戦争みたいな大きな戦いで一気に名を轟かせるんですよ」


――まぁそれでも、一つも聞いたことがないのも変ですけどね。


 アマガサは最後に小さきながら、隣で今も新聞を読むレインを横目で見つめる。

 星を貰える程の何かをした連中なのだから、レインの耳にも届いてもおかしくはない。

 けれど、アマガサは長い付き合いだから知っている。レインの性格上、余程じゃない限りは殆ど関わりがない者達の名を覚えはしない事に。


(まぁ四獣将の名を知っていても、その顔を知らない連中も多い世の中だ。こんな感じなのも今どきは珍しくないんでしょうなぁ)


 嘗ての殺伐とした時代を生きたアマガサからすれば、情報は現代よりも価値があった事を知っている為、敵か味方か、明日にはどっちかになる存在達の顔や名前を知らないのは考えられない。

 けれど、隣で表情や感情が死んでいるレインの様な若者がアスカリア最強の騎士の一人であり、アマガサも実力を身をもって知っている以上、これが今の時代なのだと受け入れるしかなかった。


 時代とのズレを感じながらアマガサは茶を飲み干すと、代金を椅子に置いてゆっくりとその場に立ち上がった。


「……そんじゃ、私はこれで。小さな村か首都の様な都会まで、我々は一人はいますんで今後も御贔屓に」


 レインに一礼し、アマガサはその前を横切った時だ。何か思い出した様に、不意にアマガサは足を止めた。


「こんな事を言えばキリがないんですが、やっぱり情報は正確に。――星付きの傘下ギルドですが、一応そいつらも星を付ける権利があるんですよ。まぁ大抵の連中は畏れ多くて付けませんが、もしその手の連中なら特定は面倒になり、更に上の者を無視し直接依頼を受けたのなら尚の事です」


「……そうか」


 せめてもの助言だったのだが、レインの関係ないと言った感じにアマガサは呆れた様に溜息を吐いた。


「旦那、これは親切心で言ってるんです。そもそも、どうもこの一件は私の勘ですがキナ臭い。それに星付きクラスとなれば、一々よそから依頼を受ける必要もない。独自に動いている可能性が高いですし、開戦を狙っていたとしても、ギルドである以上はそれよりも先に四獣将とやり合う利もない。――私個人としては、どうも開戦以外に目的があると思いますよ?」


「そうか……だが関係ない。敵の目的がどうであれ、俺は俺の任務を果たすだけだ」


 やっぱりこれだ。アマガサは瞳に執念の様にドロドロとした何かを宿すレインに更に溜息を吐く。

 本当なら顧客だろうが、ここまで情が入るのはよろしくない。けれど、どうも目の前の若造が危なっかし過ぎてアマガサ個人は放っておけなかった。

 そんな理由で長い付き合いになってしまったのだから、情報の商売人としては失格だ。


 だが余程の重要任務なのだろう、ここまで任務に意識を集中させたレインには何を言っても無駄であり、余計な言葉は返って邪魔をしてしまう。


「はいよ、なら私から言えるのはこれだけ……長生きしてくださいよ旦那」


 今のアマガサにはこれが精一杯の事。そう言って去って行くアマガサの背中を見送ったレインも新聞を置くのだが、いつの間にか置かれていた団子とお茶にも手を付ける素振りをみせない。

 ただ目の前の景色を眺めていると、不意に小さく呟いた。


「……?」


 そう呟いたレインの背後には、紫のオールバッグをした渋い雰囲気の男――ハンゾウが座っていた。

 服装は装束だが顔は今は隠しておらず、レインの問いにハンゾウは静かに返した。


「突然すみませぬ。頭領がレイン殿を含め、皆さんに話があるとの事ですので屋敷にお戻り願いたい」


「……わかった」


 レインはそう言って頷くと、みたらし団子に口を付け、食べ終えるとそのままお茶も飲み干した。

 後は椅子の上に代金を置き、レインは新聞を畳んで持ったまま屋敷へと歩きだし、ハンゾウもそれを確認すると素早く姿を消したのだった。

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ロストハーツ~月の姫と心を喰らう魔剣~ 四季山 紅葉 @zero4649

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