第22話:決戦 鬼血衆 終演
それは強風を生み、誰もが我が目を疑う程の魔力だった。
その光景を見たグラン達と、もう限界となり膝を付く閻魔の視線がステラへ集まり、同時にレインと幻魔も離れた場所から伸びる蒼い柱に目を奪われていた。
『な、なんだこの魔力は!? これがルナセリア王女の力なのか……!』
小さく瞳に写る柱の下にいるステラの姿に、レインは何も言わないが幻魔は驚愕する。
天を衝くほどの魔力など知らない、それを持っている者もいない。
幻魔は全力でレインを抑え込んでいたが、そんなステラの姿に目を奪われ、一瞬の隙となったのをセツナは見逃さなかった。
「――影切り!」
不意を突く様に現れたセツナは、二人の繋がっている影を小太刀で斬り裂く。
すると伸びていた影は持ち主に戻り、同時にレインにも身体の自由が戻るが、何故か動かず、黙り続けたままステラをずっと見つめ続ける。
そんな背後では妨害された幻魔とセツナが対峙し、幻魔の纏う空気が再び豹変し始めていた。
『やってくれたなセツナ……! だが、手負いとはいえ貴様では私には勝てんぞ?』
「それでも、お前には聞きたいこともある。依頼人やショウの居場所。事態がここまで来た以上は吐かせてみせる」
セツナにも譲れない部分があれば、鈴を傷付けた事の元凶である幻魔にこれ以上好きにさせるつもりはない。
咳をしながらも対峙する幻魔も、セツナが相手ならば余裕がある。
再び両者が戦おうとしたその時、ステラが動いた。
(落ち着いている……さっきまでの心の痛みも、迷いも今は感じない)
憑き物が落ちた、そんな感じで身体が、心が軽くなるのをステラは感じていた。
今から行う事に一切の迷いがない、清々しい気持ちで自分の戦いを行える。
一見すれば泣いているステラだが、近くにいた者はその涙の正体にも気付けた。
「涙じゃない……あれも“魔力”。あまりに膨大な魔力が涙みたいに流れてる」
鈴は涙の色がステラの魔法色である蒼である事に気付き、同時に強い魔力を涙から感じていた。
それだけステラの想いが強まったのか、魔力で髪を靡かせながらステラは舞う様に杖を回し、詠唱を始めた。
「星よ……この地に生きし、悲しみの傷を背負う命へ、優う慈悲をお与えください。――星と共に歩む無限の命に大いなる癒しを――」
――『
ステラは唱える、星が与えてくれた大いなる恩恵を。
そしてステラから放たれていた魔力は彼女に集まり、神々しくステラを輝かせ、ステラは大きな杖を片手で持ち、舞う様に、星からの恩恵を全ての人達に与える様に周囲へと拡散させた。
星の恩恵、これはステラが自ら作り出した魔法。
この世でただ一人、彼女にしか使えない優しい魔法であり、そこに敵や味方は存在せず、倒れていた鬼血衆や月詠一族は勿論、レインやグラン達も自分の身体の変化に気付いた。
「……傷だけじゃねぇ、疲れや負担も感じない。それになんだこの胸の温かさは……?」
「まるで……心の傷も癒してくれているように優しい光」
グランや鈴は確かに感じる優しさに触れ、戦いの最中でも思わず肩の力が抜けてしまった。
けれど、もう閻魔も鬼血衆も戦おうとはしない。
『……まさか』
閻魔は目の前の光景に我が目を疑った。
優しい光が倒れている鬼血衆も包み込み、その変異した肉体を元へと戻している。
当然、それは閻魔も例外ではない。温かく、心地よい気分で身体が変化してゆくのが閻魔にも分かった。
――あぁ……心とは、こんなにも温かいものだったのか。
麻痺し、凍り付いた己の心を溶かしてゆくステラの光。
それを受けながら閻魔はやがて光に包まれ、そのまま気を失ってしまったが、その場には元の姿に戻った閻魔があった。
「変異した鬼血衆達を皆、元に戻したのか……!」
「なんと……」
歪んだ魔力を落ち着かせたステラの癒しの結果を見て、グランとハヤテは驚き、それ以上の言葉は出なかった。
それは慈悲というよりも、平等に与えられた命を元に戻しただけに見え、倒れていた月詠一族の者達も次々と起き上がり始めた。
傷が治り、色々と困惑した様子だが鬼血衆は負担が大きく、まだ意識は戻らない。
だが、これで一段落はつけた訳ではない。
『ギィィィィィ!!』
ステラの魔力の強さに気押され、少し大人しくなっていたデュアルイェーガーが再び動き出す。
癒し魔法を受け、傷が塞がった事で腕まで再生したデュアルイェーガーだったが、だからといってステラに恩を感じる訳はない。
周囲とステラに鎌を向けて威嚇をした事でグラン達、そして鈴も怠さが消えた事で立ち上がり、同じく対峙する。
「こりゃあ随分とタフだな。力量差があっても躊躇しねぇのは流石は第一級の危険魔物だ」
「ですが、こんな合成魔物を世に放つわけにもいきません。――罪はなくとも、ここでどうにかしなきゃ」
見上げながら感心するグランの言葉に、鈴は合成魔物の存在が許されないことを口にした。
寿命は関係なく、野生に放っても無意味。敵方に回収されては良い結果にはならない。
人間のエゴで姿を変えられ、本来の命を歪まされたパラディン・マンティスと要塞蠍に罪はないが、生かしておける理由はない。
「……だよな。そろそろ、お前とも決着つけっか」
グランが構え、それに合わせて他の者達も攻撃態勢を取るのを見たデュアルイェーガーも鎌と爪を振って迎え撃とうとする。
だが、その誰よりも先にデュアルイェーガーの下へ近付いた者がいた。
「……憎いんですよね?」
――ステラだ。
まるでデュアルイェーガーに語り掛ける様に近付く彼女だが、それはあまりに危険すぎた。
けれど、誰もステラを止める事はしなかった。――否、出来なかった。
「あんな繊細で莫大な魔力を。本当に……ステラなのか?」
グランも、鈴も、ハヤテ達ですらそれ以上の口出しも出来なかった。
魔力を纏い、未だに周囲に癒しを与え続けるステラ。
その姿は魔力が彼女に纏わり、水の様に流れる動きをしている事で一つのドレスを身に付けている様にも見えた。
そしてステラ自身も魔力で髪を靡かせ、堂々と歩く姿はあまりにも威厳に満ちている。
――王の御前。
そう言い現すのが正しいと思う程の威厳、そして神々しさにグラン達も思わず頭を下げそうになる。
未だに魔力の涙が流れているが、逆に幻想的で特別感を感じる。
これが本当に戦いを、命を傷付ける事に恐れを抱いていたステラなのかと誰もが感じていたが、口を出すのも行動を阻むのも恐れ多いと思ってしまう程に目の前のステラは何かが違う。
それはセツナや幻魔も同じく感じており、まるで自由に動く権利を剥奪された様に身体を動かす気になれず、ステラの動きに意識を向け続け、レインもただ立ち尽くす様に見ている。
――もう良いのです。
ステラがデュアルイェーガーの前に近付くと、デュアルイェーガーは鎌をステラ目掛けて振り下ろすが、それは彼女の目の前の地面に突き刺さった。
心臓に悪い光景に皆の背中に嫌な汗が流れたが、ステラは心を乱さず、ただ静かに優しくその鎌に触れた。
――やはり、その命はもう尽きようとしているのですね。
触れて分かった。デュアルイェーガーの体内のマナが乱れ、徐々に命の鼓動が小さくなっている事に。
これはグラン達との戦いが原因ではない。元々、別の魔物同士を合わせている以上、必ず綻びがある。
このデュアルイェーガーは短命であり、それを自身が分かっているのだろう。
「これを治す事は私にもできません。ごめんね……ごめんなさい……!」
ステラの瞳から流れる涙。
それは魔力だけじゃなく本当の涙も流れ、悲しみの混じった声と共にデュアルイェーガーの鎌、そして下半身の要塞蠍に触れて言葉を続ける。
「憎いですよね……苦しいですよね……無理矢理、あなた達の命を作り変えられて……! ごめんなさい……ごめんなさい……! 私のせいでこんな事に……!」
人への恨み、憎しみ。
二体の魔物のそんな悲しい心の叫びをステラは感じ取り、同時に自分を殺す為に準備された存在である事も察してしまう。
最終的には短命でも商品にするつもりだったのか、例えそれでも敵の目的が自分の命である以上は自身もその中心にいる事は間違いない。
だからステラは謝り続け、同時に癒しの魔法も与え続けた。
もうどうにも出来ないが、せめて、せめてその最後の時間まで苦しめたくなかった。
泣き続けながらデュアルイェーガーに寄り添うステラ。
すると、デュアルイェーガーにも変化が起こった。
『『……』』
ずっと暴れ、威嚇していたのに大人しくなり、ジッとステラの事を見つめていた。
彼女の想いが伝わったか、この癒しの感覚によって落ち着いたのか、それとも時間が来てしまったのか。
デュアルイェーガーの肉体が輝き始め、徐々にマナの粒子になって消え始める。
肉体も残らぬ程に疲弊していたその姿を見ても、ステラはずっと癒しの魔法をデュアルイェーガーへ与え続ける。
その命が終わる、その時まで。
その肉体が消滅する直前、ステラは脳内に声を聞いた。
『……憎しみだけを持って死なずに済んだ事、感謝する』
「……!」
ステラは我に返った様にデュアルイェーガーの上と下の顔を見ると、最初より雰囲気が柔らかくなっている様な気がした。
魔物の中にはテレパシーの類が使える物も多いと聞く。だからステラは、せめてもの救いが出来た事で少しだけ自分も救われたような気がした。
『蒼の力を持つ人よ……“精霊”に気をつけよ』
「えっ……?」
最後に意味深な言葉を残したデュアルイェーガーだったが、肉体はマナの粒子となって完全に消滅し、クライアスの世界へと帰っていった。
『……あのレベルの合成魔物でも駄目だったか。まだまだ欠陥品ばかりだな』
それを見ていた幻魔は期待していなかった様に呟くと、未だに自分に背中を見せているセツナを蹴り飛ばした。
「がはっ!?」
そのまま壁にぶつかりセツナは腰を付くが、意識は残っていて幻魔を睨みつけるも、幻魔自身は先程のステラの魔法の効果に興味深そうに考えながら自分の身体を見ていた。
『傷だけではなく体力まで戻るとはな。肉体の細胞からマナまで癒すとは素晴らしい。――しかし、あの魔力量は捨て置けぬな』
感心したと思えば急に暗殺犯に戻る幻魔。
魔力量はそれだけ引き出す為の能力も関係しており、引き出す魔力量の多さはその者の強さと言っても過言ではない。
故にやはり依頼通り、ここで殺そうと幻魔は周りが油断している今を狙い、一気に飛び出そうとした時だった。
幻魔は先程から全く動かず、ずっとステラを見ているレインに気付く。
『気配を消していたか……しかしなにをしている?』
ステラの起こした現象は驚く事だが、それでもレイン程の男が今も敵に背を向けているのは違和感しかない。
――罠か?
間合いを取り、自分が動いた瞬間に仕掛けるつもりなのか?
幻魔は警戒するが、ならば何故に先程セツナを攻撃した時に反応しなかったのかも疑問だった。
表情も見えず、背中だけしか見えないのが気味が悪い。
『……くだらん』
だが幻魔はその想いをすぐに切り捨てた。
これではまるで自分がレインを恐れている様ではないか。そんな事はありえない。
動かないならば動かざる得なくすれば良いだけであり、幻魔はレインへわざとらしく殺気を放ち、手裏剣も投げようと構えた時だった。
殺気で気付いたのかレインは顔だけ振り返り、その右目を見た瞬間、幻魔の動きが止まった。
『ッ!?』
無垢な瞳――否、何の感情もない虚空の瞳が幻魔を射抜かれ、そして理解する。今の目の前の男は戦っていた時よりも危険であると。
金縛りの様にレインの放つ雰囲気に呑まれ、幻魔は身体の自由が利かず、まるで心臓から凍って行くような不気味な寒気も感じていた。
『何なのだ貴様は……?』
せめてもの言葉を発した幻魔だが、レインはそんな幻魔を無視し、とある人物へと視線を戻すと幻魔もそれを追う。
すると、その視線の先にいたのはステラだ。先程までの魔力は消え、反動でふらつく身体を鈴によって支えられていた。
――王女を見守っている? 違う、ならば何故に私を無視する?
残っている脅威は既に自分しかおらず、幻魔はレインの行動が理解できなかった。
微かにレインからも殺気を感じる以上、戦いが終わっていないと思っているのは確かだが、ステラばかりに意識を向け、まるで
(脅威の私以上に王女へ意識を向けるなど、しかも視線や気配などを消してまで。これではどっちが“暗殺犯”か分から――)
その瞬間、幻魔は気づいてしまった。
【アスカリア側からの護衛は以下の二名:レイン・クロスハーツ、グラン・ロックレス。この事より、サイラス王が我等との密約を破棄した可能性あり】
二日前の夜、幻魔の所属ギルド宛に届けられた手紙。それに記された内容もあって、これが終わり次第。アスカリアの情報収集を行う予定だった。
サイラス王が、ステラ王女の命を守るのならば互いに交わした密約を破棄した事を意味し、幻魔は真意を問う様に命じられていた。
だが幻魔は気付いた。サイラス王は密約を破っていない事に。
護衛の中に混ぜていたのだ、命がけで守りながらも、その命を最も近くで狙う獣を。
(サイラス王は密約を破ってはいない……だが、この男は危険すぎる)
ステラを民よりも重いと判断し、命をかけて守り通そうとしていたレインだが、同時にその命すら狙っていた事実。
ありえない、何故にそこまで出来るのか。否、割り切る事ができるのか。
異常だ、少しの情ぐらいは持っているだろうに。どうして身を挺して守った王女に、そんな“瞳”を向けられるのか。
――同じだ、この男も
心無き獣、それはただの妄想ではなかった。
『心が無いのだ……この黒き狼には』
この若さでその領域に至り、そして生きている事実が何よりも恐ろしい。
幻魔はステラの事よりも、レインという重大な存在を早く知らせる為、今回は引き上げる事を決心し、この場から離れようとした時だ。
――幻魔は不意に、仮面へ衝撃を受けた。
『グッ!?』
幻魔は確認よりもその場から飛び、少し離れた屋根へと飛び移り、そして気付いた。
左眼の辺りの解放感、先程の立っていた場所に落ちている“手裏剣”と仮面の破片。
そして、苦痛の表情で自分を目で追っているセツナの姿に。
『結局、最後まで貴様だったか……セツナ・月詠』
「外してしまった……!」
セツナの一矢報いようとした攻撃。それにグラン達も気付いた。
「そうだ、まだアイツが残ってやがったか! ちょっとステラを頼む!」
グランは疲れ切ったステラを鈴に任せてレイン達の下へやって来ると、それに合わせる様にレインもステラから視線を身体ごと逸らす。
グランはレインの密命を知らない、だからレインも今は再び幻魔へと視線を戻すしかない。
「レイン! セツナ! 無事か!」
「俺はな……だがセツナは負傷している」
「いえ……この程度、なんの事もありません」
セツナは強がるが、その表情は痛みを隠しきれておらずサスケが肩を貸すと、その場の全員の意識は屋根の上にいる幻魔へと向けられる。
『今宵はここまでか……どうやら私も、ぬるま湯に浸かっていた様だ』
自己分析をしながら呟く幻魔、その顔が月光に照らされる。
額から左眼まで欠けた仮面、そこからの除く“銀の瞳”――そして、半分ほど出ている額当てに刻まれたギルドの紋章。
それは龍の様な頭部、そしてその頭部が喰らう“星”の存在を確認した時、その場の全員が驚愕した。
「まさか“栄光の星”!?」
「テメェ……まさか『
セツナとグランが叫び、レインの眼光も鋭くなるが幻魔は最初の余裕を取り戻していた。
『クククッ……さてな、それを今、語るのはつまらんだろう?――慌てずとも、また相まみえるだろう』
幻魔はそう言うと、レインとセツナお一瞬だけ見ると、懐から魔法陣の刻まれた札を取り出した。
それはショウに使った物と同じで、幻魔が魔力を込めるとその足下に転移魔法の魔法陣が展開され、光が幻魔を包み込んだ。
『では御機嫌よう……』
逃げられる確信がある様な幻魔だが、レインは影狼に魔力を込めてもう一撃だけ仕掛けようとしたが、そんなレインの肩に不意に止める様に手が置かれた。
何者だと思いレインが振り向くと、いたのはハヤテだった。
ハヤテは何か語り掛ける様に強い眼差しをレインへ向け、レインは特に反応しなかったが影狼を鞘へと戻すと同時に幻魔も姿を消してしまう。
だがこれにより、この隠れ里の戦いは終わりを迎えた。
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